
2025年7月14日
- 技術・研究開発
- プレスリリース
グループ経営改革の渦中にあるパナソニックグループ。その技術の灯はどこへ向かうのか、変革期だからこそ見えてくる未来とは――。パナソニック ホールディングス株式会社の執行役員で、技術戦略を統括するグループCTOの小川立夫に、その核心を聞いた。
2024年7月に発表した「技術未来ビジョン」ですが、はや1年がたとうとしています。この間、社内外から本当に多くの反響がありました。私たちが目指す未来像に共感の声を寄せていただき、また、具体的な協業のお話もいただくなど、確かな手応えを感じています。実現に向け、実際には多くの課題があることは理解しています。しかし、技術未来ビジョンで示した未来の姿そのものは変わりなく、そこに登っていく道筋や登り方を工夫しながら、引き続き技術開発や新規事業の創出に取り組んでまいります。
特に、「エネルギー・資源がめぐる」「生きがいがめぐる」「思いやりがめぐる」の3つのコンセプトは、パナソニックが持つ多様な技術を、社会全体のより良いくらしという大きな目的に向かって束ねていく上で、非常に重要な指針となっています。これらのビジョンを具現化すべく、私たちは日々研究開発にまい進しており、その進捗はさまざまな形で皆さまにお伝えする機会を設けたいと思っています。
まず喫緊の課題である地球環境問題の解決に真正面から向き合うということです。そのためにGX本部やMI本部などを中心に、さまざまな技術開発に取り組んでいます。
大阪・関西万博にもデザイン性のあるペロブスカイト太陽電池のパネルを出展
「発電するガラス」として、これまで太陽電池を設置できなかったビルの窓など、都市のあらゆる場所での創エネルギーを目指しています。実用に近いサイズのガラス建材(1.0m×1.8m)のパイロットラインが立ち上がり、試作を開始しました。この製造に活用されている私たちの産業用インクジェット装置は、「大河内記念技術賞」も受賞しており、これにより都市空間における再生可能エネルギー導入を促進し、エネルギー自給率向上や災害時のレジリエンス強化に貢献できると考えています。
光合成の働きを利用して植物の成長を促すこの技術は、CO2を価値あるものに変える挑戦です。住友化学さまとの連携により農業生産現場での評価が始まっており、食料増産や環境負荷低減を通じたサステナブルな農業の実現に貢献していきます。
木の風合いを持ちながら海洋でも生分解するこの材料は、プラスチック問題の解決に貢献し、脱炭素社会に貢献する技術として「市村地球環境産業賞」を受賞しました。これにより、プラスチックごみによる環境汚染を減らし、持続可能な資源利用を推進します。
ブロックチェーンを活用し、製品や材料の循環プロセスを可視化することで、資源循環の透明性と信頼性を高めます。これにより、リサイクル材の利用促進や不正な廃棄の抑制につながり、サーキュラーエコノミーの実現を後押しします。
製品の設計段階から分解やリサイクルを容易にすることを考慮し、サーキュラーエコノミーの実現を加速させます。MI本部が推進する、モノづくりにおける価値の維持・再生という視点に基づいた取り組みであり、製品の長寿命化や廃棄物削減に貢献します。
環境貢献に関しては、2025年度は「ネイチャーポジティブ」への貢献にも挑戦していきたいと考えています。これは、生物多様性の損失を止め、回復させていくという、地球全体の持続可能性にとって極めて重要な取り組みです。具体的には、自然共生サイトを活用した学術研究の推進や、海藻養殖スタートアップと連携したブルーカーボン生態系の保全・再生につながるロボット・IoT技術の活用など、自然資本の回復に直接的に貢献する活動にも力を入れていきます。情報開示の面でも、TCFD(※1)への対応に加え、TNFD(※2)の開示に向けた取り組みにも着手しており、私たちの環境へのコミットメントを透明性高く示していきます。
※1 TCFD:「Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)」の略。企業などに対し、気候変動に関連する取り組みや方針、財務への影響といった情報の開示を推奨する組織。
※2 TNFD:「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の略。自然資本等に関する企業のリスク管理と開示枠組みを構築するために設立された国際的組織。
一人ひとりが仕事や日々の活動にやりがいを感じ、より質の高い時間を過ごせるよう、私たちは技術で貢献したいと考えています。その中心となるのが、DX・CPS本部が推進する取り組みです。
製造現場をはじめとするさまざまな「現場」の情報をデジタル空間に収集・分析し、最適なフィードバックを行うことで、業務の効率化、質の向上、安全・安心な作業環境の実現を目指しています。単なるカイゼンに留まらず、業務プロセスそのものを設計段階から見直す「現場CPS2.0」へと進化させていく計画です。
具体的には、労災未然防止を支援する「安全・安心オペレーション支援」なども開発しており、働く人々の安全確保と生産性向上に直接的に貢献します。
※3 CPS:Cyber-Physical System(サイバーフィジカルシステム)
3つめが、「心地よい心身の状態でまわりの人との関係性の中に思いやりがめぐる」社会です。目指すべき社会の鍵となるのが、「ひとの理解」を深める技術です。
センシング技術で人のさまざまな生体情報(心拍、呼吸、身体の動きなど)や行動データを取得し、AIを用いてその人の心身の状態や特性、さらには人と人との関係性をモデル化します。そして、光、音、香り、温熱感といった五感への働きかけを通じて、その人をより良い状態へと導くことを目指すものです。
ストレスの種類を心拍変動から75%の精度で判別したり、瞑想(めいそう)の深まり具合をスコア化してフィードバックしたり、集中状態を定量化して作業環境の改善につなげる技術開発を進めています。また、音の力でリラックス効果を高める「バイオフィリック・ハイレゾサウンド」(広帯域音源でリラックス状態を示す脳波が29%増加)や、聞こえない高周波音を含むことで心身を健やかにする「効能サウンド」(認知タスク中のストレス感が6.5ポイント改善)といったユニークな研究も、その一環です。
これらの技術は、オフィス空間、移動空間、睡眠空間など、さまざまなシーンでの応用を想定し、実証実験空間での検証も進んでいます。人々の心身のウェルビーイングを高め、より創造的で充実した生活の実現に貢献します。
再生医療分野への貢献も重要なテーマです。患者さん自身の細胞やiPS細胞を用いた治療法が期待されていますが、その細胞製造は非常にデリケートで人手とコストがかかるのが現状です。パナソニックが培ってきたバイオテクノロジー、精密な製造装置技術、データ解析・シミュレーション技術などを融合させ、高品質な治療細胞を安定的に、かつ低コストで自動製造するシステムの開発を、京都大学iPS細胞研究所さまなどと連携しながら進めています。一人ひとりに最適な個別化医療を、より多くの人々にお届けできる未来を目指し、健康寿命の延伸やQOL(生活の質)の向上に大きく貢献できると信じています。
現在、当社はグループ経営改革を進めており、この影響は当然ながら私たち技術部門も無縁ではありません。本社部門の規模を適正化していく中で、予算の見直しは避けて通れない道です。しかし、私はこれをネガティブに捉えているわけではありません。むしろ、本当に「やるべきこと」にリソースを集中させ、技術開発をさらに進化させる好機だと考えています。
重要なのは、限られたリソースの中で、技術未来ビジョンで掲げた未来の実現に向けて、いかにインパクトの大きいテーマを選び抜き、そこに密度の濃い投資をしていくかということです。
自前主義にこだわるのではなく、大学や他の企業さまとの連携、いわゆるオープンイノベーションの重要性がますます高まっています。今後も積極的に外部の知見や技術を取り入れ、開発のスピードと質を高めていきたいと考えています。
何よりも大切なのは、挑戦する風土を絶やさないことです。創業者・松下幸之助の言葉にもありますが、「失敗することを恐れるよりも真剣でないことを恐れたい」。新しい価値を生み出す過程には、失敗はつきものです。そこから何を学び、次にどう生かすか。そうした経験を積み重ねることが、技術部門全体の力になると信じています。
AIは、現代と未来の技術開発において極めて重要な要素技術です。パナソニックグループとしてAIへの取り組みを強化していくイニシアティブ「Panasonic Go」をスタートさせました。これは、2035年度にAI関連事業の構成比を30%にまで高めていくという目標を掲げたもので、私自身はグループをいろいろなレイヤーで貫き縦横でつないでいくような、新しい会社の形に生まれ変わっていく象徴的なものだと考えています。
2035年度のビジネスの目標は具体的に検討を進めているところですが、これまで個別の製品やサービスでご提供してきた価値を、AIとデータでつなぎ合わせ、製品への組み込みだけではなく、研究開発の業務プロセスにもAIを活用し効率化するとともに、新たな価値創造にも挑戦したいと思っています。
AIが社会の隅々にまで浸透していく中で、セキュリティ技術の重要性はますます高まっています。製品単体から、工場全体、さらにはITシステム全体のセキュリティまで、私たちは長年培ってきた知見と最新のAI技術を組み合わせ、お客様に安心・安全をお届けするための取り組みを強化しています。製造現場のラインをマルウェアから守ったり、ビル全体のセキュリティシステムを構築したりと、既に具体的な形で社会に貢献し始めています。
私はCTOの立場で、日々パナソニックの技術が未来の社会にどう貢献できるのかを考え続けています。その原点にはやはり「モノづくり」を通じて人々のくらしをより良くしたいという創業以来のDNAがあります。
これからの社会を担う全ての方々、特に未来を切り開く若い世代の皆さん、そして私たちパナソニックの技術者たちに伝えたいのは、「できること」だけをやるのではなく、「やるべきこと」は何かを自問し続けてほしいということです。どんな困難な状況にあっても前向きな気持ちを忘れずにいてほしい。私のモットーは「笑う門には福来る」。笑顔と挑戦する心があれば、道は必ず開けると信じています。
パナソニックは100年以上にわたり、技術を通じて人々のくらしに寄り添ってきました。その歴史の中で培ってきた信頼と技術力は、私たちの大きな財産です。しかし、私たちは常に未来を見据え、新たな価値創造に挑戦し続けなければなりません。
技術未来ビジョンを道しるべに、グループ一丸となってこの変革を実行し、希望に満ちた未来をお届けできるよう、全力を尽くしてまいります。
記事の内容は発表時のものです。
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