
2026年5月20日
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パナソニックグループのインクルーシブデザインの取り組みが2025年12月、世界的な障害者インクルージョン推進アワード「Zero Project Award」を受賞した。93カ国586件の応募のうち、受賞は51カ国75件に限られ、日本企業はわずか2社にとどまる。今回の受賞は、日本企業による組織的なDEIの実践が国際的に評価された希少なケースだ。評価されたのは、個別の製品やサービスだけではなく、成果を継続的に生み出すためのフレームワークそのものだ。
今年の2月に国連ウィーン事務局で行われた授賞式には、パナソニック株式会社 デザイン本部(当時)でDEIデザインチームを率いる田中美咲が出席。田中は「受賞はゴールではありません。取り組みを継続し、社内外に浸透させていく社会的な責任が私たちにはあります」と語る。グループが推進するインクルーシブデザインの考え方と、それを支える仕組みについて、話を聞いた。
パナソニックグループは、製品・サービスを通じてより多くの人々に配慮し、誰もが生き生きと快適に暮らせる生活の実現を目指す考え方に基づき、20年以上にわたりユニバーサルデザインに取り組んできた。そうした蓄積を土台にしながら、近年は、当事者との対話を製品・サービス開発に生かす「インクルーシブデザイン」の手法を実践している。
ユニバーサルデザインは、年齢・性別・障害の有無などに関わらず、できるだけ多くの人が使える設計を目指す考え方だ。一方で、より多様なニーズに応えるには、当事者の声を構想段階から意思決定に至るプロセスに反映させるインクルーシブデザインの手法を取り入れることが重要となる。当事者と共につくることを重視するこの手法は、障害者権利の分野で広く知られる「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを語らないで)」という理念にも通じる。
田中:「しかし、セミナーやワークショップといった単発の施策だけでは、取り組みは持続せず、現場に定着しません。重要なのは、取り組みを全社で継続的に実行できる“仕組み”の構築です」
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 デザイン部門 トランスフォーメーションデザインセンター DEIデザインチーム 課長 田中 美咲(たなか みさき)
こうした認識を背景に、パナソニックグループでは現在、部門横断でインクルーシブデザインを推進する体制が構築されている。特定のプロジェクトにとどまらず、制度・人材・実践にまたがって取り組みが展開されている点が特徴だ。
インクルーシブデザインのフレームワークを示したスライド(「Zero Project Conference 2026」での発表資料より抜粋)
田中:「パナソニックグループは近年、さまざまなアプローチでインクルーシブデザインを推進しています。取り組みを有志活動にとどめず、ガイドラインやツールとして整備し、それらを活用したセミナーや研修を継続的に実施することで、現場で実践可能な知識として社内に浸透させることを目指しています。さらに2025年2月には、従来のユニバーサルデザインに関する社内規定を『インクルーシブデザイン・ユニバーサルデザイン業務規程』へと改定しました」
2025年度までに、延べ1,207人以上の社員がDEIデザインチームの研修を受講し、製品・サービス開発の現場で、当事者と共にインクルーシブデザインを推進するための知見を学んでいる。こうした取り組みの成果は数字にも表れ始めており、同チームが受諾したプロジェクトの数は、2023年度の5件、2024年度の12件から、2025年度には17件と着実に増加している。
このように、インクルーシブデザインを企業活動全体に制度として組み込み、継続的に実践している点が評価され、Zero Project Awardの受賞につながった。
インクルーシブデザインの実践例。社内向けプロジェクトから、製品・サービスにまで、さまざまな形で取り組みが広がっている。
パナソニック ショウルーム制服リニューアル(左上)、コミュニケーションサポートカード(右上)、聴覚障害者向け外出支援デバイス「コデカケ」(左下)、洗濯機操作用アプリのアクセシビリティ配慮(右下)。事例一覧に移動
当事者の声を取り入れることは、インクルーシブデザインの大前提だ。だが実際には、形式的なヒアリングにとどまるケースも少なくない。こうした課題に対し、田中らDEIデザインチームは手法を “対話”として再定義し、商品開発のプロセス全体に組み込んだ。
田中:「自閉スペクトラム症やADHDといった“見えない障害”は、外見からは分かりにくく、症状の個人差も大きい。障害者手帳の有無だけでは捉えきれないケースも多く、定型的な想定だけでは対応しきれない。だからこそ、本当のお困りごとを共に考え、見いだすための、当事者との“対話”が不可欠なのです」
では、この“対話”はどのように実践されているのか。
まず、製品やサービスの構想段階で多様な当事者と対話し、解決すべき課題のインサイトを得る。次に、当事者との対話を重ねることで、課題の解決策を磨き上げる。最後に、その解決策が課題を真に解決できているかを、当事者と共に検証する。
これら一連のプロセスを“達成要件”として定義し、その要件を満たした取り組みをインクルーシブデザインと位置付けている。
当事者との対話を徹底することで、商品・サービスづくりの意思決定において、より本質的な議論が可能になったと田中は語る。
田中:「当初は『マイノリティ向けの商品は市場が小さい』との声もありました。しかし、私たちが開発した『ペルソナスペクトラムツール』を用いて多様な人の状況を可視化することで、多様なニーズに応えることが、むしろ市場の拡張につながるとの理解が広がっていきました」
社内研修の様子
社内のこうした認識変化を下支えしているのが社内研修だ。従来のユニバーサルデザインが座学中心であったのに対し、インクルーシブデザインの研修では、障害のある人をはじめ、高齢者やセクシュアルマイノリティ、シングルペアレンツ、子育て中の人など、多様なくらしや価値観を背景にさまざまな課題を経験してきた当事者を社内外から招き、実際の課題に向き合いながら学んでいく。
田中:「各事業会社の技術部門向けの幹部候補研修や新人研修では、繰り返し実施の依頼を受けています。プロダクトやサービスをつくっていく立場にとって、多様なお客様の存在を体感的に理解できる重要な場として機能しています」
こうした取り組みは、具体的にどのような新しい成果につながっているのか。
その一例が、家電の操作部に後付けすることで、ボタンの位置や種類を分かりやすくする3Dプリント製の「アタッチメントチップ」だ。
田中:「アタッチメントチップは、視覚障害者や高齢者、子育て中の方といった当事者と共に、1年以上かけて開発を進めて完成させました。試作を重ねながら、チップ表面のマークの高さや形状を調整し、触覚だけでボタンの違いを識別できるかを一つひとつ検証していきました」
マークの太さや大きさを変えて試作し、当事者と共に識別しやすさを検証していった
この補助ツールは、一般財団法人 国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)主催の「IAUD国際デザイン賞2025」で金賞を受賞。多様なユーザーのくらしをより豊かにする提案として高く評価された。
田中:「特徴的なのは、製品として販売するのではなく、3Dプリント用データを無償で公開している点です。社内のノウハウを囲い込むのではなく、誰もが利用できる形で共有する“オープンナレッジ”の取り組みとしても評価されました」
公開されているデータはサイズの調整が可能で、メーカーを問わずさまざまな家電に対応できる。
田中:「プロトタイプは自社の家電に合わせて設計しましたが、公開データは他社製品でも使えるようにしています。寸法を入力することで、各機器に適したサイズのチップをプリントできます。今後は、子どもの誤飲を防ぐため、苦みのある樹脂素材の活用なども検討しています」
こうした社外向けプロダクトに加え、グループ内の他の事業会社や部門からの依頼を受け、社内向けプロジェクトを推進することもある。
その一例がコミュニケーションサポートカードだ。精神障害や発達障害といった“見えない障害”を持つ社員が、自身の特性を周囲に伝えやすくするためのツールである。
田中:「例えば、発達特性の一つである“過集中”の影響で、ある社員がミーティングに遅れてしまった場合、その特性が職場に事前に共有されていなければ、『改善すべき課題』と受け取られてしまうことがあります。あらかじめこのカードで自身の特性を伝えておくことで、それを前提とした適切な対応を検討できます」
コミュニケーションサポートカードの使用例。「マスクを取っていただけませんか? 耳が聞こえないので口の動きを見せてください」「一緒に笑いを共感したいです」「ちょっと落ち着こう」など、伝えたい内容が書かれたカードを選んで相手に提示する。
田中は実際に社員からカードを提示されたこともあり、グループ内で活用が広がっていることを実感したという。
田中:「こうした社内向けのプロジェクトを通じてトライアルを重ねることで、インクルーシブデザインのフレームワークや対話の取り組みが、継続的かつ再現可能な形で機能することを示せたと考えています」
2026年2月に開催されたZero Project Awardの授賞式に合わせて行われた3日間のカンファレンスで、田中は「インクルージョンを推進する企業モデル」をテーマとしたトークセッションに登壇。同セッションには他企業の受賞代表者らも登壇し、グローバル企業の取り組みが共有された。
田中:「驚いたことに、カンファレンス参加者の多くが障害のある当事者であり、中には企業の意思決定に関わる立場の人も少なくありませんでした。それが特別なことではなく、当たり前の光景として成立していたことに、思わず胸が熱くなりました」
左:「Zero Project Conference 2026」のトークセッションに登壇する田中(左端)。右:同セッションでのパナソニック発表時の会場全体の様子
ツールの公開や複数の受賞を契機として、インクルーシブデザインのノウハウに関して他の企業からの問い合わせが増え、セミナーの実施につながるケースも出てきている。田中は、日本の企業文化や事業環境に即した形で、その広がりを後押ししていきたいと考えているが、同時にこうも語る。
田中:「インクルーシブデザインを社会に浸透させるためには、自社のプロダクトやサービスへの実装をより一層進める必要があると考えています。パナソニックグループは元来、モノづくりの会社。グループ各社との横連携を強化し、事業を通じてインクルーシブデザインを広めていきたいと思います」
「Zero Project Award」授賞式の様子
国際的な評価を受け、パナソニックグループは今後、インクルーシブデザインを社内外に広めるリーダーとしての役割を担っていくとともに、さまざまな視点を持つ当事者との対話を重ねながら、インクルーシブデザインを通じてより良い社会の実現に貢献していく。
パナソニック ホールディングス株式会社
執行役員 グループCCO 臼井 重雄
パナソニックグループにとってのインクルーシブデザインは、1918年の創業以来受け継いできた「人にやさしいモノづくり」というDNAを、現代の社会課題解決へとつなげる重要な取り組みです。この数年、インクルーシブデザインの考え方によって、デザインの現場だけにとどまらず、課題解決に向けた構想段階からの組織間の対話や、指針策定などを通じて、さまざまな組織の活動プロセス自体も大きく変えてきました。体制やガイドラインを整えながら普及を進める中で、当事者の視点を「特別な意見」ではなく「共通言語」として扱うようになり、部門を越えた対話や協働が生まれています。
理想の社会の実現を目指して、時代と共に変化する社会課題に向き合い、その解決手段を進化させ続けてきたのがパナソニックグループです。多様な当事者の声に学び、これまで見落とされてきた困りごとに目を向けながら、共に考え、共につくる。その積み重ねによって、互いを尊重し合える社会と、一人ひとりにつながる、あたらしい「やさしさ」を製品やサービスとして実装していきたいと考えています。
今回のZero Project Award受賞は、パナソニックのインクルーシブデザインの活動が、国際的な文脈においても意義あるものとして評価された結果だと思います。一方で、これは決してゴールではなく、次の実践に向けた新たなスタートです。社会や暮らしが変化し続ける中で、これまで積み重ねてきた知見や対話を土台に、より多様な価値観と向き合いながら、取り組みの質と広がりをさらに追求していく。その姿勢を揺るぎなく貫き、「あたらしい『やさしさ』をつくる」という原点を大切にしながら、社内外との協働や知見共有を通じて、インクルーシブデザインを組織文化として根づかせ、グループの使命である「物と心が共に豊かな理想の社会の実現」に貢献していきます。
※障害の漢字表記に関して:スクリーンリーダーでのスムーズな読み上げを実現するために、障害という単語を漢字で表記しています。
記事の内容は発表時のものです。
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