2024年12月16日
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2050年に温室効果ガス排出量の実質ゼロ化、いわゆるカーボンニュートラルを実現することは、現代の企業にとって最優先課題の一つだ。化石燃料に依存しないくらしの実現も含めたGX(グリーントランスフォーメーション)を社会全体が模索する今、環境問題という中長期的なテーマにコーポレートR&Dはどのような思考で向き合い、企業の成長へとつなげていくのか。パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD) 執行役員 グループCTOの小川 立夫(おがわ たつお)と、同社 技術部門 マニュファクチャリングイノベーション本部 本部長の小原 英夫(おはら ひでお)が、最新の取り組み事例を紹介し、パナソニックグループの環境への思いを語った。
※本記事は2024年2月14日に実施された技術マーケティングプラットフォームSPEEDA R&Dのオンラインセミナーの内容を記事化したものです。
パナソニックグループは2022年1月に長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」(以下、PGI)を策定。2030年までの全事業会社におけるCO2排出量実質ゼロ(スコープ1、2)を目標に定めた。さらに2050年までに、全世界CO2総排出量の約1%に当たる3億トン以上の削減インパクトを目指している。
地球環境問題の解決に向けたコーポレートとしての研究開発の在り方とは――。PHDでは2023年9月、これまで注力してきたカーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーに加え、ネイチャーポジティブ(生物多様性の回復)(※)にも先行着手することを発表。GXを成長戦略の柱に据えた研究開発を推し進めている。
※ネイチャーポジティブ:2022年の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で掲げられた国際目標で、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるという考え方。出典:https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/j-gbf/about/naturepositive/
小川:PHD技術部門のミッションは「私たちがいなければ生まれなかった世界をつくる」です。サステナブルでウェルビーイングな社会を実現するために、社内外問わず声を掛け合い、共創や新規事業の創出に向けて積極的に動いています。具体的な事業を推進する個々の事業会社が手の及ばない領域や時間的な都合でなかなか手を付けられないテーマなどを担当することで、事業会社の垣根を越えて各社の競争力強化を下支えする役割を担っています。
各事業会社にも私と同じCTOに当たるメンバーがいます。全社で取り組むべき課題や人材育成に関して集い、議論を交わすことで、全社横断的な技術開発マネジメントを実践しています。
PHD技術部門の研究開発活動は、パナソニックグループ全体で目指す「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現に向け、GXとCPS(サイバーフィジカルシステム)の二つの領域にまたがって推進しています。
GXは日本政府が主導する取り組みでもありますが、当社としてはグループの長期環境ビジョンPGIの下、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換に重点を置いています。一方、CPSは、パナソニックグループ独自のコンセプトで、フィジカル(現実)の領域と、デジタルデータドリブンのサイバー領域とを融合することで、人々の「より良いくらし」を実現するというものです。
GX領域においては、前述の通り、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの3軸での研究開発を推進中だ。これらの領域から未来へのインパクト創出を目指している。
PHD技術部門は、カーボンニュートラルに貢献するコア技術として、再エネ活用、需給バランス調整の領域を中心に開発を強化している。
ペロブスカイト太陽電池
再エネ活用の領域において代表的なものが「ペロブスカイト太陽電池」だ。
PHDが開発するペロブスカイト太陽電池は、ガラス基板上に発電層を直接インクジェット塗布して実現する次世代型のソーラーパネル。従来の結晶シリコン系の太陽電池と同等の発電効率を有し、実用サイズのモジュール(>800 cm2)として世界最高レベルの発電効率を達成している(2024年2月現在、18.1%。第三者測定機関による認証効率)。
従来のソーラーパネルよりも製造工程が単純なため、設計自由度が高く、「発電するガラス」としてさまざまな建築物への利用が期待されている。これまで透過性やデザイン面で設置が難しかった建物のガラス部にも設置でき、「ガラス建材一体型ペロブスカイト太陽電池」として、1年以上にわたる長期の実証実験も実施中だ。
グリーン水素製造
脱炭素時代の新たなクリーンエネルギーとして注目されているのが、グリーン水素製造技術だ。グリーン水素は、再生可能エネルギーから得られる電力を用いた水電解による二酸化炭素(CO2)フリーな水素で、石油精製所や工業用アンモニア・メタノールの生産など、さまざまな用途への利活用が期待できる。
現在、これらの産業で使用されている水素は化石燃料を使用して製造されているが、PHD技術部門では、貴金属を使わない触媒技術を基にグリーン水素への移行を目指し、CO2排出量を大幅に削減できる水素サプライチェーンの実現に取り組んでいる。
「kinari」(キナリ)
バイオプラスチック素材kinariは、従来のプラスチックに代表される石油由来樹脂を可能な限り植物由来のセルロースに置き換えられる成形材料だ。植物由来のセルロースは、コーヒーかすや間伐材など、さまざまな廃材から抽出したものを活用できる。また、従来のプラスチックよりも丈夫かつ軽量に成形することが可能で、仕上がりの自由度も高く、サーキュラーエコノミーで主力と成り得る素材だ。
小川:2023年には、京都府福知山市にこのkinariを採用いただき、全23校の同市立小中学校の子どもたちが使う学校給食食器を共同開発しました。公民連携の「学校給食の共創プロジェクト」としては全国初の取り組みです。地元の間伐材を用いて作られたkinariは環境教育の題材としても役立っています。
最新の動きとしては、製品が寿命を迎えた後、元の素材に生まれ変わらせるマテリアル・リサイクルの手法と、微生物分解によって環境に悪影響を与えることなく土に還(かえ)すバイオロジカル・リサイクルの手法の2パターンでの循環モデルの開発が進んでいます。
バイオCO2変換
大気中のCO2を用いて、光合成微生物の一種(シアノバクテリア)から農作物の成長を刺激・補助する成分を生成・抽出するバイオCO2変換。追加の化学肥料・農薬に頼ることなく収穫を安定的に向上させられる技術として、CO2活用と持続可能な食糧生産への貢献が期待されている。現在は大量生産に向けて開発を進めている。
小川:数年前には方向性について語るだけだったテーマが、いまは量産を見据えるまでの事業に成長しつつあります。各事業会社が取り組んでいる領域から少し離れたところにあるものやさらに先の方にあるもの、主にエネルギーや資源関連のテーマに、10年、20年と、たとえ細くとも投資を続けていく。それができるのがPHDの存在価値だと思っています。
これまでは原料の採取、製品の設計・製造、リサイクルに関わる「マニュファクチュアリングループ」の活動が中心でしたが、今後は製品シェアリングの導入やリペア、リファービッシュ(返品された製品を整備して新品に準じる状態にすること)など、顧客領域での活動に関わる「サービスループ」の仕組みの確立も目指していきたい。この二つのループが地球全体の「ネイチャーループ」とバランス良く関わるサーキュラーエコノミーを実現し、三つのループが過不足なく回り続ける循環型社会を目指していきます。
PHD技術部門 マニュファクチャリングイノベーション本部 本部長の小原は、自身が燃料電池を含む水素関連の研究開発をリードし、企業連携で水素社会の機運づくりに取り組んできた経緯も踏まえ、コーポレートR&Dの歴史とこれからの展望について次のように述べた。
小原:さかのぼれば、1970年代から、パナソニックグループは環境・エネルギーと親和性の高い事業に数多く取り組んできました。中には、世の中に出したけれどほぼ失敗に終わった技術もあります。研究開発の取り組みは、まさに失敗の連続とも言えるでしょう。ですが一つの失敗にめげて挑戦の灯を絶やすことのないように、時代の波を捉えながら社会への「お役立ち」ができる技術を細く長く育ててきました。開発当初のテーマでは花開かなかった技術のリソースやナレッジも、10年、20年といった時間軸で次の技術へと受け継がれています。
小原:コージェネレーション用高分子型燃料電池の開発の場合、最初の仕込みに当たる動きは1960年代から始まっていました。現在は事業体があるため、次の開発の仕込みは事業会社が担当しますが、もっと先の仕込みについては、PHD技術部門が担当します。ロードマップを共有し、PHDと事業会社の開発部門が一体となって取り組んでいます。
一つの事業を形にしていくには、社内のプロジェクトメンバーだけではなく、当該分野に詳しい専門家の方たちともつながり、特にエネルギーの領域においては官民連携の体制づくりも欠かせません。そうした共創の姿勢を大切にしながら推進していくことが大切です。
パナソニックグループには、多様なシーズ(種)があります。それらはさまざまな事業へと育てていけるはず。将来につながる可能性を見いだせた種については、細くとも絶やさずに研究開発を続けていくようにしています。今後も中長期的な視点を持って、地球環境と親和性の高い事業を創出していきます。
小川:コーポレートとしてR&Dにいかに取り組むか。長いスパンで物事を捉える中で必要となるのは、まずは失敗にめげない心です。その上で、将来の価値を創っていくために、事業に関する仮説の解像度をどこまで上げられるかを常に問い続けなければならない。NPV(Net Present Value、正味現在価値:投資や事業が生み出すキャッシュフローを現在価値に換算した総和から、初期投資額を差し引いたもの)が増えているかなど、つど数字もたたき出し、仮説を見直しながら歩を進めていくことが求められます。では、その解像度を上げるために、事業や企業の価値の計り方、評価の仕方をどうするか。パナソニックグループではいま、「削減貢献量」について国際的に認知いただくべく、標準化に向けた活動を推進しています。
削減貢献量は、社会やお客様のCO2排出削減といった、製品・サービスの導入などによるバリューチェーン上の排出削減への貢献量を定量化する考え方だ。事業活動を通じた自社のバリューチェーンでのCO2ほか温室効果ガスの排出量だけではなく、この削減貢献量についても企業評価に適切に反映されるようになることが望ましく、グローバル規模で議論を重ね、国際標準的な仕組みづくりを推進している。
小原:削減貢献量が世界共通の一つのモノサシとなった上で、PHD技術部門としても成長機会のあるテーマを選りすぐり、成功確率の高さ低さを俯瞰し選んでいけるようになれば、理想ですよね。
小川:標準化については一社だけで実現できることではないので、同じ悩みを持つ企業にお声を掛けながら推進し、経済産業省や環境省の方たちともユースケースの理想形を共に探っていっています。直近では金融機関のキーパーソンにもお声を掛けていただけるようになり、金融のメカニズムに削減貢献量の要素をいかに組み込めるかを話し合っているところです。
小川:事業として取り組むからには世界一を目指す気持ちでやる、という意識を持つことが大事だと考えています。世界一を目指すには、競争の中で、どのレベルにいなければいけないかを理解していることが必要。安全に勝てる領域に収まるのではなく、本当にこの技術を適応すべき土俵はどこか、その土俵でいま勝てていないポイントがあるとしても、これから勝つために必要なことは何か、ということを議論していかなくてはならない。
小原:結果は自分たちに跳ね返ってくる。そうした考え方が共通理解となるために、粘り強くコミュニケーションを深めています。
小川:資源がしっかり循環しながらその価値を最大化し、長い間使い続けられる、必要とされるところに安全で安価なエネルギーをお届けする……それは、創業者・松下幸之助の示した「水道哲学」にも通じる姿勢です。そうした考えが軸にある企業として、安全でグリーンなエネルギーや資源が、必要なところで必要なだけ行き交う社会の実現に役割を持って取り組んでいるということは、パナソニックグループらしさでもあると思っています。
小原:パナソニックグループらしさ、で言うと、当グループは多様な事業を手掛けていることも大きいと考えています。アセットの多さは武器であり、一方で足かせにもなり得ますが、タイミングや時代の機運とうまくかみ合うと、さまざまな可能性が見えてきます。その重要性を理解しながら、10年先の世界の常識を想定してビジネスを考え、共創する中で新しい光を見いだし、進んでいきたいと思います。
技術マーケティングプラットフォームSPEEDA R&D (jp.ub-speeda.com/rnd/)
2024年2月14日開催セミナー:研究開発はいかに環境テーマと向き合うのか - パナソニックHDの挑戦に迫る -
伊藤氏の総評:今回のセミナーでは、失敗から逃げず、めげることもなく、仮説をどんどん作っていくというパナソニックグループの企業風土に感銘を受けました。最新のR&D取り組みに懸ける覚悟を言語化いただけたのが良かったです。
半澤氏の総評:共創しなければ次のシーンは生まれない。その思いをベースとして、お二人が新しいつながりを求めて柔軟に事象に反応されておられる様子に、新しい波、躍動感を感じました。
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