現場CPS1.0→2.0への進化で目指す“ひとと技術”の共創とは

2025年11月7日

技術・研究開発 / Stories

現場CPS1.0→2.0への進化で目指す“ひとと技術”の共創とは

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「ひと」が安心・安全・快適に働く未来を実現するために重要になるのが、センサーなどで収集したデータをサイバー空間で処理し、AI等で分析を行いフィードバックするCPS(Cyber-Physical System:サイバーフィジカルシステム)と呼ばれる技術の有効活用。今回はその中から、顧客企業の現場の「有意義な時間の創出」(※)に取り組む具体的なソリューションとしてパナソニックの「現場CPS」を深堀りしていく。

※パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門では、研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」の一環で、最先端の技術的なアプローチを通じて「有意義な時間の創出」に取り組んでいる。誰もが自らの意志で時間を使い、心にゆとりを持てる社会の実現を目指す。

製造業の枠を超え、“2.0”へと踏み込んだ「次世代の現場改善」

IoTやセンシング技術の発展により、2010年代から製造業DXが叫ばれるようになった。核となるのはCPS(Cyber-Physical System)の概念だ。平たく表現すれば「IoTやAIを活用した物理空間・サイバー空間を結ぶ技術基盤」であり、現在も製造現場におけるリアルとデジタルの融合は日に日に加速している。

パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センター 外ノ池 拓弥(とのいけ たくみ)

パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センター 外ノ池 拓弥(とのいけ たくみ)

一方、モノづくりに邁進してきたパナソニックはそこから一歩踏み込んだ「現場CPS」に挑んでいる。パナソニック ホールディングス(以下、パナソニックHD)技術部門では製品提供の枠を超え、お客様の課題解決と価値提供を行うための仕組みとして「現場CPS」を定義する。業務の改善もさることながら、労働集約型の現場を「個々の能力を発揮する現場」へと変革することが狙いだ。これにより効率化・生産性の向上とあわせ、「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事/働く価値のある仕事)を後押ししていく。

パナソニックHD 技術部門 DX・CPS本部 デジタル・AI技術センターで現場CPSを担当する外ノ池は「『どのように現場を良くしていくか』に重点を置いているのが特徴。現場CPSは、基幹システムと実際の現場との間にあった溝を埋め、現場が属人解決していた課題をCPS技術によって解決するソリューションです」と語る。取り組み自体は以前から進めてきたもので、2024年までの第一段階で「現場CPS1.0」フェーズは完了した。

「現場CPS1.0」の概要図

「現場CPS1.0」の概要図

現場CPS1.0の収穫は、暗黙知を形式知化できる要素が揃ったことだ。パナソニックHD 技術部門ではカメラやセンサー群から成る現場CPS化キットを製造ラインに設置し、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)やカメラに搭載したエッジAIなどにより、現場状況や作業実績をリアルタイムで可視化。作業担当者がどのように動いているのかをラベル付けしてデータ化してきた。

そして2025年からはバージョンアップ版の現場CPS2.0に着手。「1.0」と「2.0」の違いについて、外ノ池はこう説明する。

外ノ池:現場CPS2.0では現場CPS1.0で蓄積した現場のノウハウを取り込み、最適化のアルゴリズムやAI技術を組み合わせてプロセスの効率化・自動化を図っています。中でもAI活用は非常に積極的です。例えば過去の事例や効果を学習したAIが、これまで人が担っていたボトルネックの見極めを人に代わって担えるようにしました。『どこにボトルネックがありますか』『どう改善すればよいですか』と聞けば、各プロセスや専門分野ごとに存在するAIエージェントが相互に連携しながら最適な回答を返してくれるイメージ。人主導の改善から現場適用型のエージェントモデルに置き換えることが、超効率化のドライバーになるはずです」

現場は十人十色、AIに落とし込むには緻密なヒアリングが必須

現場でデータをセンシングし、サイバー空間で最適化、その結果を再び現場にアクチュエーション(制御、フィードバック)する一連の流れは現場CPS1.0から変わらない。だが、「現場CPS2.0ではフィードバックの対象が単一工程にとどまらず、複数工程をまたぐ最適化に広がるのが大きな進化点」と外ノ池は言う。工程の横断的な改善は、実際に現場の声を聞く中で切実に求められていたニーズだったという。

外ノ池:「現場CPS2.0の強みは、フィードフォワード(未来に向けて行動を改善するための前向きな情報提供)システム。AIや多彩なデータを用いて現場全体の業務プロセスそのものを再設計し、現場のスマート運営を可能にする仕組みだと捉えています」

現場CPS2.0のフィードフォワードシステム概要図

あくまで改善は人の手に委ねられていた「1.0」から、AIエージェントと共に対話を重ね、個別ではなく全体最適で現場改善を実現できる「2.0」への進化

順調なステップアップの背景には、現場CPS1.0での成功体験がある。現場CPS1.0はこれまでに社内外116の現場に展開済みで、社内工場1では組立工程において作業能率(生産台数/時)が17%向上、社内工場2では実装工程で実装稼働率が14%向上、社内工場3では源泉(事前の材料準備・加工工程)・組立工程で計画策定時間が85%短縮といった、目に見える成果を上げている。

外ノ池:「現場CPS1.0はレッツノートの製造工場などにも導入済みです。他にも現場CPSの導入に向けてさまざまな工場を訪問させていただいており、その中でも印象深かったのはリファービッシュを行う工場での取り組みです。検査済み再生品事業を扱う中核拠点のため、ライン作業ではなく一品ごとに修理や不具合箇所の特定、専用検査工程があるなど、新製品の製造工程とは全く異なる業務フローに驚きました。現場CPSのフレームワークを適用できる手応えを感じた反面、現場ごとに独自の『秘伝のタレ』のようなノウハウがあることは大きな発見でした」

こうした現場との密接なやり取りは、現場CPSを進める上で欠かせないコミュニケーションとなっている

外ノ池:「データはあくまでも数字であり、その裏にある文脈を読み取って現場がどう判断しているのかを把握するのはまだまだ難しい。開発者自身が直接現場を訪問して、実際に現場で改善活動を行っている方々から手法をヒアリングし、学びを得ながら次の段階へつなげることが大切です。その上でAIエージェントが理解しやすいデータの形を突き詰める必要があります。これからも新たな知見を取り込みながら、継続して改善や最適化に取り組んでいくつもりです」

幅広い分野で、サービスの最大化に挑む

その他、茨城県鹿嶋工場では労災を未然に防ぐ「安心・安全オペレーション支援」として実証した。「労働安全への貢献はもちろん、他の分野への可能性を追求していきたい」と外ノ池は述べ、次のように続ける。

外ノ池:「現場CPS2.0は幅広い分野に間口を広げ、応用範囲を拡大していくための出発点と位置付けています。例えば外食産業やサービス産業では、本来の価値を生むのはお客様へのサービス提供時間です。しかし現実的には、バックヤードでの作業やスタッフ配置の調整などに多くの時間が割かれ、効率化が叫ばれています。ここに現場CPSを応用すれば、製造現場での最適化と同様に業務の効率化や適正な人員配置を実現できます。その結果、それぞれの現場で提供したい価値、つまり『お客様へのサービス最大化』につながるのです」

図版:AIを用いた作業負荷軽減ソリューション。作業中の動画を撮影し、骨格検知で半自動かつリアルタイムでスクリーニング、対策前後の効果検証まで行う

AIを用いた作業負荷軽減ソリューション。作業中の動画を撮影し、骨格検知で半自動かつリアルタイムでスクリーニング、対策前後の効果検証まで行う

現場CPS2.0は外食産業、サービス産業、介護や病院のようなエッセンシャルワーク(※)の現場など、幅広い分野に間口を広げていく。現場全体を俯瞰して、どの作業がボトルネックか明らかにすることで、サービス品質を維持しながら作業人数を減らしたり、品質向上のためのオペレーション改善に適用したりできるからだ。そこでパナソニックHDでは新たな顧客層に向けてアプローチしていく予定だと話す。

※日常生活や社会基盤の維持に必要不可欠な仕事のこと

外ノ池:「製造業以外の分野についてもパナソニックグループとして数多くの取引先があります。現在は営業部門と連携し、既存のネットワークを通じて新しい顧客接点を築く取り組みを始めています。そのためにも今回のような取材を契機に、さまざまな現場で課題を感じている方々に認知いただき、現場CPSのメリットを理解していただくことが必要だと考えています。サービス化についてまさに作り込んでいる最中ですが、開発現場からはこれまで手動に頼ってきたデータ分析が自動化される点に価値を感じてもらっています」

現場CPS2.0の本格的なサービス化は2026年度以降を見込む。2025年度から2026年度にかけて一拠点での実証導入を行い、その後に10拠点程度まで拡大する計画だが、開発メンバーは数十人規模に上る。その事実からも、パナソニックHDが現場CPS2.0にかける期待の大きさがうかがえる。

従業員がより働きやすい環境へ、その先にある日々のくらし

あらゆる業界に現場CPSが普及する鍵として、パナソニックHD 技術部門ではEX(Employee eXperience:従業員体験)の向上を挙げる。根底にあるのは冒頭で触れたディーセント・ワークの考え方である。

図版:現場CPSがもたらす変化。最高のパフォーマンスが発揮できる(効率性の向上)、顧客により良い価値を提供できる(CXの向上)、個々人の事情に合った働き方ができる(働き方の柔軟性の向上)

労は少なく、喜びは多い、多様な働き方。これを実現することで、有意義な時間の創出を目指すのが現場CPSの展望だ

「最高のパフォーマンスが発揮できる」「顧客により良い価値を提供できる」「個々人の事情に合った働き方ができる」――技術が寄り添う効率化は仕事の質向上をもたらし、多様な働き方を可能にする。現場CPSによって変わる少し先の未来を外ノ池に問うと、こんな答えが返ってきた。

外ノ池:「働く人がより働きやすい世界が確立され、日々のくらしがいろんな意味で豊かになるのではないでしょうか。負荷が高かった作業が簡単にできるようになったり、締め切りに追われず余裕を持って取り組めたり、急に体調を崩しても気軽に休める環境ができたりと、自分らしい働き方ができる状態です。究極的には、使う意識すらせずに負担を軽減してくれるような技術や仕組みが自然に社会に埋め込まれている形が理想です

図版:作業者の疲労度推定技術

作業者の疲労度推定技術。RRI値(連続する心拍のピーク間の時間間隔値)のバラつきなどからストレス状態を判定し、⾧時間作業時において適度な休憩を促す

かつて創業者・松下幸之助は、『働き方のくふう』と題した随筆で「人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果をあげることも、また尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか」と記した。現場CPSは見事なまでに幸之助の哲学と合致している。脈々と受け継がれたDNAが、21世紀の現場変革ソリューションにも宿っている。

ひとと世界をつなぐ技術の未来 にて、2025年10月24日(金)公開

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