
2026年4月1日
- 企業・経営
- Stories
- グループCEO
- 幹部メッセージ
- 経営の考え方
- 経営基本方針

日進月歩で進化するAIは、もはやソフトウェアの中だけで完結する技術ではなく、センサーや機器、空間、人の行動と結び付きながら価値を生み出す「フィジカルAI」の時代が到来している。こうした潮流の中で、長年培ってきたモノづくりの技術と多様な事業基盤を有するパナソニックグループには、どのような可能性が広がっているのか。2025年6月にパナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)の社外取締役に就任した東京大学大学院 工学系研究科 教授の松尾 豊氏と、同社 執行役員 グループCTOの小川 立夫が対談。同社 DX・CPS本部長の西城 洋志がファシリテーターとなり、AI時代におけるパナソニックグループの強みと、これからの価値創出の方向性について語り合った。
――まず、社外取締役をお引き受けになった背景と、パナソニックグループへの印象をお聞かせください。
松尾:お話をいただいた際、ぜひお引き受けしたいと思いました。もともとパナソニックの製品は身近な存在で、好きなブランドの一つでもあります。その上で、現在のAI時代において、パナソニックグループには非常に大きなポテンシャルを感じました。AIはソフトウェアだけで完結する技術ではなく、最終的にはさまざまなハードウェアや現場と結び付きながら社会に広がっていくものです。そう考えると、長年にわたって培われてきた技術や事業アセットを有するパナソニックは、他にはない独自の価値を生み出せる余地が大きいと感じました。
東京大学大学院 工学系研究科 教授/PHD 社外取締役 松尾 豊(まつお ゆたか)氏
小川:私たちは、AIの重要性が高まり始めたかなり早い段階から、松尾先生に多くの示唆をいただいてきました。株式会社松尾研究所と共同で開発した「松下幸之助再現AI」をはじめ、人材育成やさまざまな議論の場でもご一緒してきましたが、AIを活用してこれからの時代に何をなすべきかを考える今のタイミングで、社外取締役として加わっていただけることを非常に心強く感じています。事業であれ開発であれ、いかに進めていくべきか。この点について、第一人者の視点からご意見をいただけることには、大きな意味があると考えています。
PHD 執行役員 グループCTO 小川 立夫(おがわ たつお)
――実際に中に入って見えてきた、パナソニックグループの強みと伸びしろについて、どのようにお感じでしょうか。
松尾:強みと、さらに伸ばせる余地が、かなりはっきりしていると感じています。まず、技術力や品質に対する姿勢は非常に強いものがあります。一方で、販売やマーケティングのデータ、お客様の声が、商品づくりや事業判断へとより滑らかにつながっていけば、まだまだ強くなれる余地があると思います。多様な事業を展開している会社だからこそ、そうした情報を共通の基盤として生かせれば、それぞれの事業領域における競争力を底上げしていけるはずです。
――その伸びしろを考える上で、どこから着手することが重要になるとお考えですか。
松尾:販売やマーケティングのデータをより積極的に設計や開発にフィードバックしていくことが重要だと思っています。かつては、販売網や営業の現場が、お客様のお困りごとや本当に欲しいものをくみ取る役割を担っていました。現在は業界構造そのものが変化していますが、AIの力を使えば、そうした情報を新しい形で捉え直せるはずです。これが全社的に循環する仕組みとして回り始めれば、パナソニックはさらに強くなっていくと思います。
――今回の対談のキーワードの一つである「フィジカルAI」を、どのように捉えればよいのでしょうか。
松尾:フィジカルAIとは、AIがセンサーや機器、空間、人の行動などと結び付きながら価値を生む領域だと考えると分かりやすいと思います。画面の中でユーザーに必要な情報を提供するだけでなく、現実世界の状況を捉えて判断し、機器やサービスの振る舞いそのものを変えていく。そうした領域が、これから大きな競争の舞台になっていくはずです。
小川:パナソニックは、ハードウェアとしてのモノづくりに真摯に取り組んできた会社です。ただ、これからは「ハードはハード、ソフトはソフト」と分けて考えるのではなく、AIを含めた一つの顧客体験として、どう設計し、どうつないでいくかが重要になります。これまで現場や各事業で磨き上げてきた価値を、AIやデータの活用によりプレミアムな顧客価値・顧客体験へと昇華させていく。そこにこそ、私たちがフィジカルAIで取り組むべき入り口があると考えています。
――その世界で、なぜパナソニックグループにチャンスがあるのでしょうか。
松尾:私は2019年から高専ディープラーニングコンテストに関わっていますが、AIとモノづくりの力が掛け合わさると、学生からも驚くような発想が生まれてくるのを目にしてきました。一方で、プロの世界を見渡すと、既存製品の完成度を高めることには長けていても、新しい形のものをゼロから創り上げられる企業は意外に多くありません。その点、パナソニックはプロフェッショナルでありながら、新しい形の価値を生み出す力も併せ持った会社だと感じています。だからこそ、ソフトウェアやAIと融合しながら、フィジカルAIに代表される新しい領域に本気で切り込んでいける可能性がある。しかも、最終的には品質や安全性が問われる世界になりますが、そこまで含めて社会実装できる力を備えている点は、大きな強みだと思います。
――では、その可能性を実際の商品開発に落とし込むには、どのような発想が必要になるのでしょうか。
松尾:フィジカルAIの時代に重要なのは、今ある製品の形を前提にしすぎないことだと思います。例えば冷蔵庫であれば、単に食材を冷やす機能を少しずつ改良していくのではなく、消費者が何を望んでいるのか、家族ごとに異なるくらしの価値観にどう寄り添えるのか、といったところから考え直すことができるはずです。私はこれを、答えの候補を広く探っていく「探索」の発想として捉えると分かりやすいと思っています。人それぞれが異なる思いを持って生活しており、その中には「あったらうれしいもの」や、まだ十分に満たされていない困りごとが数多く存在しています。しかも、その解の範囲は時代とともに速いスピードで変化していく。だからこそ、まず答えの候補を広範囲に探索し、その中から可能性の高いところにしっかり当たりをつけて解を導いていくことが重要です。
もう一つ重要なのは、製品をきちんと作り込む工程では科学的・工学的に徹底して詰めていく一方で、マーケティングや「何が求められているのか」という議論になると、途端に勘や経験に頼りがちになってしまう点です。本来はそこも含めて、どのような価値が求められているのかを広く探索し、科学的・工学的に捉えていく余地があるはず。そうした視点を持つことが、これからの商品やサービスづくりには欠かせないのだと思います。
小川:探索はしているつもりではありましたが、改めてお話を伺って、自分たちで最初から設定した範囲の中だけで答えを探してしまっている場合が多いのではないかと思いました。本当は、もう少し視野を広げれば、全く別のところに解があるかもしれない。それに、AIやデータの力を使って事業の対象となる住空間や仕事の現場をどこまで深く理解できているかという点でも、まだ十分とは言えないのではないかとも感じました。私たちが立ち返るべき場所は、やはりくらしの現場であり、働く現場です。そこには、私たちが真摯にモノづくりに向き合ってきた長年の蓄積があり、将来にわたって必要とされる価値を紡ぐ源泉がある。その現場を起点に、AIやデータによってどこまで理解を深められるかが重要だと感じました。
――広く考える一方で、開発のスピードはどのように高めるべきでしょうか。
松尾:むしろ範囲を広げる時ほど、最初の仮説検証は速く回したほうがよいと思います。まずは短い期間で一度、仮の結論を出してみる。違っていれば探索のポイントを切り替え、また試す。その繰り返しによって、見込みのある領域をできるだけ早く見極めることが大切です。いまはツールやライブラリーもかなり整っており、以前に比べて格段に速いスピードで探索ができますし、探索のスピードそのものが競争力になる時代だと考えています。
――その時、鍵になるデータやセンシングは、どのように考えればよいでしょうか。
松尾:フィジカルAIでは、現実世界から何を拾い上げるかが非常に重要になります。目的とするタスクに応じて、どの情報が本当に必要なのか、逆に何を捨ててもよいのかを見極めていく必要がある。家庭の中のちょっとした習慣や、片付け方の好み、働く現場ごとの暗黙の工夫など、まだ言語化されていない情報の中に、新しいニーズが隠れていることも少なくありません。最初は「いま手元にあるデータで何ができるか」から考えてよいと思いますが、そこから目的を明確にしていくと、現状のデータでは足りないことが見えてくる。すると、新たなデータを取りに行く必要が出てきます。そうやって、目的とデータを行き来しながら試行錯誤を重ね、より良い形へと近づけていくプロセスが大切なのだと思います。
小川:今のお話は、私たちが取り組もうとしていることとも重なります。例えば、家の中の風景には、その家庭ならではのコンテクストが織り込まれていますが、その多くは言語化もデータ化もされていません。そこを読み取り、人が次に求めることとフィジカルAIの働きがうまく重なった時に、「まさにこれが欲しかった」と感じていただける、本当のお役立ちにつながるはずです。
松尾:これまでやってきたことと全く別のことを思い切って始めなければいけないという話ではありません。これまで前提としてきた定数と思ってきたものが、実はそうではなく変数なのかもしれない。そう捉えた上で、ではどうやって探索の範囲を広げていくかを改めて考えてみる。その方が、パナソニックの培ってきた強みも生かしやすいのではないかと思います。
――AIが進化するにつれて、人の役割はどのように変わっていくのでしょうか。
松尾:AIは膨大なデータを処理したり、全体のトレンドを捉えたりする点では、非常に強みがあります。ただ、最後の最後に「これは良い」「これは面白い」「少し先の市場で支持されそうだ」と感じ取る部分については、人の感性が大きな役割を果たすと思います。ですから、AIが前段の分析や示唆を支え、人が最終的な価値判断を行う。その組み合わせが当面は重要であり続けるのではないでしょうか。
小川:AIの第一人者である松尾先生が、最後は人の感性が大事だとおっしゃる点は、とても示唆的です。判断の最後に残る、人ならではの感性や「ピンとくる」部分が大切だというのは、人間としても励まされる話だと感じました。一方で、その判断に至るまでに、顧客との直接的な接点の中から価値のあるデータをどう拾い上げ、どう見極めていくのかという課題もあるのだと思います。
――人材育成や、スタートアップとの連携についてはいかがでしょうか。
小川:私たちPHD技術部門では、2040年の未来社会のありたい姿と、その実現に向けた研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」を定め、技術の強化とパートナーとの共創を戦略的に進めています。4月に大阪で本格稼働する研究・開発の中核拠点「Technology CUBE」では、オープンイノベーションや社外との共創を、これまで以上に積極的に展開していく予定です。大企業の中で腰を据えて取り組むべきことと、課題を素早く探索することを得意とするスタートアップ企業とでは、それぞれ役割が違います。松尾先生の周りには多くの才能やスタートアップが集まっていますので、どのような方々と組めば新しい価値が生まれるのか、そうした視点でも、これからぜひアドバイスをいただければと期待しています。
松尾:AIやデータサイエンスは、実際にトライ&エラーを回しながら学んでいくことが大切です。多くの人がAIに触れ、学ぶことで、どこで仮説を修正すべきか、どうすれば探索を速く回せるのかといった感覚も自然と身に付いていきます。スタートアップには、リスクを取りながら新しい領域に挑戦しやすい強みがあります。一方で、大企業には、品質や安全性を担保しながら社会実装まで持っていける強みがある。それぞれの強みを生かし、役割分担しながら連携していけるとよいのではないでしょうか。
――最後に、今後の取り組みと、パナソニックグループへの期待をお聞かせください。
小川:私たちは2035年に向けて、グループ売上全体の約30%をAIドリブンにしていくことを目指す「Panasonic Go」に取り組んでいます。足元では、さまざまなトライアルが同時多発的に進んでいますが、それを点で終わらせるのではなく、グループ全体のケイパビリティ向上へと確実につなげていくことが重要です。AI基盤をどう構築するのか、顧客との直接的な接点をどう持つのか、フィジカルAIのリサーチ網をどう張り巡らせるのか。そうした取り組みを通じて、パナソニックがAIと共にこれからも社会にお役立ちできる会社であり続けたいと考えています。
松尾:パナソニックの今後には大きな可能性を感じています。社外取締役に就任してから松下幸之助記念館を訪れましたが、創業者は「人々のくらしを豊かにしたい」という強い思いを持ち、探索を続けてこられたのだと感じました。
AIの時代になり、その探索の幅はこれまで以上に大きく広がっています。消費者や生活者を深く理解し、何が本当に喜ばれるのかを見つけ、良いものを届けるという本質は、時代が変わっても変わりません。パナソニックには、その本質を新しい形で実現できる可能性がある。社外取締役として、その実現に向けて主体的に関わりながら、共に形にしていきたいと考えています。
左から、松尾 豊氏、小川 立夫、西城 洋志(さいじょう ひろし)
記事の内容は発表時のものです。
商品の販売終了や、組織の変更などにより、最新の情報と異なる場合がありますので、ご了承ください。