2024年11月22日
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創業以来、お客様のくらしのリアルに向き合ってきたパナソニックグループ。その視点を家の中から外へと拡大し、「人の生活圏=Last 10-mile」というコンセプトからモビリティのあり方を見つめ直すべく2019年に設立されたのがモビリティ事業戦略室だ。同室のエリアモビリティソリューション事業は、特定の地域にマッチしたモビリティサービスを、安全性やコスト、業務効率などの観点から考え抜いて提案。最適なソリューションの導入をワンストップでサポートする。そして導入後も実情に寄り添いながら継続的にサービスを進化させ、魅力あるまちづくりに貢献している。今回は、デザイン思考/デザイン経営の視点で、住まう人々と一体となって共創した事例を紹介する。
※所属部門は取材時のものです
今回、エリアモビリティソリューションを展開する場となったのは、神奈川県藤沢市のFujisawaサスティナブル・スマートタウン(以下、Fujisawa SST)。ここはパナソニックグループの工場跡地を活用したまちづくりの第1弾として2014年に誕生し、環境に配慮した「住宅中心郊外型スマートタウン」として進化してきた。しかし多くの街がそうであるように、近年はコロナ禍によって、住人同士のコミュニケーションの希薄化や、都心から郊外への人の流入による交通渋滞など、新たな課題が見えてくるようになっていた。
「モビリティ事業戦略室が発足したのが2019年。Fujisawa SSTのモビリティソリューションについては2020年から取り組みをスタートしました。その時点でまちびらきから6年が経とうとしており、従来のサービスに対しては住人の皆さんの声の中に不満も見え隠れし始めていました。そこで、まずは皆さんの声を集め、どのようなお困りごとやご希望があるのか『UX(ユーザーエクスペリエンス)リサーチ』を進めていきました」。こう語るのは、パナソニック ホールディングス株式会社 モビリティ事業戦略室の豊北 幸弘(とよきた ゆきひろ)だ。
Fujisawa SSTではパナソニックグループをはじめ多くの企業がFujisawa SST協議会に参画し、住人の声を具現化する企業体「Fujisawa SSTマネジメント株式会社(以下、TMO)」と共に街の新たなサービス、仕組みづくりを行っている。しかし、従来の仕組みでは自転車や車を借りて返却する「ステーション」にあたる場所はFujisawa SST内に1カ所。アナログな鍵の受け渡しが必須で、窓口の営業時間(8時~20時)のみ利用可能という制限もあった。また、近隣の駅や施設での乗り捨てもできず、使い勝手の面で改善を望む声も聞かれていた。
豊北は言う。「皆さんの声が集まり、課題が見えてきたのが2021年10月ごろ。この時期は新しい試みとして電動バイクをご提案してみて、試乗体験の感想をいただくなどしていました。しかし、それらはまだ新しいモビリティということでなじみがなく、使い勝手や交通ルール、道路環境の観点からFujisawa SSTに多いファミリー世代にはあまり響かず……やはり、まずは自転車の課題にフォーカスすることが先決だ、ということが見えてきました。
そしてこのタイミングで、『UXデザイン』思考に長けたメンバーにも参加してもらうことになりました」。豊北が白羽の矢を立てたのは、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンターの相田 将明(あいだ まさあき)だ。
「UXデザイン」とは、UX=ユーザーエクスペリエンス、つまり、お客様の潜在意識を観察(インサイト/探索)し課題を発見。新しい体験を生み出すことで、課題や潜在的ペイン(悩みの種)を解決するという考え方だ。
「街のモビリティソリューションを手掛けるのは初めてでしたが、これまでに担当してきた調理領域のサービス開発やアプリケーションのUIデザインなどの業務同様、パナソニックグループのデザインフィロソフィーである『Future Craft』の考えに基づいて取り組んでいくことにしました。ポイントは『ありたい未来』からバックキャスト(逆算)してそのギャップをどう埋めるかを検討する、そして『答えはお客様が持っている。お客様から気づきを得て、真の課題を見出し、最善策を導いてお届けする』ということです。今回はモビリティの見直しを通じて、Fujisawa SSTとしての『ありたい未来』を想像し、新たな『人とコミュニティの可能性』の提示を試みました」。
住人の声をもとに、今現在のFujisawa SSTならではのシェアサイクルのあり方を決めていく――2021年10月以降、豊北は多い時は週5日、平均すると週1回の頻度で大阪の拠点から神奈川県にあるFujisawa SSTに通いつめた。「サービスのカタチが見えてくるまでは、できるだけ現地で直にお話を伺いたかったんです」。
豊北と相田がこだわったのは、「街のサービスのあり方は住人の皆さん主体で議論をしていただく」ということだった。「住人の中には、こうしたサービスについて『一方的に決められている』『決定プロセスが不透明』という印象を持たれている方もおられました。まちびらきから時間が経過し、街のサービスへの関わり方に住人間で差が生まれつつあることが明らかになった。そして何よりも、『たとえ不満があってもそれは自分たちで決められないことだ』という認識が定着しかけている状態、まずはこれを改善せねばと強く思いました。この状況を打破すべく、住人の自治組織『Fujisawa SSTコミッティ』の役員の方たちに、『住人自らが主体となって議論、意思決定をしていくための仕組み』を提示させていただきました」。
その肝となったのは、プロジェクト推進と連動した「住人主体でモビリティテーマを議論するワークショップの導入」だった。このワークショップの主催者は全ての住人からなるコミッティ。TMOやパナソニックグループはあくまでもコミッティのサポート役として、ワークショップで住人同士の対話を増やし、皆の意見を収集する仕組みを作っていくことになった。
「ワークショップのプログラムについても、すべてこちらがご用意してしまうのではなく、あえて資料類を住人の皆さんにも分担で作っていただき、各自が発表する機会を盛り込むなどの工夫をしました」。
Fujisawa SSTでは、まちびらき以降、「タウンミーティング」という住人の会合を定期的に実施していた。しかしコロナ禍によって2年間ほど対面のミーティングは開催されないままに。その間にも、モビリティ以外のサービスや街の状況は変化していくため、住人側には「自分のところに情報が届かない」「知らないあいだに街が変わってしまっている」といった孤立感が生じてしまっていた。
そんな状況下で、久しぶりに15人ほどが顔を揃えた1回目のワークショップ。「やはり皆で集まって話し合うのはいいね」「自分とは異なる意見を持つ方の話も聞けてとても良かった」「住人同士が話し合わないと、街のことって決められないね」「自分から遠いと思っていたことも、もっと自分ゴトとして考えられるんだ、という気づきをもらった」などの感想が寄せられた。
豊北は「コミッティの皆さんとリアルにお会いして、直接ご反応をいただくことができ、自分たちにとっても印象的な日となりました」と振り返る。
このワークショップを複数回実施することで、Fujisawa SSTに住まう人々のライフスタイルやサービスへの期待を改めて浮き彫りにすることができ、もっと住人のくらしに密着した使いやすいシェアサイクルの実現に向けて、アプリケーション開発などの具体的な作業がスタートした。
豊北は言う。「人のくらしもモビリティも2~3年単位でどんどん変化していくものです。そのため私たちのサービスも、常にアップデートできることが重要。住人の皆さんには、今回のプロジェクトが生んだサービスがローンチしたとしても、それはゴールではないこと、私たちはローンチ後もサービスを進化させ続ける意志がある、ということをきちんとお伝えしました」。
相田は次のように続ける。「ワークショップで話された内容については出席できなかった皆さんにも共有し、情報発信&意見収集のサイクルを根付かせていくことで、透明性を向上させていきました。私はあくまでも黒子に徹しながら、ワークショップの企画のほか、デザイナーとしても新アプリのUI、ロゴからチラシまで、新サービスのタッチポイントとなるコミュニケーションデザインまわりをサポートしていきました」。
こうして住人の意図を汲みながら「より多くの人が利用しやすいシェアサイクル」を追求した結果、今回のサービスの名称は「みんなのモビリティ」の略称である「みんモビ」に決定。コンセプトとしては「べんり・たのしむ・つながる」が掲げられることとなった。具体的には「予約から利用までアプリで一元化」「アプリで施錠開錠(物理キーは不要)」「24時間利用可能」「近隣の駅での乗り捨て」「定額乗り放題」など、従来のサービスに対する様々な意見が反映される方向で、新たな仕組みが生み出された。
豊北は言う。「ただ便利なだけじゃない、地域の情報を通じて住人同士がつながり合える、そして使うことで毎日が楽しくなるウェルビーイングなサービス。これがワークショップを重ねることで住人の皆さんから導き出されたポイントでした」。
こうして2022年5月、新サービスは運用開始となった。
コンセプトのうち、特に「たのしむ」「つながる」の仕掛けに力点を置いたと相田は言う。
「『再配置ヘルパー』という仕組みでは、自転車の数が一部のステーションに偏ってしまった場合に、車両の再配置を手助けいただける方を募集するメッセージをアプリで流します。手助けいただく移動の際の自転車利用料は無料としますので、例えば『駅にある自転車をFujisawa SSTに移動させてほしい』という呼びかけを見た人が、バスに乗る代わりに、無料で自転車を利用して帰宅いただく、ということが可能になりました」。
また「バッテリー交換ヘルパー」と称して、自転車のバッテリーが切れた場合も、運営事業者が充電するのではなく住人自身が行う仕組みも取り入れた。充電してくれた方には割引クーポンを付与する。自分の都合で好きな時に申し出ることができ、「誰かのためになる」。そして小さなインセンティブも得ることができる――こうした工夫によって、「自分たちの街のモビリティは自分たちで支える」という気持ちと共に、中長期的に継続するサービスとしての礎を築くことができた。
アプリには、相田が言うところの「プチSNS機能」も搭載。ヘルプメッセージのほか、ユーザーがちょっとしたコメントも投稿できるようにして、Fujisawa SSTを行き交う人々の「ゆるやかなつながり」の醸成にも貢献し、心身ともに幸せを感じることができるウェルビーイングの側面も含んでいる。
「新サービスがスタートしたのちも、コミッティの意思で改善や変更が推進されていく形が確立されています。私も引き続き、コミッティの役員さんとは週1回、オンラインでのやり取りを続けています。
今後はご利用者の声を聞きながら、サービスをこまめにアップデートしていくとともに、ステーションの拡充、そして新モビリティの追加についても実証トライアルを進めていきます」と語る豊北。今後の運用状況や街の声に沿いながら、さらなるサービスの進化を目指している。
人・コミュニティの課題とニーズを解決するエリアモビリティソリューションの実現。モビリティ事業戦略室は、そのために、「まずモノありき」ではなく、今回のFujisawa SSTのケースのように、くらす人々に寄り添いながら課題を抽出し、地域・街の特性にベストマッチしたソリューションを構築していくことが不可欠と考えている。
豊北はモビリティ事業戦略室の今後の取り組みについて次のように語った。
「Fujisawa SSTと同様、今後も特定エリアの生活圏向けのサービスを手掛けていきたい。そのためには、各エリアのコアとなる企業各社と手を組むだけでなく、自治会や住人の皆さん、つまりそのエリアにくらす人々とつながっていくことが何より大切です。その方たちの日々のくらしに寄り添いながら、お困りごとをすくい上げていく。そして、どんなソリューションが最もそのエリアにフィットするのかについて、そこにくらす人々と共に検討する。重要なことはFujisawa SSTの経験でも学んだように、そのプロセスを見える化して、住人同士の意見交換を経ながら合意形成していくことであり、私たちモビリティ事業戦略室が、そのサポートをさせていただきます」。
相田は言う。「まちづくりにおいては、モビリティサービスに限らず、住まう人々の自主性がカギになってきます。何かが決まるにしても、始まるにしても、それらはこの先も継続的に改善していく、そのプロセスを共有していくものだ、と皆で認識して進められるのが理想です。Fujisawa SSTの場合は、タウンミーティングなどを『仕組み化』でき、住人の皆様にもご理解をいただきながら、単発で終わらない取り組みとして根付かせることができたのが成果だと思っています。
今後も、サービスをローンチさせることがゴールではなく、お客様とのおつきあいが継続していくことを念頭に置きながらソリューション開発に取り組んでいきたいです」。
豊北は、今後モビリティ事業においてさらに多様な展開・貢献ができると確信している。「私はモビリティ事業戦略室の所属ですが、『Last 10-mile』の発想で人の移動のあり方を見直すのであれば、例えば『歩くことを楽しむ』という解決策もあり得ると思っています。一方で、あらゆるモビリティをプラットフォームとして提供していきたいとも考えていますので、そのエリアごとのご要望に合わせて、オンデマンドバスや電動パーソナルモビリティなどを統合的に提案していきたいですね。
これから日本では『地域のモビリティは地域で支える』という共助の傾向が高まっていくだろうと思われます。Fujisawa SSTコミッティの役員の方がおっしゃっていた言葉なのですが、『わが街意識の醸成が重要』、まさにこれがこれからのあらゆるコミュニティに求められることなのではないかなと思います。なんらかの移動課題を抱えておられるエリアがあればぜひご一緒に、中長期的に持続可能なソリューションを創っていければと思います」。
エリアごとの特性・ひとのくらしに寄り添ったソリューションを構築・提供することで、各地で魅力あるまちづくりに貢献寄与していくパナソニックグループのモビリティソリューション事業。これからも『Last 10-mile』の発想のもと、住まう人のウェルビーイング、そして「幸せの、チカラに。」なるソリューションを各地で創出し、その貢献を拡げていくことだろう。
記事の内容は発表時のものです。
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