
2025年3月25日
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パナソニックグループが長年にわたり培ってきた技術と知見を生かし、パナソニック ホールディングス株式会社(以下、パナソニックHD)は、医療・バイオテクノロジー領域での貢献にも挑戦している。2024年4月からは、国立大学法人京都大学iPS細胞研究所(以下、CiRA)およびシノビ・セラピューティクス株式会社(旧サイアス株式会社、以下、シノビ・セラピューティクス)と協働で、iPS細胞を活用した新たながん治療方法の確立と普及を目指すプロジェクトを推進中だ。熟練の研究者たちが手作業で行う細胞培養のプロセスを自動化する小型の専用機器を開発することで、施設の小型化・低コスト化と培養期間の短縮化実現を目指す。バイオと工学の合わせ技で、医療の未来を変えるチカラになる――その最前線で奮闘するメンバーを追った。
自分(または他人)の細胞を使って病気を治療する最先端の治療法として、現在さまざまな機関で研究されている「細胞治療」。今回のプロジェクトで開発を目指しているのは、患者から採血した血液をiPS細胞に変え、さらにそれを、がんを狙う性質を持つ免疫細胞に変えて同じ患者に投与する治療法だ。
iPS細胞は、いろいろな細胞に変化することができるため、万能細胞とも呼ばれる。これを、がんと闘える元気な細胞(免疫細胞)として増やし、患者に投与すれば、治療が見込める――そんな活用の仕方において、iPS細胞を免疫細胞に育てる(細胞を分化・培養する)工程を、装置内で自動化するソリューションをパナソニックHDが担い、装置の試作・実証を進めている。
このプロジェクトのリーダーを務めるのが、パナソニックHDの大脇 圭裕(おおわき よしひろ)だ。
大脇:現在、iPS細胞を免疫細胞に変える培養作業は、熟練研究者の手作業によって行われています。これは通常、数カ月にわたる作業で、その間、毎日、細胞の様子を見て、試薬を与えたり、刺激を与えたりしないといけません。細菌などの異物混入もあってはならないことで、神経を使う、長く細かい作業になります。
この非常に手間のかかる培養作業、つまり細胞を製造するプロセスを、装置化によってサポートするのが私たちのミッションです。
パナソニックHD MI本部 先進メカトロニクスシステム開発センター 治療細胞製造プロジェクト プロジェクトリーダー 大脇 圭裕(おおわき よしひろ)
iPS細胞を免疫細胞に変える現場は、知見を持った研究者や細胞培養のプロが、シャーレやピペットなどの容器や器具を用い、数カ月もの間、毎日、数十種類の試薬を組み合わせ、栄養を与えたり、刺激を与えたりしながら細胞を育てていく。
マニュアルを見れば誰でもできるというわけではなく、経験を積んだエキスパートたちにより実践されている作業だ。
大脇は「たとえ熟練したエキスパートであっても、今日できた作業を、翌日にも全く同様に行うのは難しい。それほど繊細で難易度の高い作業になります」と語る。
CiRAでの細胞培養の現場。長期間、毎日、熟練の研究者が手作業で進めることで成り立つ
大脇:そうしたセンスと経験が問われる世界で、生き物である細胞を安定した品質で製造することは至難の業であり、施設の維持費なども含め、高額な製造コストがかかることも課題とされています。
こうした状況を踏まえ、このたびのソリューションでは、
を目指し、装置の開発を推進しています。
大脇と志を共にし、CiRAに常駐して日々、装置開発に取り組んでいるのが、パナソニックHDの上原 聡司(うえはら さとし)だ。
パナソニックHD MI本部 先進メカトロニクスシステム開発センター 治療細胞製造プロジェクト 上原 聡司(うえはら さとし)
上原:このプロジェクトは、この世にまだ存在しない装置を創出することを目標にしています。CiRAの研究者の方々が実践される作業について細かくお伺いして、専門的な手技やプロセス全体のオートメーション化を目指して、プロトタイプを逐一改良しながらモノづくりを進めています。
CiRA 増殖分化機構研究部門 金子新(かねこ しん)研究室では、臨床用ヒトiPS細胞を用いたヒト免疫細胞再生医療に関する研究を行っている。ここで技術移管リーダーを務める細胞培養のエキスパートが、熊谷 綾子(くまがい あやこ)氏だ。
CiRA 金子新研究室 研究員 技術移管リーダー 熊谷 綾子(くまがい あやこ)氏
熊谷氏:私たちが目指しているのは、がんを攻撃する「T細胞」(※1)を安定した品質で生産し、一人ひとりの患者さんに個別化されたがん免疫細胞治療の製剤を生産できる装置を、あらゆる医療機関に安価で設置し、安定供給し続けられる未来です。そのゴールを目指して、協働で装置化を推進しています。
※1 T細胞:感染した細胞やがん細胞を認識し、除去するなど免疫に働く細胞。1つの細胞ごとに認識する物質は1種類で、細胞ごとに異なる。どの物質を認識するかは、iPS細胞に変化させても変わらない
治療用の細胞製造が、人の手を借りずに装置の中で完結できれば、専用の製造施設であるCPC(※2)に求められる清浄度管理レベルが大きく軽減できます。そして小型化により、機器の設置、導入がしやすくなります。小型装置での治療用の細胞製造が実現するのであれば、それは画期的なことです。
※2 Cell Processing Centerの略、細胞培養加工施設。細胞を培養するための専門施設で、清浄度など、法律に定められた要件を満たす必要がある
人の手で作る作業は人に合わせた手法になっているので、それをそのまま機械化するという思考ではなく、プロセス自体を装置化に合わせた適切な形に変えていくことが大事だと思っています。つまり、人の手作業を模倣する機械にするのではなく、何が目的なのか、どんな細胞をどこに向けて作りたいのかを踏まえながら、機械に置き換えていくことがポイントになる。
例えば、同じがんでも、患者さん一人ひとりの病態は違うので、オーダーメイドの免疫細胞を提供できるようになることが目標です。そこからの逆算によってモノづくりを進めることを念頭に置き、プロジェクトに携わっています。
培養室で細胞培養作業を行う熊谷氏
熊谷氏をはじめとするエキスパートの持つノウハウをいかに装置の機構に落とし込むか。「そのために欠かせないのが密なコミュニケーション。熊谷さんほか研究所の皆さんとはいつも気さくに会話をさせてもらえるので、ありがたいです」(上原)
上原:熟練の人の手で毎日行われている作業を、装置の中だけで完結させるよう機構に落とし込むのは、とても難しいというのがこれまでの実感です。
研究者の方たちは、培養している細胞が弱ったり、意図しない変質が起きたりしないよう、日々細心の注意を払いながら、培養液を交換したり、細胞を植え継いだりといった手作業を、長年積み重ねた知見を基に行っておられます。それを機械化するというのは、やはり非常に難しいチャレンジだし、細胞という生き物を扱うこともあり、バイオテクノロジーと工学、二つの領域に長けたメンバーが協力しながら取り組んでいます。パナソニックグループとしても、過去に血糖値センサやバイオセンサ、ウイルスセンサなどを開発してきた知見があります。このプロジェクトには、それらの開発実績を持つメンバーも参加しています。
大脇:例えば、細胞が元気に問題なく育っているかを検査するためには、高度な光学技術が欠かせません。また小型化のためにはメカトロニクスの知見、そして安定して精度の高いモノづくりを実現するためには、品質や生産設備の知見も重要です。他のメンバーも誰一人欠けては実現できない、グループの長年の実績と知見を結集したプロジェクトであると言えます。私自身は製造装置の開発を長年担当し、過去にはリチウムイオン電池の製造装置の開発にも関わりました。高速で高品質なモノづくりを実現するためには、どんな装置を作るべきか、人の作業をいかに自動化するかについての研究開発に携わってきました。その経験が今回の現場でも生きています。
CiRAさんが取り組まれているこの治療法は、患者さん一人ひとりの症状に沿って最も適した治療が行える手法ではないかと思っています。材料となるのは生きている細胞ですから、通常のモノづくりにおける材料とは別のもの、別の発想で取り組んでいかないといけない。
熊谷さんたち研究室の皆さんは、細胞をどう生かしていくかという点において、言語化されていない感覚の部分で、さまざまな技量をお持ちです。ここがわれわれパナソニック側にとっては壁に当たるところであり、その感覚をいかにつかみ取れるかがカギとなってきます。壁を乗り越えるには、エキスパートの皆さんとたくさん会話をし、コミュニケーションを密に図っていくしかないと思っています。いかに現在の作業やプロセスの本質を理解し、機械開発の世界に落とし込むか。例えるなら、伝統工芸の職人さんたちと会話し、その手技やノウハウを自動化していくイメージに近いものがあります。
現在開発中の治療細胞分化培養装置のコンセプトモデル。「小型化のご要望に合わせ、将来的には、一般的な卓上型食器洗い乾燥機より二回り大きい、それぐらいのサイズ感を目指して開発を進めているところです」(大脇)
現場で装置の進化を追求している熊谷氏は次のように述べる。
熊谷氏:実験室の中でiPS細胞を免疫細胞に変える作業については、プロトコル(手順)も確立しています。でもそれを、実際に治療を必要としている患者さんの元にお届けするところまでは至っていません。治療用の細胞製造には、専門の細胞調製施設と専門のスタッフが必要で、時間もコストもかかります。本プロジェクトによる装置化が進むことによって、より安定した品質の免疫細胞が供給できるようになれば、医療の未来は変わってきます。
研究室で培ってきたノウハウを、パナソニックさんが装置に落とし込んでくださることで、私たちの目指す医療が、より社会に普及し、一人でも多く治療を必要とする方に届くようになれば、うれしいです。
熊谷氏:パナソニックさんは、「応用」について深く考え抜いてくださる会社だなと思います。目の前の装置化のことだけではなく、その装置が製造する細胞が、どこで誰のために使われるのか、医療の現場や患者さんの元にどのようにお届けできるのか、という将来的なテーマについても、共に考えてくださるのがありがたいです。
私たち研究者にはないモノづくりの歴史と知見、幅広い技術力によって装置が日々形を変えていくのを見させてもらったり、その推進力を目の前で体感させてもらったりすることで、研究室のメンバーも良い影響を受けさせていただいています。
別の側面になりますが、手作業が装置化されることで、研究者や技術者の働き方改革にもつながればいいなという思いもあります。
治療用の免疫細胞製剤を培養するためには、人の手で何十枚もシャーレを扱わなくてはならないなど、現時点では、効率面での課題もあります。そういった部分が機械化されれば、私たちの働き方も変わってくると思うのです。人間は24時間働くことは難しいですが、機械に置き換えることで、培養時間の短縮などが実現するならば、治療を必要とする患者さんに少しでも早く製剤をお届けすることにもつながるので、そういった面でもプラスになると感じています。
大脇:現在(2025年3月)は、研究者の方たちの作業プロセスを装置に落とし込み、さまざまな実証を行っている段階です。その後、実際にモノづくりや量産に向けた検証を進めるフェーズに移っていきます。医療現場への装置の実装は、2030年までの実施を目標としています。
目指すのは、「患者さん一人ひとりのための細胞製造を低コストで」の実現と、「一人ひとりに合った再生医療を、あらゆる人が受けられる社会の実現」です。
「一人ひとりに」という視点は非常に重要で、例えば、同じ肺がんでも、患者さんごとに症状は違い、その人に合う抗がん剤を見つけなければなりません。一人ひとりに合った細胞治療をオーダーメイドで受けられる未来を目指したい。「あらゆる人」には、経済的負担を小さくしたり、大病院が少ないエリアにもお届けできるよう地理的制約を小さくしたいという思いを込めています。
人類の平均寿命は延びてきていますが、年齢を重ねた後も健康でいたいという思いを誰もがお持ちだと思います。今回のソリューションによって再生医療の現場をサポートできるようになれば、世界中の人々の健康と長寿を支えることができる。そんな大きな目標も据えながら、プロジェクトを推進していきます。
パナソニックグループは、今回の治療用細胞製造ソリューションをはじめ、多岐にわたる事業や技術の展開により、「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現を目指している。今後も幅広い領域の事業や技術開発に基づくノウハウと知見を集結し、医療・バイオテクノロジーの領域でも貢献を拡大していく。
治療用細胞製造ソリューション - TALK SESSION|CEATEC 2024|Panasonic
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