2024年5月15日

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あたらしい「やさしさ」をつくる パナソニック流インクルーシブデザインの追求

1918年の創業以来、100年以上にわたり、使う人に喜ばれる製品開発を目指してきたパナソニックグループ。社会とくらしが大きく変化し、日々新たな技術が生まれる中で、DNAである「人にやさしいモノづくり」をさらに進化させるために、「インクルーシブデザイン」の手法に取り組み始めている。社内外のさまざまな視点を持つ人たちと対話を重ね、今まで見落とされていた声を拾い上げ、共に考えた解決策をデザインに落とし込むアプローチによって、「あたらしい『やさしさ』のカタチ」を追求していく――本記事では、パナソニックグループがインクルーシブデザインに向き合い、着実にアクションを起こし始めている姿を紹介する。

インクルーシブデザインとは

インクルーシブデザインとは、高齢者や障がいのある方だけでなく、性的マイノリティの方や海外の方など、これまで機能的・心理的なニーズを見過ごされてきた人々が、企画や開発の初期段階からデザインプロセスに参加し共創する手法だ。

できるだけ多くの方が利用できることを目指して、基本原則に沿って設計してきたのが従来の「ユニバーサルデザイン」の手法だ。それに対して、特定の制約のある方をモノづくりの初期段階から巻き込むことで、心理的な側面をも充足することをねらうインクルーシブデザインは、これからの社会に必要な、新たな価値を生み出していく手法として注目が集まっている。

高齢化や多様化が加速する社会で、企業においても変化するニーズへの対応がますます求められており、海外のテック系大企業を中心に、インクルーシブデザインを導入したプロダクト開発の動きが広まりつつある。
日本国内では、2024年4月1日に障害者差別解消法の改正法が施行され、障がいのある人への合理的配慮の提供が企業に義務付けられたことも、この動きを後押ししている。

パナソニックの「人にやさしいモノづくり」は、新たなフェーズへ

写真:中尾 洋子

パナソニック株式会社 デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター 中尾 洋子(なかお ようこ)

中尾は、パナソニックグループで「ひとにやさしいモノづくり」の在り方に長年向き合い、ユニバーサルデザインの浸透に尽力してきた一人だ。

中尾「パナソニックグループは、創業者・松下幸之助が商品開発にいそしんでいた時代から、人にやさしいモノづくりを実践してきました。二股ソケット丸山型電気コタツといった初期の製品で既にその信念が体現されています。近年はバリアフリーやユニバーサルデザインの観点から、ユーザーの身体的な課題を解決する製品を数多く世に送り出してきました」

近年は、「格好よいから使いたい」と思わせる歩行トレーニングロボットや、男子中高生の気持ちに寄り添ったファーストシェービングシリーズなど、身体的な課題解決だけでなく、使う人の気持ちにまで寄り添った商品が増え始めている。モノづくりにおける配慮のスコープを本格的に拡大するために、2023年からインクルーシブデザインの取り組みに着手した。

中尾「『やさしさ』の対象を広げていくことで、くらしの多様な場面を通じてお客様一人ひとりに幸せな体験を提供することを目指しています。検討の中で、精神的な課題の解決からさらに発展して、当事者にとどまらず、社会的な課題の解決にまで『やさしさ』を広げていく目標を設定しました」

当事者と共にインクルーシブデザインの考え方を共創

2023年、パナソニックグループにおけるインクルーシブデザインを定義するためのプロジェクトが立ち上がり、同年7月から10月にかけて計8回のワークショップを実施。ワークショップは、インクルーシブデザインについて「知る」、「考える」、そして社外の多様なユーザーと「対話」し、知見を高め「定義する」という四つのプロセスから成り、グループ内のさまざまな分野から30人近いデザイナーが参加した。

中尾「特に『対話』のプロセスに注力しました。なぜなら人は知らないことを敬遠し、避ける傾向があるからです。障がいのある方や認知症の方と身近に接してこなかった人は、どのようなくらしをされているかイメージできないことが多いですが、対話を通じて人柄に触れたりすると、その人のくらしが具体的にイメージできるようになり、アイデアや発想も豊かになります。多くの社員に、そうした体験をしてもらおうと、社内外の当事者を招き、3日間にわたってワールドカフェ形式(※1)でのワークショップを行いました。

障がいのある方や認知症のある方、小さなお子さんがいる方など多様なユーザーの一人ひとりが待つテーブルへ、社員が巡回しながら対話を重ねるスタイルで進めました。

対話では、一人ひとりの障がいや特性、生活や仕事といった、普段のくらしに関わる内容から、どのような社会になってほしいか、そして当社への期待について話を伺いました。一方で、さまざまな当社製品やその考え方、検討中のアイデアについても説明することで、互いの理解を深め合うことができたと感じています」

※1 ワールドカフェ:カフェのようなくつろいだ雰囲気の中で、メンバーが自由に対話を行う手法。誰でも気軽に発言できる場にすることでさまざまな意見が集まり、新たな発想や気付きが生まれる。出典 https://hrd.php.co.jp/hr-strategy/od/post-1335.php

社内外の当事者を招いて「対話」を行うワークショップの様子

こうしたプロセスを経た後、プロジェクトメンバーはパナソニックグループとしてのインクルーシブデザインのガイドラインを策定。根底となる思想として、グループ創業以来のDNAである「人にやさしいモノづくり」を受け継いだ「あたらしい『やさしさ』をつくる」を掲げ、目指す理想の姿として「互いに尊重し合うインクルーシブな社会を目指す」ことを定めた

中尾「実現のための五つの考え方も整理しました。全体にかかる考え方を『一人のためのアイデアから、全ての人の生きやすさの実現を目指す』とし、モノづくりにおける『気づく』『考える』『つくる』『伝える』という四つのプロセスそれぞれでのインクルーシブな視点を示しました」

さらに、インクルーシブデザインの考え方を実践するためのツールを複数作成した。

中尾「そのうちの一つである『ペルソナスペクトラムツール』は、『すべての人の生きやすさの実現を目指す』の理解を深め、共通認識を持ちやすくするためのツールです。多様な人たちをイメージしやすいように特性を可視化し、図にまとめました。パナソニックグループでは今後、これらのツールも活用しながら、インクルーシブデザインの取り組みを社内外に浸透させていきます」

図版:ペルソナスペクトラムツール

ペルソナスペクトラムツール。左から順に、障がいなどで長期的に制約のある人、けがなどで短期的に同じような制約がある人、状況によって一時的に制約がある人を並べている

パナソニック コネクトのトライアル事例~インクルーシブデザインに向き合う

今回のプロジェクトに参加し、インクルーシブデザインのエバンジェリスト(伝道師)となったメンバーは、グループの各事業会社で、パナソニック流のインクルーシブデザインを製品開発に本格導入するための取り組みを推進している。

パナソニック コネクト株式会社(以下、パナソニック コネクト)デザイン&マーケティング本部の上原 菜月(うえはら なつき)、堺 千里(さかい せんり)は担当する事業領域での取り組みを進めている。

上原「私たちのデザインチームでは、当社のハードウェア事業の基幹製品であるモバイルパソコン『レッツノート』と、キャッシュレス決済用の決済端末を担当しています。これらの製品を、全ての人にとって使いやすいものにしていきたいという思いで、インクルーシブデザイン導入のための二つの取り組みを2023年からスタートしました」

写真:上原 菜月

パナソニック コネクト株式会社 デザイン&マーケティング本部 上原 菜月(うえはら なつき、レッツノート担当)

写真:堺 千里

パナソニック コネクト株式会社 デザイン&マーケティング本部 堺 千里(さかい せんり、決済端末担当)

まず、レッツノートと決済端末を扱うモバイルソリューションズ事業部内で、インクルーシブデザインに関心を持つメンバーと共に学び合い、得られた知見を各職場へ広めることを目的とした「インクルーシ部」というチームを立ち上げた

上原「インクルーシブデザインを導入する上では、開発に携わる皆が困難を抱える当事者について知り、自分ごと化することが不可欠だと思います。そのために、事業部内のデザインチームやマーケティングチーム、企画、営業、DEI(※2)推進チームが連携して結成したのが『インクルーシ部』です。

インクルーシ部はこれまでに、障がいのある社員が多数在籍するグループ内の特例子会社であるパナソニック交野株式会社を訪問し、障がいのある方が働きやすい職場の仕組みについて学んだり、先行事例の視察のために障がいのある方がロボットを遠隔操作して働く『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』を見学したり、京都女子大学で女性の働きやすさについてのディスカッションを行ったりしてきました。

これらの活動を各職場へ広く紹介していくことで、普段の業務からは得られない多くの知見を組織全体に提供しています」

※2 DEI:「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包括性)」の頭文字からなる略称。パナソニックグループでは、多様な人財がそれぞれの力を最大限発揮できる、最も「働きがい」のある会社を実現する柱として、DEIの推進を掲げている。

取り組みの二つ目は、デザインを担当する組織の知見を深める活動だ。レッツノートと決済端末をテーマに「デザイン先行“価値探索トライアル”推進チーム」を結成し、それぞれの製品の使いやすさについて、障がいのある方一人ひとりに深くヒアリングをするプロジェクトを進めている

写真:レッツノートCF-SRシリーズ

レッツノートCF-SRシリーズ

写真:決済端末JT-VT10シリーズ / JT-VC10シリーズ

決済端末JT-VT10シリーズ / JT-VC10シリーズ。視力障がい者の方向けに、指の感触で確認しながら安心して暗証番号を入力できるよう設計されたPIN入力補助シートを使用できる。PIN入力補助シートの視覚障がい者検証は、先述の中尾も当事者へのヒアリングや分析調査を協力し手掛けた。

パナソニック コネクト モバイルソリューション事業部のプロダクトは、使用シーンにおける堅牢(けんろう)性や使いやすさなど、ユーザー視点の細やかな配慮によるデザインで構築され、多くのビジネスシーンや店舗で採用され好評価を得ている。

堺「このプロジェクトでは、障がいのある方向けの製品を考えるのではなく、困難を抱える方に学んだ視点から、新たな製品価値をつくることを目的としています。ヒアリングは毎月1人のペースで実施し、既に複数の社員と対話させてもらう機会を得ました」

ヒアリングでは、まず、対象者の持つ障がいの特性に合わせて課題を想定し、質問を準備。対話の場では、実際にレッツノートと決済端末を使用してもらい、その様子を観察させてもらう。

上原「これまでに、聴覚障がいがあって両耳に人工内耳(音を直接神経に届ける器具)を装着している社員と、片足が義足で、車いすユーザーでもある社員に、それぞれヒアリングを実施しました。

まず、レッツノートについては、障がい由来の使いづらさだけでなく、健常者である私たちにとっても、より使いやすさにつながる気付きを得られました。例えば、周辺機器含めてのモバイル性、持ち運びやすさに関しては、これまでも工夫を重ねて随時アップデートを行っていますが、まだ改善の余地があることに気付かされました。

聴覚障がいがある社員については、会議の通知音に気付けないといった、音声に関するお困りごとについて教えてもらいました。さらに、会議室へ移動する際、パソコンに加えてロジャー(人工内耳用の特別な集音機)や補聴器、そしてそれぞれの充電器を持っていくため、荷物が非常にかさばり大変だと気付き、はっとしました。

下肢障がいのある社員へのヒアリングでは、パソコンを使用する業務がメインであるにもかかわらず、できるだけ持ち運ばないようにしていることが分かりました。理由は、かばんを車いす後方の手押しハンドルに掛けて移動するので、紛失したり盗難されたりしても気付けないという不安があるからです。車いすの脇に差し込んで移動することもできなくはないですが、傷や故障が心配という側面がありました。また、リュックにしまう様子を観察させてもらった結果、ワイヤレスマウスのUSBレシーバーが引っかかり、スムーズに収納しづらいことに気付き、改善の余地を感じました」

写真:堺(写真左)、上原

決済端末についても、会計時の心理的不安や身体的不便などの気付きが得られた。

堺「聴覚障がいのある社員の場合、店員の説明や音声ガイダンスが聞き取れないことがあり、端末に表示される視覚情報に頼らざるを得ません。実際にタッチ決済を実演してもらったところ、端末の画面が見えるように、端末が反応するぎりぎりの距離でカードをかざしていたり、LEDの光り方の変化にとても敏感でした。

下肢障がいのある社員は、タッチ決済の『ピッ』という完了音が鳴った後も、しばらく前かがみの体勢でカードを端末に触れさせていました。その理由を聞くと、決済が本当に完了したか不安だからとのこと。足に力が入りづらい状況で前かがみの姿勢を続けることは負担が大きいので、不安を取り除きたいと思いました。

また、支払いを含めた買い物のプロセス全体も観察させていただき、そこで予想とは違ったお困りごとを聞くことができました。自分が当事者の立場に立って考えることは大切ですが、それだけでは不十分で、当事者の話を聞いたり実際に観察させていただくことの大切さを改めて実感しました

ヒアリング後には、得られた気付きを考察するためのワークショップを実施し、当事者が感じる困りごとを実際に自分たちでも体験しながら考察を深め、資料に落とし込んでいく。

写真:障がいのある社員が多く在籍するパナソニック交野株式会社でのヒアリング調査の様子

「インクルーシ部」の活動では、障がいのある社員が多く在籍するパナソニック交野株式会社でのヒアリング調査も実施

上原「一人ひとりに深くヒアリングしてみて、これまで見過ごしてしまっていた、製品が抱える多くの不便さを認識するとともに、実はまだまだ知らないユーザーの視点があるのだと痛感しました。今後もさまざまな方に継続してお話を伺っていきたいです」

堺「今後の取り組みとしては、障がいのある社員が多く在籍するパナソニック吉備株式会社と連携して社員全員へのアンケート調査を実施し、そこから新たな学びを得ようとしています。

B2Bの領域についてはユーザーの定義が広いため、今後は実使用者に加え、管理者や決裁者などの複数の視点からも考察を深めていきます

写真:堺(写真左)、上原

当事者である社員の声をチカラに

インクルーシブデザインの実践に当たっては、障がいや困難を抱える当事者の社員の理解や協力を得ることも重要となる。今回紹介した定義プロジェクトやパナソニック コネクトのトライアルプロジェクトでは、障がいのある社員有志から成る社内コミュニティ「ダイバーシティ・ネットワーク(D&N)」に参加している社員の協力が実施の大きなカギとなった。

D&Nに限らず、パナソニックグループ内では特性や属性、興味や関心を基に集まった有志による社内コミュニティが多数活動しており、グループ内で当事者と事業担当者とがスムーズに協力し合える土壌が育まれている

写真:中尾 洋子

中尾「今後は、そうした社内コミュニティのチカラも生かして、適切なタイミングで当事者と対話の機会を持てる環境・風土の醸成をさらに促進し、インクルーシブデザインの取り組みをグループ全体に定着させることを目指していきます」

パナソニックグループは、今後もモノづくりにおける「やさしさ」のスコープを拡大し、互いに尊重し合うインクルーシブな社会の実現を目指していく。そのために、グループ全体でインクルーシブデザインに向き合い、多様な「くらし」を豊かにするためのチカラとなるモノづくりの取り組みを加速していく。

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