パナソニックグループコミュニケーションマガジン
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2024.08.08
グループCTOインタビュー
次世代の「水道哲学」に挑む 
パナソニックホールディングス技術部門が「技術未来ビジョン」で目指す未来のくらし:パナソニック ホールディングス株式会社 グループCTO 小川 立夫

パナソニックグループは、「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現に向け、「地球環境問題の解決」と「お客様一人ひとりの生涯にわたる健康・安全・快適」にお役立ちを果たすことを目指している。2024年7月には、パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)技術部門が、2040年のくらしを見据えた研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」を策定。PHD執行役員でグループCTOの小川 立夫(おがわ たつお)が、『一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会』の実現に向けた未来構想と、そこにひもづく技術戦略を発表した。ビジョンに込めた思いや具現化に向けた取り組みを、小川に聞いた。

「技術未来ビジョン」とは

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCTO 小川 立夫(おがわ たつお)

PHD技術部門は、「私たちがいなければ生まれなかった世界をつくる」というミッションを掲げている。「環境」「くらし」の注力領域において、個々の事業会社で手の及ばない領域や事業会社の競争力強化を後押しすべく、競争力の源泉となるコア技術群を特定し、それを育て、組織能力の強化につなげていく

事業会社制移行から2年が経過する中、同部門は、「技術未来ビジョン」を策定・発表した。今後の技術戦略を支えるベースとして掲げ、さまざまな可能性を視野に入れながら、新たな事業機会の創出に取り組んでいく。

小川:物質的な豊かさを追求する時代は終わり、日々の「当たり前」が変化していく中で、次世代にどのような社会を残していくべきか。その「未来」を描くに当たり、2030年では未来構想として打ち出すには近過ぎる、逆に産業によっては2050年にしてしまうと遠過ぎるものもあることから、2040年に射程を置くことにしました。

これまでの技術起点のアプローチを見直し、独自のデザイン経営メソッド「未来構想プログラム(※1)」を用いた新しいフレームワークで、技術進化と社会に及ぼすインパクトを分析。“人間中心・未来起点”の観点で、2040年の未来にありたい姿を導出していきました。

2040年には、地球温暖化の進行が懸念される一方で、再生可能エネルギーの普及やデジタルトランスフォーメーション市場の拡大、AIによる労働生産性の向上など、私たちの「当たり前」がさらに大きく変化していくと考えられます。
さまざまな推察と議論を重ねながら、現在とのギャップから見えてくる課題を洗い出し、「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」のイメージを固めていきました。

※1 現状の延長線や自社視点にとらわれず、実現したい「社会にとって意味ある」未来を起点に、現状とのギャップを明らかにし、人間(ひと/くらし/社会/環境)中心・未来起点のサイクルを回し続け、事業の本質的な競争力強化を狙いとするPHD独自の取り組み

こうして技術未来ビジョンが生まれ、その世界観を具体的にビジュアル化したものが、未来構想ビジュアルだ。

小川:この図では、上側がリアルの世界を、下側がサイバーの世界を表しています。

一つの大きなCPS(サイバー・フィジカル・システム)の、左上から資源やエネルギーが社会に投入され、さまざまなステークホルダーの活動を経てコミュニティ・家庭・個人へと伝わり、最後に環境やくらし関係のデータが返っていく流れを描いています。

コロナ禍を経て、人々のくらしにおいて本当に必要なことは何かを思い返しながら、改めて自分たちが目指すべき社会について考察。「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」という未来のありたい姿に至り、この社会を実現するための3要素と“めぐる”姿を以下のように定めました。

(1)資源価値最大化(エネルギー・モノ・食):
  日々の生活の中にグリーンで安心安価なエネルギー・資源が“めぐる”
(2)有意義な時間創出:
  日々の時間の使い方の中に生きがいが“めぐる”
(3)自分らしさと人との寛容な関係性:
  心地よい心身の状態でまわりの人との関係性の中に思いやりが“めぐる”

上記(1)は、サステナブル領域において、グリーンで安心・安価なエネルギーや資源をあまねく行き渡らせることを目指したものです。(2)と(3)は、(1)を前提に、くらしのウェルビーイング領域において、自分や友人・家族・コミュニティ・自然との関係に生きがいや思いやりを行き渡らせることを目指しています。

これら3要素と“めぐる”姿において、それぞれの循環を生み出す取り組みが、社会課題を解決していく力になると考えています。

「共助の水道」とは―21世紀の水道哲学に挑む

今回のビジョン策定では、創業者・松下幸之助が語った「水道哲学」の理念が背景にある。

小川:かつて松下幸之助は、「この世に必要な物を、ただにひとしい水道の水のように豊富にすれば、わたしたちの貧苦はなくなるであろう」と語りました。物資を水道の水のように大量に供給できれば、それは安価になり、あまねく人に届けることができ、貧乏が克服されるという考え方です。併せて、「無尽蔵に物質ができても、その使い方を知らないといけない」とも言っています。

この思想を大切にしながら、2040年には、「水」に当たるものとしてグリーンなエネルギーと生きがい・思いやりを生み出し、無駄なく、あまねく届けるという、新しい時代の「水道哲学」にチャレンジしたいと思っています。

今回のビジョン策定に合わせて作ったコンセプトムービーでは、グリーンなエネルギーと生きがい・思いやりがあまねく“めぐる”社会の仕組みとして、「共助の水道」という概念をご紹介しています。

小川:ここで言う「共助」とは、自己犠牲を伴うようなものではなく、生活者同士が助け合うコミュニティをイメージしています。これは、限られた地球資源や社会的リソースを無駄なく生かすリソース配分の仕組み、自分も他者もメリットを感じられる選択肢を提供する仕組みをもって、実現すると考えます。

こうしたビジョンと思想を前提に、パナソニックグループがこれまで長年にわたり知見を蓄えてきたエネルギー領域、サーキュラーエコノミー領域に加え、「ひとの理解」「iPS細胞培養装置」などの新たな技術の仕込みも進め、未来構想に至る道筋を技術的に裏付けしながら、PHDとして保有すべき技術の絞り込みと、共創も踏まえた力の入れ方を定めていきます。

これらの実現に向けて、取り組む技術群はたくさんある。その中から「資源が “めぐる”」に対応するペロブスカイト太陽電池(※2)、「生きがいが “めぐる”」に対応するCPS、「思いやりが “めぐる”」に対応する細胞培養装置を紹介する。

※2 パナソニックのペロブスカイト太陽電池は、現在開発段階の技術で、発電性能や耐久性を確認する屋外実証試験を行っている。数年以内に実用化を見込んでいる。

エネルギー・資源が “めぐる”:ペロブスカイト太陽電池

まず、「エネルギー・資源が “めぐる”」の代表例が、PHDが開発を進めるペロブスカイト太陽電池だ。インクジェット方式で製造によりサイズや設計の自由度が高く、さまざまな用途で活用が期待されている。

小川:最大のインパクトは、従来のシリコン系太陽電池が使えなかった建物の窓や壁面への応用が可能となることです。高温の熱処理を必要としないことから、シリコン系の太陽電池より製造時のエネルギー消費量の削減も見込まれています。

世界トップクラスの高効率性と透過度やサイズを柔軟に変更できる技術で、建材一体型のPV市場(PV: Photovoltaic 太陽光発電市場を指す)をけん引し、都市部での創エネ力を飛躍的に向上させたいと思っています。

2024年中に大判(1m x 1.8m)のパイロットラインの稼働を開始し、2026年には建材一体型太陽電池のテストマーケティングをスタートさせることで、都市部での再生エネルギーの電源比率を40%(※3)まで高めることを目指します。

※3 資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」では、2030年の国内総発電量に占める再生エネルギーの割合を「36~38%」に設定。電力利用量が多い都市部でも、これを上回る「40%」の実現に貢献することを目指す。

生きがいが “めぐる”:現場のCPS
(サイバー・フィジカル・システム)

「生きがいが “めぐる”」領域で、有意義な時間創出を実現する技術群のうち、特に注力するのがCPSの開発だ。

小川:製造現場や建設現場、一次産業現場、介護現場などで展開されるエッセンシャルワークは、私たちの日々の生活に欠かせない大変重要な仕事です。しかし近年、人手不足などでそれぞれの現場が過酷な状況になりつつあります。過去にパナソニックグループの家電製品が人々を一部の家事労働から解放し、くらしの中での自由な時間の獲得に貢献したように、エッセンシャルワークの現場を「労働」(※4)から解放することに取り組みたいと考えています。

※4 ここでいう「労働」は、人間の生命を維持するための営み。「仕事」(人間世界を創造する営み)や、「活動」(コミュニケーションなど他者との共同行為)を行う、時間の獲得も必要なことを指す。

私たちは、エッセンシャルワークに代表される労働集約型の現場を、個々の能力を発揮する現場へと変革することに取り組んでいます。CPS技術を活用したソリューション群で現場をサポートし、自動化・機械化・遠隔化・協調作業を推進し、効率化・生産性の向上を図ります。

また、働く人が挑戦しながら成長でき、やりがいを感じる場を提供するべく、業務アシストやスキルマッチング、さらには業務効果の見える化やお客様との対話促進などに貢献する技術の開発に取り組みます。これにより、挑戦・やりがいのある“ディーセントワーク(※5)”を後押ししていきます。

※5 働きがいのある人間らしい仕事/働く価値のある仕事

これらの変革により、誰もが自分の意志で使える時間や心のゆとりが増える社会の実現を目指します。

思いやりが “めぐる”:細胞培養装置

小川:三つ目として、「自分らしさと人との寛容な関係性」の実現にも挑戦します。

人間は、他者との関係性の中で生きています。ここに「思いやりが “めぐる”」ためには、まず自分自身が心地よく、他者と自己の差を認識した状態であることで、違いを受けいれる寛容さが生まれると考えています。

そこで、「自分自身の状態が分かる」「他者との違いに寛容な関係性の構築」「自分に合った心身の状態の回復」という、三つのアプローチで技術革新に取り組みます。

一例が、重篤患者などの身体の回復に向けた、細胞培養装置の開発です。

現在がん治療では、患者さんの細胞を治療に使用した自家移植は、免疫拒絶反応のリスクは少ないものの、時間もコストもかかるという課題がありました。そこでPHDでは、iPS細胞を活用した新たな個別化がん治療方法の普及に向け、閉鎖系培養装置でのお役立ちを図ります。

閉鎖系培養装置は省スペースかつ不純物の混入リスクが低い利点を持ち、個別のがん治療に必要なT細胞(※6)の自動生産が可能になります。長年モノづくりに携わってきた知見を基に培った機構技術や評価技術を活用し、早期に試作機の完成を目指します。

現在、高度な医療機関でしかできない個別化医療を、将来的には地域のクリニックでも手軽に実施できる世の中にし、誰もが自分に合った心身の回復手段が手に入るような再生医療社会の創出に貢献していきます。

※6 感染した細胞やがん細胞を認識し、除去するなど免疫に働く細胞。1つの細胞ごとに認識する物質は1種類で、細胞ごとに異なる。どの物質を認識するかは、iPS細胞に変化させても変わらない。

「1+1で2以上」の価値を実現する―パートナーとの共創・事業開発

小川:これまでは、事業を生み出していくフェーズにおいて、技術者自身がビジネスプランやパートナーシップの在り方を考えることがほとんどでした。しかし今回のビジョンの具現化では、事業開発の専門組織となる事業開発室を再構成し、技術者としてのバックグラウンドを持ちながらも、新規事業の立ち上げ経験が豊富なメンバーが携わる体制を整えました。

事業の作り方については「Horizon 1/2/3」という考え方を採用し、社外のパートナーとの共創も視野に入れながら、柔軟に展開中です。

構想を単なる構想や研究に終わらせず、目指す姿に共感いただける方を増やしながら、利益ありきではなく、どんな社会を実現したいか、気遣いや思いやりが循環する社会にビジネスの枠組みとしても挑戦していくべきではないかと思っています。

PHD技術部門では、今後「技術未来ビジョン」を社内のプロジェクトへと落とし込み、具体的な成果を生み出せるよう、磨き続けていく。

私たちが生きやすい未来の実現に向け、取り組みをさらに加速し、「新たな事業機会の創出」を強化しながら、組織内にも思いやりや生きがいが“めぐる”…。そうした研究開発を進めていく。

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