2024年12月19日
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パナソニックグループでは2015年から石油由来プラスチック削減に向けた研究に着手し、植物由来のセルロースファイバーを高濃度で樹脂に複合する技術を開発。「kinari(キナリ)」の名称で提供を開始した。持続可能な社会を目指し、グローバル規模でSDGsへの取り組みが加速している。サステナブル素材が目指す未来の姿を関係者の言葉から探る。
われわれは多くの環境課題に直面しているが、その中でもプラスチック問題は避けて通れない。環境省によれば、回収されたプラスチックごみの79%が埋め立てあるいは海洋などへ投棄されており、2050年には海洋中のプラスチック量が魚の数以上に増加するとしている。これらの問題に対し、SDGsの「目標12」では天然資源の効率的な利用、「目標14」では海洋ゴミの大幅削減を定めるなど、石油由来プラスチックに代わる次の一手が求められている。
パナソニックグループが2015年から取り組む研究開発活動は、まさに脱プラの次の一手を探る挑戦である。着目したのは、多様な植物に含まれる繊維を原料としたバイオマス素材「セルロースファイバー」だ。これを高濃度で樹脂に複合し、石油由来プラスチックの使用量を減らすとともに、自由度の高い加工に耐える成形材料を開発した。
そもそもは環境省によるモデル事業が出発点だった。従来のセルロースファイバー加工は水中でパルプを解きほぐして繊維にしてきたが、この方法では樹脂と複合する際に乾燥させる必要があり、膨大なエネルギーコストやCO2が発生する。そこでパナソニックグループは水を一切使用せずに、溶かした樹脂の中でパルプを解繊(かいせん)する「全乾式プロセス」を用いて、生産性向上とコスト削減を両立。さらにセルロース1kg当たり1.8kgのCO2削減を可能にした。
完成した成形材料は自社製コードレススティック掃除機の本体に新軽量素材として採用され、2018年8月に発売。セルロースファイバー樹脂の採用は国内家電では初の快挙となった。続く2019年8月にはアサヒビールと共同で環境配慮型のリユースカップ「森のタンブラー」を展開。カップ表面に木のぬくもりを残したナチュラルなデザインを施し、各種イベントやスポーツ観戦などで好評を博した。
着々と歩みを進めてきたこの取り組みが、新たなステージに突入しようとしている。セルロースファイバーを55%複合した成形材料を「kinari(キナリ)」と名付けてブランド化し、2022年1月よりサンプル販売を開始したからだ。大阪府八尾市のプラスチック加工業者との協業事例を軸に、kinariがもたらす社会貢献の可能性をひもといていきたい。
「kinariが目指しているのは、石油由来と同等の加工のしやすさと強度を保ったバイオプラスチック。現在はつなぎとして少量の石油由来プラスチックが必要ですが、われわれはバイオマス度を高めるために日々研究を続けています」。こう語るのは、初期から開発に携わってきたパナソニック ホールディングス マニュファクチャリングイノベーション本部の浜辺 理史(はまべ まさし)氏。その言葉通り、55%を皮切りに2021年に70%、2022年に90%と徐々にバイオマス度を高めてきた。
さらに2022年12月には、植物由来樹脂のPLA(ポリ乳酸)などに展開することで、完全生分解性のセルロースファイバー成形材料を開発。日本バイオプラスチック協会が認証する「生分解性バイオマスプラ」マークを取得している。
ならば最初から自然に還るグリーンプラスチック材料の量産化を目指せばいいのではないか。そう考える向きもあるだろうが、物性やコストの面で一足飛びにたどり着くのは難しい。まずは大胆に石油由来原料を減らした植物由来の成形材料を提供し、段階を踏んで世の中に普及させることがパナソニックグループの狙いだ。
背景には、モノづくりの会社ならではの矜持がある。現状のターゲットは家電筐体、建材、車載部材、日用品など。浜辺氏は「将来的にはバイオマス度70%、90%濃度をラインナップし、用途に応じて活用していただくのが目的です」と話す。
だが新素材だけに、開発は苦労の連続だ。例えば70%濃度は55%濃度と比べて格段に流動性が低く、その上で物性を担保することに骨を折った。90%濃度は石油由来のポリプロピレンではなく、サトウキビの絞りかすである廃糖蜜由来のバイオポリエチレンを複合。「そのままでは非常に強度物性が低いため、適正な添加剤を加えて55%濃度のkinariに並ぶ強度を実現しました」と浜辺氏は説明する。
サーキュラーエコノミーの観点も重視している。前述したPLAはトウモロコシやじゃがいものデンプンを主原料としているため、無理な農地開拓や食料供給の不安定化を招くと懸念されている。「バイオプラスチックの原料が一部の農作物に集中してはならない」。そう考えたからこそ、これまでは捨てられていた素材を原料としてセルロースファイバーや植物原料を抽出することにした。具体的には間伐材、廃木材、麻・木綿布、変わったところではコーヒーかすや茶かすなどである。こうして、ムダを省きながら環境負荷の低減にも貢献するサイクルを確立した。
ユニークな協業では、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドとのプロジェクトがある。kinariの事業開発を担当するパナソニック プロダクションエンジニアリングの和田 智(わだ さとし)氏は、取り組みの内容について次のように語る。
「2021年12月に発売した『パンダバンブータンブラー』は、パンダが食べずに廃棄していた竹の幹部分を原料としました。以前から食べ残しの竹が積み重なって問題になっていたからです。アサヒビールと共同開発したリユースカップを応用したもので、アップサイクル商品として話題を集めました」(和田氏)
環境への意識が高まる昨今の風潮を受け、和田氏の元には業種を問わずに多くの引き合いが来ている。
「中でも多いのは、欧州市場にチャネルがある企業です。日用品や部材などへの活用で、『kinariはどれだけの割合でバイオ原料を配合しているのか』との問い合わせがぐんと増えてきました。お話を伺っていると、10年後には石油由来プラスチックのみを使用している企業は淘汰されるとの危機感を持っている場合がほとんどです。仮に10%でもkinariのような素材に置き換われば社会的インパクトは大きい。脱プラに向けて市場が新たなソリューションを求めていることを実感しています」(和田氏)
大阪府八尾市にあるプラスチック加工業者、ケーワールドismの澤井 健司(さわい けんじ)氏も環境問題に資するソリューションを求めていた。同社は2017年からオリジナル商品のソープディスペンサーやシャンプーディスペンサーを展開してきたが、新たなシリーズにサステナブル素材を使用したいと考えたのが理由だ。
「BtoCでお客様に商品を提供する立場として、SDGsの『目標12』に対する意識が高まりました。当初は米やカキ殻由来のバイオプラスチックなどを試しましたが、どうもしっくりこない。そんなとき、人づてに紹介を受けてkinariと出会いました。kinariで試作品を作ってみたら、仕上がりに心底感動しました。お世辞ではなく、その感動は今も鮮明に覚えています」(澤井氏)
澤井氏とパナソニックグループをつないだのは、八尾市立中小企業サポートセンターに所属していたパナソニックグループのOBだった。「バイオマス由来の材料を使った商品開発をしたい」と相談したところ、kinariを紹介されたのだという。「まさかパナソニックグループがバイオプラスチックの材料を開発しているとは思いませんでした。非常に興味深かったのですぐにつないでいただき、和田さんとお会いすることにしました」(澤井氏)。
両者が最初に会ったのは2021年6月。実際に材料を使い始めてわずか半年後には、ポンプヘッドとフタにkinariを用いたソープディスペンサー、全てをkinariで作ったソープディッシュ(石鹸置き)が完成。SDGsの「目標12」に対応する商品の「Woodyシリーズ」として販売を開始した。
「澤井さんのスピード感には本当に驚きましたし、協業する中でたくさんの学びがありました。われわれは技術部門のため、最終製品に携わる機会はほとんどありません。加えてBtoCの事業ですから、市場のお客様の声がダイレクトに跳ね返ってきます。それらの意見を吸収してさらに開発を進められる実り多い機会になりました」(和田氏)
対する澤井氏は「初期の導入支援をとても親切に対応していただき感謝しています」と話す。ケーワールドismにとってもバイオプラスチック商品の量産は初めての経験であり、「技術的なアドバイスがなければ半年後の商品化は困難だった」と振り返る。
「パナソニックグループにはkinariを使いこなすまで導いていただきました。少し形状が変わっただけでうまくいかないこともありましたが、相談すると問題箇所に対する的確な改善ヒントを頂けるのでピンポイントで解決しました。また、改善後にはこちらもきちんと報告してキャッチボールすることも忘れませんでした」(澤井氏)
ディスペンサーを購入したお客様からは「プラスチックには見えない。これは木材ですか?」との質問が寄せられるほど自然な風合いに仕上がった。「触れたときに喜びを与えられることができる材料だと誇りに感じています」と和田氏は自信を深める。
澤井氏は「今後は洗面台周辺のグッズを開発していきたい」と意欲を見せる。一方で「環境に優しい素材を使えばいいというのは企業の満足に過ぎない。手に取っていただくためには機能性やデザインなどのしっかりした付加価値が必須。そのために商品企画力を磨いていきます」と冷静さも忘れない。
「ここ数年で、店舗のバイヤーはサステナブル素材を使った商品にかなり敏感になってきました。ただ、なかなかお客様の購入までには至らないのが現実です。でも現状だけに悩んでいても先はありません。地球環境への貢献を考え、根気強くサステナブル素材商品をアピールしていくことが重要です。こうした商品が棚の全てを占めるまで頑張っていきたい。開発する仲間が増えれば、一気に状況は変わると信じています」(澤井氏)
材料を提供するパナソニックグループにとっても、事業者や消費者に向けた積極的な啓発は不可欠となる。「セルロース関連樹脂を開発する企業にとって、高い製造コストは共通の悩み。その壁を乗り越え、お客様が納得できる市場をどのように形成するかが鍵を握ります。kinariの販売を通じて、日本社会全体が環境貢献の大事さに気付けるように努力していきます」と和田氏は展望を語る。これを受け浜辺氏は「kinariによって、世の中の石油由来プラスチックを減らすことが目標。そのために、成形材料のバイオマス度を高めていくことが私の役目です」と改めて決意を述べた。
プラスチックのルーツといわれるセルロイドは、硝化綿(しょうかめん)に樟脳(しょうのう)を加えた天然素材をベースにしている。あれから150年余りが経ち、天然素材を混ぜ込んだkinariが社会実装に向けて歩み始めたのは興味深い。歴史は繰り返す。セルロイドが20世紀前半の産業を発展させたように、kinariをはじめとする次世代樹脂が21世紀後半をリードする――今回の取材からは、そんな未来図が見えてきた。
(ライター:小口 正貴)
社会課題解決のアイデアバンク「未来コトハジメ」にて、2023年4月6日(木)公開
記事の内容は発表時のものです。
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