長びくコロナ禍の中でのくらし。元の生活に戻りたい、人混みを気にすることなく外出を楽しみたい・・・しかし私たちは、今なお感染拡大への注意を払い、密を避けながらの毎日を余儀なくされている――そんな中、パナソニックは、オフィスや商業施設向けに、人々の安心・安全な外出をサポートする「安心ゲートソリューション(以下、安心ゲート)」を開発・提供している。本ソリューション誕生のいきさつと、これからの街インフラのあり方について、プロジェクトメンバーに聞いた。
※所属部門は取材時のものです
人々の生活圏の外出をより安心・安全なものに
「安心ゲート」は、施設の出入口に設置することで、非接触で手指や足元除菌、 測温を行うと共に、入場者の数、年代・性別を検知することができる(個人は特定しません)。さらには、そこで収集した情報を活かし、施設内の混雑度予測情報を開示することで、密になる場所や時間帯を人々に知らせることも可能だ。本ソリューションは、2020年10月の小田急百貨店新宿店での実証実験を皮切りに、複数の施設で取り組みを推進している。
モビリティ事業戦略室 事業開発プロジェクト 森 俊彦(以下、森):「コロナで世の中の人々が困っている今だからこそ、パナソニックとして社会に貢献しなければならない、という使命感がありました。2020年4月に発令された緊急事態宣言によって、人の動きと経済が止まってしまいました。例えばシニア世代の方々にとっては、歩いて外に出かけることが健康維持にとても大切なことですが、外出自粛を強いられることになり、デパートへのちょっとしたお買い物、ということもできなくなった。そんな社会状況を目の当たりにして、なんとかコロナ禍であっても安心して買い物やお出かけができないか、という想いをもとに生まれたソリューションです」。
売りたいモノを売るという従来のプロダクトアウトのスタンスではなく、社会に対してどう向き合うのか、お役立ちに向けて我々に何ができるかを改めて考え、社会課題からアプローチしていったという。
森が所属するモビリティ事業戦略室は、人々の移動そのものも「モビリティ」と捉え社会課題の解決に取り組んでいる。通常、「モビリティ」といえば、移動手段としてのクルマをイメージするだろう。しかしパナソニックでは、人の生活圏に焦点をあて、人を起点に「移動」のあり方を見つめなおすソリューション「Last 10-mile」の取り組みを推進している。これまで人々のくらしを支えてきたパナソニックが考える「人の生活圏=Last 10-mile」の理想的な移動体験とは。これからの人やコミュニティの可能性を切り開くことを目指し事業開発を進めているのだ。
コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター 田中 和之(以下、田中):「天気予報や高速道路の渋滞情報は、それをもとに行動するということが私たちのくらしに根付いています。人流も同じように、バスや駅、目的地の混み具合が事前に分かれば、空いている時間帯を狙って行動することができるのではないか。街の混雑状況を予測することで、人々の行動が変わり、より安心・安全な移動体験が実現するのではないか、と考えました」。
森:「鉄道事業や、不動産業を手がけ、百貨店も経営されている小田急電鉄グループ様は、人のくらし・移動や買い物・・・つまり私たちの掲げる"人の生活圏=Last 10-mile"のあらゆるシーンを支えておられます。一緒に検討を進めさせていただくうちに、『世界有数の乗降客数を誇る新宿駅に至近の百貨店の出入口で、実証実験をやってみよう』となりました。そして、測温と手指・足元除菌、同時に人流データを収集・分析ができる現在の『安心ゲート』のスペックが固まっていきました」。
既存のリソースを組み合わせ、アジャイル(※)に開発・提案
※アジャイル:「すばやい」「俊敏な」という意味で、小単位で実装とテストを繰り返し、開発を進めていくというプロジェクト開発手法の一つ
本ソリューションのコアである人流データ分析技術を取り扱う田中の知見も得て、プロジェクトメンバーは迅速に動き、2020年7月に課題抽出ならびに提案。同年10月末には小田急百貨店の出入口3箇所において実証実験を開始した。
田中:「およそ4カ月で実証機を作りましたが、これは従来にはなかった開発スピードでした。小田急百貨店様が新たな感染拡大防止策を模索する中、一刻も早くソリューションを世に出すべく動きました。実証実験が始まると、すぐさま人流データの収集・分析に努めました」。
一方、モノづくりの面で大きな役割を果たしたのが、アプライアンス社の尾形だ。彼は微細なミストを噴射する「グリーンAC」を開発し、2019年に事業としてスタートさせた。この技術は当初、真夏の屋外の暑熱対策のために生み出されたが、濡れにくい「極微細ドライ型ミスト」が評価され、エンターテインメントやアートの分野でも採用されるようになっていた。
アプライアンス社 事業開発センター ミスト事業推進室 尾形 雄司(以下、尾形):「ミスト機構を足元除菌に使えないか、と森に声をかけてもらいました。途中参加とはいえ目指すゴールについてはすぐに意識合わせができました。また、電解水をミスト噴射するための機構検討は別の形ですでにトライしていたこともあり、足元除菌用のハードウェアを一気に作っていきました。課題解決のための手段として、私たちの商材が役に立つのであれば喜んで、という気持ちでした。もともと我々の部門では、新規事業に取り組む際は素早く試作し、たとえβ版であっても、安全を担保できるレベルまで早く仕上げ、実証で回していくことを良しとする文化があります」。
しかし、全てが何事もなく順調に進んだというわけではない。やはり商業施設にとって、施設内の混雑度合いを赤裸々に見える化することはどうしても抵抗感が生じるだろう。しかし、プロジェクトメンバーは「今や、衛生管理をしっかり行い、その情報を開示していくことでお客様に安心感を持っていただく方がはるかに大事ではないか」と小田急百貨店様に説明し、思いを共有していった。既存のリソースを組み合わせてソリューションをつくることだけでなく、最終的には最も課題を抱えていた小田急百貨店とワンチームになり、同じ土俵で課題に向き合えたことがスピーディーな開発・推進を可能にしたのだろう。
混雑情報開示により人々の行動変容を促進
2021年2月のバレンタインイベント時には、イベント会場の出入口に2台のカメラを設置し、人流データを収集。売り場のモニターに混雑度をリアルタイムで表示し、百貨店の公式サイトでは1週間分の混雑予測を掲載。結果、イベント期間中に混雑予測ページを閲覧したサイト訪問者のうちの約8割が、実際に空いている時間を狙って来店したことが明らかになった。
コネクティッドソリューションズ社には、顔認証などの画像分析を中心としたセンシング技術のノウハウが蓄積されている。そのノウハウを応用し、来場者の入場者数カウントや混雑度のリアルタイム表示、混雑度予測を実施することで、このような結果に繋がったのだ。
森:「この結果から、店舗の混雑状況に対するお客様の関心の高さが明確になりました。実際に来店時間の変更という人々の行動変容を促すことができ、感染対策と経済活動を両立できるロールモデルとして、パナソニックから新しい社会貢献のかたちが示せたのではないかと思っています。これからのニューノーマル時代には、人々の移動に対して安心・安全を提供するために、ますますデータが重要になると考えています。店舗にとっては、これまで単なるコストになっていた除菌設備などの衛生管理をむしろ集客装置に変えていけるよう、今後も人流データの分析・活用によるサービス向上に貢献していきたいと思います」。
続く2021年4月からは「東京ミッドタウン日比谷(東京都千代田区)」の複数箇所においても実証実験を開始。配置場所の条件に合わせ、より省スペース、かつ電源が無い場所でも設置ができる新たな「安心ゲート」が開発された。通行の邪魔にならないようにという要望を頂いた結果、ハードウェアの小型化に繋がったのだ。また同年7~8月、日本オリンピック委員会により開催された「JOC JAPAN HOUSE 2020」でも活躍。会場となった日本オリンピックミュージアム(東京都新宿区)に設置され、国内外の関係者を安全におもてなしするソリューションとして、施設運営を陰で支えた。
人々のWell-being(※)なくらしや街づくりを目指して
※Well-being:心と身体の健康
「今後も『安心ゲート』をオフィスや店舗に広く展開することで、街を行き交う一般の方々だけでなく事業者、交通機関、行政を巻き込んで、エリア全体をマネジメントできる仕組みを実装し、安心・安全な街づくりへ貢献していきたい」と森は語る。
現在の「安心ゲート」はまだまだ発展途上。顔認証技術を用いて、特定のエリア内における入退場や決済に関わる手続きを非接触でスムーズに実施したり、交通機関や行政との連携により、街単位での人流把握や個人の認証を可能にしたり、新たな展開も見えてきている。くらしを支えるパナソニックの強みを活かし、生活圏全体で安心・安全な移動が当たり前にできる社会を実現したい。アフターコロナ時代を見据えて、彼らの挑戦は続いていく。