パナソニックグループコミュニケーションマガジン
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2024.09.13
自然に返るモノづくり~ネイチャーポジティブの実現を目指して

シリーズ:

長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」(以下、PGI)を推進するパナソニックグループ。パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)では、カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーに加え、ネイチャーポジティブ(※)にも着手し、GX(グリーントランスフォーメーション)を成長戦略の柱に据えた研究開発を推進している。そうした中、2024年8月、株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役で、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)の事務局長も務める足立 直樹(あだち なおき)氏と、PHD執行役員 グループCTOの小川 立夫(おがわ たつお)の対談を実施。企業がネイチャーポジティブに取り組むことの重要性や、パナソニックグループが今後目指すべき姿についての提言、グループ内で芽吹き始めたネイチャーポジティブへの取り組みの実例を紹介する。

※ネイチャーポジティブ:生物多様性の損失を止め、反転させること

企業がネイチャーポジティブに取り組むことの重要性

足立氏は冒頭、「ネイチャーポジティブの実現は、生物多様性における国際的な目標として認知されています。しかしながら、一般的にはまだまだ知られていません」と述べ、次のように語った。

足立氏:2022年12月に国連生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)で合意された世界目標のことを一般にネイチャーポジティブと呼んでいます。これは、2020年を基準年として、2030年までに生物多様性の損失を止めて回復軌道に乗せ、2050年までには生態系を完全回復させるというものです。
企業の方からは、「なぜそこまで自然にこだわるのか、そもそも自然を増やすことなどできるのか」といった質問や、企業としてやることがまた増えるのか、という声も聞かれます。しかし、気候変動や資源循環、生物多様性などの課題は、すべて「ネイチャー(自然)」の問題です。人間にさまざまな利益をもたらしてきた生態系サービス(調節機能、供給機能、文化機能、基盤機能)に対し、人間の経済活動によって大きな負荷がかかり、昨今、それらがうまく機能しなくなってきています。人間の経済活動がうまく回るのは、生態系サービスが正常であってこそ。社会が持続可能であるためには、その基盤となる生物圏が健全でなければなりません。生物多様性は「自然の資本」です。そこに依存することで、私たちの生活・企業活動が成り立っていますので、生物多様性に悪影響を与えてしまうと、その資本がなくなってしまい、人間の経済活動が成立しなくなるということを、私たちは認識しなくてはなりません

写真:足立 直樹(あだち なおき)氏

足立 直樹(あだち なおき)氏

足立氏:英国の財務省が諮問し2021年に公表された報告書「ダスグプタ・レビュー」では、「経済は環境(生物圏)の一部でしかない」と述べています。私たちの経済活動は生物圏の外にあるのではなく、その中に組み込まれている――その意識を持つとともに、これからは自然を活用しながら問題を解決することや、そのためにも再び自然を増やしていくことが大切です。
人間は工業技術を発展させ、機械化などにより効率化を進めてきましたが、ここで立ち止まって、社会と経済をあるべき方向に変えていく。別の言い方をすれば、「戻していく」。世界中で真剣にそのことを目指す動きが始まっています。
今、企業に求められるのは、自然の力や機能を活用するための技術力を磨くこと、そして自然を増やすビジネスを興すために経営スキルを強化することです。

パナソニックグループに求められるネイチャーポジティブとは

足立氏のお話を受け、グループCTOの小川は、グループにおけるネイチャーポジティブの取り組みで進むべき方向性や、業界やグローバルでの最新動向について質問し、自身のネイチャーポジティブ実現への思いや企業サイドから見た課題などを踏まえ対話を行った。

小川:パナソニックグループのネイチャーポジティブの取り組みも、今まさに始まろうとしているところです。私たちが目指すべき方向について、ご意見をいただけますか。

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCTO 小川 立夫(おがわ たつお)

足立氏:グループがネイチャーにどのようなインパクトを与えているかをサステナビリティ データブックなどで広く開示されておられるのは、素晴らしいことです。グループ内に留まらず、サプライチェーンやバリューチェーンにおいても、自分たちがどのようなインパクトを与えているかを見直してみると、そこに新しいヒントが見つかると思います

小川:欧州で進む環境への取り組みの現状について、教えてください。

足立氏:本気で取り組まないと地球は駄目になるという危機感を持って、次々とルールを作っています。生物多様性に限らず、水や昆虫(授粉者として重要)に特化したルールも多く出てきていますので、全体の動きと合わせて見ていくと、理解が深まると思います。

小川:私たち企業サイドの視野は、今のビジネスに直接影響があるものに限られがちです。今回教えていただいた「経済活動の背景には生物多様性の思想がある」という点をしっかり踏まえた上で、企業としてどういう打ち出し方ができるのかを考えていきたいと思います。
まずは、すでに取り組んでいるサーキュラーエコノミーを徹底的に進めていきます。自然をどうやったら再生できるかについても、後述する「共存の森」でのモニタリング活動などで得たデータを社外の研究者の方々にも共有し、自然全体、地球全体へと視野を広げていくことで、パートナー企業様との新しいご縁も増えていくのではないかと考えています。

足立氏:これからのネイチャーポジティブの時代には、自然をテーマとした新しいマーケットが生まれると考えられます。自然にもう一度目を向け、自然をうまく活用して問題を解決することや、そのための先行投資を意識いただけるとよいのではないかと思います。

写真:小川 立夫(おがわ たつお)
写真:足立 直樹(あだち なおき)氏

ネイチャーポジティブの実現に向けた具体的な取り組み

パナソニックグループでは、ネイチャーポジティブの実現に向けた技術開発や事業化を目指す動きが複数進行中だ。地球環境により良いインパクトを与えたい、そんな社員一人ひとりの情熱がエンジンとなり、新しいアクションが生まれている。

今回ご紹介するのは、以下の三つの取り組みだ。

バイオCO2変換技術「Novitek(ノビテク)」

パナソニックグループが開発した「バイオCO2変換」は、空気中のCO2を主な原料として光合成微生物から植物の成長を刺激する成分を取り出す技術。この成分を葉に散布すると、野菜の収穫量が最大40%近く増えるという実証結果が得られている。2024年度内の販売を目指す「Novitek(ノビテク)」は、植物の成長を刺激して農作物の収穫増加を実現することで、脱炭素と食糧の生産力向上に貢献する

光合成微生物由来の生体分子を含んでおり、500倍に希釈して作物の葉に散布して使用する

Novitekを1回散布したホウレンソウ(写真左)。散布なしのホウレンソウ(写真右)よりも収穫量が40%以上増加

Novitekの開発者、PHDテクノロジー本部の児島 征司(こじま せいじ)は次のように語る。

児島:私はもともと植物の光合成を行う葉緑体に興味があり、長年研究を続けていました。「葉緑体のようなシアノバクテリア」を創出すれば、きっと世の中の役に立つ。しかし事業として成り立たせるに当たって、どのような形でお客様にお届けすることができるのか、紆余曲折がありました。

写真:児島 征司(こじま せいじ)

PHD テクノロジー本部 グリーンイノベーションセンター 児島 征司(こじま せいじ)

児島:そこで、環境負荷低減と経済的価値創出の両立を構想しながら開発を進めていきました。自然を活用しながらの取り組みとして、一つの技術で最初から最後まで一刀両断でうまくいく手法を目指すのではなく、都度自然の力を借りながら、多段階で価値の連鎖・増幅を目指すという発想です。
バイオCO2変換においては、まずは空気中のCO2を活用。実際に農作物に散布した時点でも空気中のCO2を活用しながら農作物を育て、生産力向上を目指します。こうした価値の連鎖・増幅の構造を描けるかどうかが、環境や自然をテーマにした取り組みでは非常に重要であると思います

図版:環境負荷低減と経済価値創出の両立を二段階で構想(価値の連鎖・増幅)

環境負荷低減と経済的価値創出の両立を二段階で構想(価値の連鎖・増幅)

地域元来の植生を取り戻す~草津拠点「共存の森」

「共存の森」は、滋賀県草津市のパナソニック株式会社(以下、パナソニック)の草津工場にある約1万3,000m2の森だ。「地域の生物多様性への貢献」および「景観保全」を目指すパナソニックの「エコロジカル・ネットワーク構想」の重要緑地に位置付けられ、生き物の生息に配慮した保全活動が行われている。

パナソニック 草津工場の概要と「共存の森」

図版:パナソニック 草津工場の概要と「共存の森」

管理を担当するパナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 総務部の中野 隆弘(なかの たかひろ)は、この「共存の森」の存在意義について以下のように語る。

中野:1970年に創業者・松下幸之助が草津工場を視察した際、「草津(工場)は自然を生かして情緒的にできている。いや、そういう性質のものにしたいと思っている」と語りました。以来、草津工場は人々の生活を豊かにする「東洋一の最先端工場」、緑と花に囲まれ、地域の人にも親しまれる「公園工場」をうたいながら運営されてきました。

写真:1970年に草津拠点の冷蔵庫工場を視察する松下幸之助(写真前列左)

1970年に草津拠点の冷蔵庫工場を視察する松下幸之助(写真前列左)

中野:その後、地域の貴重な自然を継承するため、拠点の一角に豊かな緑地を作り、周辺の緑地や水辺とつながりながら生き物の生息空間確保を目指す「エコロジカル・ネットワーク構想」を掲げ、これを「共存の森」と称して2011年10月に整備を開始しました。

「共存の森」~その意義と役割

図版:「共存の森」

雨水排水管理、水質事故・洪水防止施設 ⇒琵琶湖の水辺とくらしを守る
生き物に配慮した緑地管理とモニタリング ⇒地域生態系への貢献
環境学習の教材化 ⇒環境学習への展開

中野:水辺や草地、樹林を含んだ「共存の森」では、周辺地域の里山モデルとして、専門家のモニタリングにより里山環境の再生状況を定量的に把握しており、社員による指標生物を用いた緑地管理や特定外来生物などの監視、地域の植生に応じた苗木の育成や植樹などの保全活動を行っています。「共存の森」で確認できた動植物は2011年調査の約580種から、5年後には約840種まで回復。この約840種の動植物は、草津市で確認されている種数の約3割に当たるため、市全体の面積の約0.02%の区域であることを踏まえると、多様な動植物の生息に貢献している空間であると言えます。

「共存の森」に暮らす動植物

図版:「共存の森」に暮らす動植物
写真:中野 隆弘(なかの たかひろ)

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 総務部 中野 隆弘(なかの たかひろ)

中野:2023年10月には環境省の「自然共生サイト」に認定されました。自然共生サイトは、生物多様性の価値を有し、事業者と民間団体・個人、地方公共団体によるさまざまな取り組みを通して生物多様性の保全が図られている区域を、国が認定するものです。また、2024年8月、国内のOECM(Other Effective area based Conservation Measures)の一つとして、国際データベースにも登録されました。「共存の森」は地域の方々の環境学習の場としても活用されており、今後も地域環境に溶け込む工場緑地として、周辺の豊かな自然環境との連携を図りながら、整備・保全を進めることで生物多様性に貢献していきます

オープンイノベーション「苗代(なわしろ)」の取り組み

PHDでは、産学連携による技術・人材基盤の構築と新規テーマ創出を目的とした活動「苗代(なわしろ)」を、2023年4月から展開中だ。

PHD 技術企画室の松村 浩一(まつむら こういち)は語る。

松村:本取り組みは、技術の芽を育てるという意味合いから「苗代」と名付けられました。産学連携を積極的に活用したテーマ創出を目標としています。

写真:松村 浩一(まつむら こういち)

PHD 技術企画室 オープンイノベーション推進部 松村 浩一(まつむら こういち)

松村:活動ポリシーは、対象領域についてきちんと勉強した上で、とにかく「現場へ行って手を動かす」。得られたデータや事実を「知恵を絞って自ら分析」し、京都大学をはじめ、連携先の大学の先生方に興味を持ってもらえる結果・仮説・事実を組み立てる、ということをプリンシプルとして定めています。現在、以下の活動について、3年間かけてテーマの具体的検討を推進するべく、探索・分析を進めているところです。

  • 京都大学との連携:自然の循環メカニズムの理解
    森里海連環学を基礎に、森林/土壌を対象とした物質循環のセンシングとモデル化、アクチュエーション手法の確立を目指す。フィールドにセンサーを設置し、データ採取・分析を実施。

松村:前述の「共存の森」でも、生物多様性関連のデータを高密度に計測や森が周囲に与える影響、森の中の生物多様性がどのように維持されているかなどを、定量的データから明らかにする活動を開始しています。比較的小規模なエリアで「高密度な森のセンシング」を行うことで、他の環境センシング取り組みとの差別化を図っています。

写真:(写真・左)連携する大学の先生方による「共存の森」視察の様子。(写真・右)京都大学 上賀茂試験地での音データ収集実験の様子。パナソニックの音分析技術を用いて、森の音データの分析が行われている

(写真・左)連携する大学の先生方による「共存の森」視察の様子。(写真・右)京都大学 上賀茂試験地での音データ収集実験の様子。パナソニックの音分析技術を用いて、森の音データの分析が行われている

松村:ここで得た知見やデータは、苗代のメンバーに限らず、社外の他の研究者の方々にも共有し、研究活動を加速するような機会創出も目指しています。

足立氏と小川は、対話の締めくくりとして次のように語った。

足立氏:ネイチャーポジティブを実現するための取り組みとして、設計段階から循環を前提にしたモノづくりを推進いただきたいと思います。自然に今一度、注目していただき、たとえ今すぐビジネスにはならなくとも、自然に関わるテーマに積極的に取り組んでいってほしいですね。

小川:PHD技術部門では、「私たちがいなければ生まれなかった世界をつくる」というミッションを掲げ、2024年7月に「技術未来ビジョン」を策定しました。ここには、エネルギーや水、食料など、自然とは切り離せないテーマも盛り込まれています。
世界のありとあらゆるものの根源には、自然があります。私たちはここを出発点として、自然をテーマとした新たなビジネスのやり方や新たなコミュニティの作り方、新たな食糧の生産の仕方、新たなエネルギー、資源の循環の仕方などについて検討していきます。自然とAIを組み合わせることも考えていきたいですね。そうすることで、長きにわたりモノづくりに真摯に取り組んできたパナソニックグループの新しい未来が開けていくと思っています。

足立 直樹氏 プロフィール

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー。企業と生物多様性およびサステナブル調達の日本の第一人者として知られる。国際的な文脈の中で企業のリスクを的確に分析し、企業価値を高める経営戦略とブランディングを得意とする。

【関連団体の役職】

  • 一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長
  • 一般社団法人 日本エシカル推進協議会 理事・副会長
  • 一般社団法人 いきもの共生事業推進協議会(ABINC) 理事
  • サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー など

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