2024年12月19日
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2010年代から研究が進む次世代太陽電池のペロブスカイト太陽電池。印刷によって基板に塗布できることから、従来型の太陽電池とは異なる自由度の高い活用方法が期待されている。国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)とともに技術開発を進めているパナソニックグループは、2020年に実用化レベルのモジュールで世界最高のエネルギー変換効率を達成。遠くない未来の社会実装に向けて歩み始めた。NEDO、パナソニックグループの担当者に開発の進捗と展望について聞いた。
カーボンニュートラルに向け、再生可能エネルギー(以下、再エネ)導入拡大に向けた動きが活発だ。昨今では世界情勢不安による化石燃料エネルギーの供給リスクが襲い、電気料金の値上げが生活者を直撃。環境・経済の両面で再エネの本格普及が急がれる。
資源エネルギー庁の統計によれば、2019年度の日本における再エネ電力比率は18%。中でも太陽光発電の供給割合は世界でも高いレベルを誇り、国内再エネ発電の主力となっている。この事実からも、いかに太陽光発電の導入促進を図るかが再エネ拡大の鍵を握る。
太陽光発電に欠かせない太陽電池には、大きく分けてシリコン系、化合物系、有機系の3種類がある。シリコン系はエネルギー変換効率が高く、技術的にも確立されていることから市場の約9割を占める。化合物系は銅、インジウム、ガリウム、セレンなどの元素を混合した電池で、軽量かつ薄型の製品化に向く。しかし、実用化されてはいるものの変換効率はシリコン系に及ばない。
残る1つが有機系だが、こちらはまさに“これから”の太陽電池と目されている。無機物のシリコンではなく有機化合物を用いた新たな太陽電池で、1991年にスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のミヒャエル・グレッツェル教授が開発した、色素増感型太陽電池をルーツとする。今回紹介する「ペロブスカイト太陽電池」はそこから進化した次世代の太陽電池と評される存在だ。
ペロブスカイトは灰チタン石(かいチタンせき)という鉱物の名称で、発見したロシアの鉱物学者、レフ・ペロフスキー氏にちなんでいる。独特の構造を持つペロブスカイト結晶を発電層として太陽電池に応用したのは、桐蔭横浜大学の宮坂 力教授。すなわち、ペロブスカイト太陽電池とは日本発のテクノロジーなのだ。
NEDOでは当初からペロブスカイト太陽電池の開発支援を行なってきた。NEDO 新エネルギー部 太陽光グループ 主任研究員の山崎 光浩氏は、ペロブスカイト太陽電池の可能性をこう評価する。
「ペロブスカイト太陽電池は、次世代型の軽量・フレキシブルの太陽電池です。発電層が有機化合物のため、塗布によるロール・ツー・ロール方式が適用でき、シリコン系太陽電池に比べて製造コストを低く抑えられる可能性があります。加えて軽くて曲げられる特性があることから設計の自由度が高く、従来は難しかったスペースへの設置が可能になると考えています」(山崎氏)
2010年代に入ると、ペロブスカイト太陽電池の開発競争が激化。いまも世界中で研究開発が繰り広げられている。パナソニックグループが開発に着手したのは2014年のことだ。パナソニック ホールディングス株式会社 テクノロジー本部 マテリアル応用技術センター 1部 1課 課長の松井 太佑氏は、有機ELの開発を経て2014年にスイスのEPFLに留学し、2年間にわたって研鑽を積んだ。現在は開発リーダーとして、技術面・事業化の双方を担当する。
2015年度からはNEDOとともに「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発」に取り組んできた。松井氏は「太陽光発電事業は、技術はもちろんのこと、仕組みづくりを含めて国全体で盛り上げていくことが重要です。NEDOには我々の考えに賛同してもらい、心強いパートナーとして支援していただいています」と語る。
NEDOはリスクの高い新技術シーズを積極的にサポートし、成果の社会実装を促進する「イノベーション・アクセラレーター」をうたう。充実した協力体制により、パナソニックグループはペロブスカイト太陽電池の弱点克服に成功した。その弱点とは、エネルギー変換効率の低さである。
シリコン系太陽電池の変換効率は一般的に約20%とされ、実用化に向けてはこのラインが最低目標となる。変換効率の向上は難題と思われていたが、高効率化を担当するテクノロジー本部 マテリアル応用技術センター 1部 1課 主幹研究員の河野 謙司氏は、初期段階からポテンシャルの高さを感じたという。
「私は以前、NEDOの支援を受けて有機系太陽電池の1つである有機薄膜太陽電池の研究に携わっていました。当時NEDOにおける有機薄膜太陽電池の変換効率目標は7%ほどでしたが、ペロブスカイト太陽電池は開発初期の段階で、簡単に10数%に達したので驚きました」(河野氏)
2020年には縦30 cm×横30 cm×厚さ2 mm、開口面積802㎠と実用化レベルのペロブスカイト太陽電池モジュールを完成させ、世界最高の変換効率となる17.9%を達成。この記録は現在でも破られていない。
「シリコン系太陽電池の変換効率にあと一歩のところまで来ています。もちろん自信につながりましたが、製品化を見据えれば高効率化は1つのハードルに過ぎません。今後は高い信頼性、そして大量生産可能な製造プロセスの開発が必要になってきます」(松井氏)
松井氏はそう謙遜するが、大面積の太陽電池モジュールと高効率化を支えたのはパナソニックグループの技術力に他ならない。自社開発のインクジェット技術による大面積塗布法を採用し、大面積のガラス上への均一塗布を可能にした。これにより高い変換効率を備えながらも、従来にはない薄型・軽量・柔軟性を持つ太陽電池の姿が見えてきた。将来の事業プランとして、松井氏は次のような製品をイメージしている。
「どのようなシーンで活用するかを社内で何度も議論してきましたが、最終的には総合メーカーの強み、インクジェット技術を用いた大面積・サイズフリー塗工技術を生かすことに落ち着きました。結論としていまは、建材一体型太陽電池としての展開を想定しています。ビルの壁面や窓と一体化した太陽光発電システムを目指します」(松井氏)
2020年度からは第二フェーズとなるNEDOとの共同プロジェクトに参画。ペロブスカイト太陽電池を生かした新市場の創造に向けて、建材一体型システムが採用された。
「現時点で太陽光発電が導入されていない市場を対象に、次世代型太陽電池のモジュール開発が進行しています。工場や倉庫など重量制約のある屋根、建物の壁や窓、移動体の3つがターゲットですが、このうちパナソニックグループには建物の壁や窓の分野に参画していただきました」(山崎氏)
「パナソニックグループにはペロブスカイト太陽電池に適した大面積塗布のアドバンテージがあり、プロジェクトのマイルストーン設定も明確。今後の低コスト化を考えると非常に頼もしい存在です」と評価するのはNEDO新エネルギー部 太陽光グループ 主査の鈴木 秀明氏。それを受け、河野氏は「ペロブスカイト太陽電池は印刷技術で製造できるのが最大の長所。ガラスやフィルムを基板に利用することができ、パナソニックグループのインクジェット技術によってサイズフリーの太陽電池を可能にします」と手応えを見せる。もう1つ、ペロブスカイト太陽電池には薄暗い場所でも効率よく発電する特徴があり、これを踏まえて「建物の壁面などに用いる太陽電池として適しています」と付け加える。
2023年1月に米ラスベガスで開催された国際的なテクノロジー展示会「CES 2023」には、ペロブスカイト太陽電池のセルのモックアップ982枚を連ねた「ペロブスカイトツリー」を展示。発電した電気で携帯電話や電動自転車の充電を想定する展示も行なった。CES 2023に参加して説明に当たった松井氏は現場の様子をこう振り返る。
「ツリーと並行して技術ブースでは建材一体型に利用可能な半透過の大面積モジュールを展示しましたが、たくさんの方々に『クール!』『ファンタスティック!』と褒めていただいたことが印象に残っています。本当に興味深い、早く商品化してほしいと。CESは消費者が多く訪れるため、“発電する窓”のコンセプトを提案でき、かつ高い評価を得られたのは大きな収穫でした」(松井氏)
長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」(以下、PGI)を掲げるパナソニックグループにとって、新時代のクリーンエネルギー開発には期待がかかる。PGIでは2050年までに3億トン以上のCO2排出量削減を目指すが、それを実現する要素技術として、CEOを筆頭に「健闘してほしい」とのメッセージが寄せられていると松井氏は語る。
「全社をあげて様々な切り口でCO2削減貢献を進めていますが、ペロブスカイト太陽電池のように一次クリーンエネルギーを供給できる技術はパナソニックグループでも限られています。社内でも注目されているので、製品化に向けて奮闘していきたいと思います」(松井氏)
あわせて河野氏も「社会ではもちろん、社内的にも盛り上がっているテーマを担当できることは非常にモチベーションが高まります。着実に技術を進化させながらも、スピード感を持って取り組んでいきます」と述べた。
現在パナソニックグループが参画しているNEDO事業と並行し、2兆円規模となるNEDOのグリーンイノベーション基金事業では、ペロブスカイト太陽電池が次世代型太陽電池の基盤技術として採用された。2030年にはシリコン系太陽電池と同等の発電コスト(14円/kWh)の達成を目標とする。いよいよ国をあげての体制が整い、あとは実用化を待つばかりだ。
「ペロブスカイト太陽電池はこれから新しい市場を築いていく分野。建材と一体化することで、これまで以上に太陽電池が生活に密着した存在になっていきます。その意味でも、お客さまの意見を反映しながらブラッシュアップすることが大切です。こうした記事を通して未来の技術を知り、いろんな意見をいただきたいと考えています」と松井氏。10年後には「窓で太陽光発電」のスタイルが日常風景になっていてもおかしくはない。読者には是非とも、いまから「ペロブスカイト太陽電池」の名前を頭に刻んでおいてほしい。
(ライター:小口 正貴)
社会課題解決のアイデアバンク「未来コトハジメ」にて、2023年2月28日(火)公開
記事の内容は発表時のものです。
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