
2025年7月17日
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「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする「日本国際博覧会(大阪・関西万博)」では、「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、準備段階から障がい当事者が参加するワークショップの開催などが積極的に奨励されてきた。こうした取り組みは、アクセシブル&インクルーシブな博覧会を実現するための重要なプロセスであり、施設やサービスを検討する際に多様な視点を取り入れることにつながっている。
パナソニックグループは、創業者・松下幸之助の「人にはおのおのみな異なった天分、特質というものが与えられている」「成功とは、自分に与えられた天分を、そのままを完全に生かしきることではないか」という考えに根差し、多様な人々が互いに尊重し合い、力を発揮できる社会の実現を目指してDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を推進。
こうした考えの下、パナソニックグループは大阪・関西万博のパビリオン建築・運営においても、障がい当事者をはじめ多様な声を取り入れるべく、開幕2年前に「DEI共創活動プロジェクト」を発足。その取り組みの意義と手応えについて、プロジェクトメンバーとパビリオン総合プロデューサーの原口 雄一郎、グループCHROの木下 達夫に話を聞いた。
パナソニックグループパビリオン「ノモの国」の建築・体験・運営の各側面において「誰もが安心して楽しめるユニバーサルデザイン」の実現を目指し、2022年にパナソニックグループ社員の有志を中心とした「DEI共創活動プロジェクト」が発足した。このプロジェクトには、障がいのある社員をはじめ、DEIやユニバーサルデザインに関する知見を持つ社員、志を同じくする社員が参加。一人ひとりの社員がそれぞれの視点を生かしてパビリオンづくりに取り組む姿勢は共感を呼び、社外との共創にも発展した。最終的には建設パートナーも社内ワークショップ「DEIミーティング」に参加し、そこで出された多様な意見が設計に反映されている。
「DEI共創活動プロジェクト」発足のきっかけになったのは、パナソニックグループで以前から行われている「アクセシブルマップ制作プロジェクト」だ。車椅子や杖ユーザー、聴覚・視覚障がいのある人などが、スムーズにパナソニックグループの拠点構内移動・出張を実現するための活動で、その特徴は、「社員が主体的に関わり、考え、カタチにする」プロセスにある。当事者やその周りの社員が参加して自分たちの力で事業場や近隣の状況を検証し、分析した上でルート探索を行い、情報をまとめて発信している。
この活動に社内の大阪・関西万博推進委員会の事務局メンバーが注目。同じような考え方とプロセスで、障がいのある社員にパビリオンに関わってもらいたい、意見が反映されたパビリオンを当事者に体感してもらいたいと、プロジェクトの推進メンバーに声を掛けた。「せっかく多様な意見を聞く場をつくるなら、障がいのある社員に限定せずに広く募集しよう」と活動が広がり、「DEI共創活動プロジェクト」へと展開していった。
「DEI共創活動プロジェクト」では、2022年12月と2023年2月に「DEIミーティング」をリアル会場とオンラインで開催。下肢障がい、聴覚障がい、視覚障がい、発達障がいなどさまざまな障がいのある社員をはじめ、のべ81人が参加。車椅子ユーザーや耳が聞こえない・聞こえにくい人、感覚過敏などがある人などのグループに分かれて議論を実施し、建築計画を検証。具体的な懸念点を明らかにしていった。そしてこれらの意見はパビリオンの随所に生かされ、皆にやさしい設計・運営へと進化していった。
車椅子ユーザーのグループ
床材:
「やわらかな素材を使うと、抵抗が大きくなり車いすで進むのが難しい」
→ラバー素材の床を用いて、滑らぬよう、また振動が伝わる工夫を
「スロープ部分の折り返しスペースが狭いと回転しづらいし、滑りやすい素材だと不安。特に雨天などで濡れている場合はその不安が大きくなる。杖ユーザーも同じだと思う」
→適度な硬さのスロープで車いすでの移動の負担を軽減
「ミストが出る空間の床が、水分で滑りやすくならないか心配」
→滑らないように目の細かいメッシュ床を採用
トイレ:
「多機能トイレをアクセスしやすい場所に設けてほしい。ただ手すりがあるだけではNG。個室内で車いすを回転させられるスペースが不可欠」
→前から入って、前から出られるスペースを確保する
演出・動線:
「池をのぞき込む演出は、車いすユーザーにとってはかなり危険」
→床全体を使って池を表現、のぞき込む動作をなくす
「上下階を行き来する演出だと移動が大変。また動線が一方通行ではなく参加者が自由に動き回れる空間は衝突などの不安がある」
→技術展示を2階から1階へ、導線を再設計
聞こえない・聞こえにくい人のグループ
「ナレーションやアテンダントによる『声』での案内は少なくした方が良い。理解するのに集中力が必要で、体験に没頭できなくなるため」
→アナウンスが最小限となるよう、設計を検討
「『音』のみによる体感ではなく、『音』のイメージに合わせた振動や光などの演出があると聴覚障がいがある人も楽しめる」
→五感で楽しめる、振動と光で楽しめる演出を検討
感覚過敏などその他の困りごとを抱える人のグループ
「暗い、明るい、音が大きいなどで体調が悪くなる人もいる。落ち着けるスペースがあるとうれしい」
→保健室ではなく、「ノモの国」の世界観を壊さない、体験に戻りやすいデザインを検討
また、開幕直前にDEIミーティングに参加した当事者がパビリオンを視察。自分たちの意見がどのように建築や体験、運営に生かされているのかを体感した。
来館者の待機場所付近に、「誰でもトイレ」を設置。車椅子ユーザーの意見を取り入れ、回転できるスペースや後退時に使う鏡を設けた。誰もが使いやすい場所に設置したため、子どもや高齢者なども利用しやすく喜ばれている
結晶をかざして光・音・風を発生させる空間。水晶はさまざまな高さのタイプを設け、車いすユーザーや子どもたちも自由に楽しめるように
当初は池をのぞき込む演出だった空間は、車椅子ユーザーの「体を乗り出すと落ちそうで怖い」という声を反映し、正面に投影された映像を見る演出に変更
パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社 建築システム事業部 青山 紘幸
青山:私は身体障がいと聴覚障がいがあります。私自身、住宅のドアや床材などを業務で扱っていることもあり、DEIミーティングに参加しました。注目したのは、床材。当初は来館者の歩みをやさしく受け止めるような弾力性のある床材が使われる予定でしたが、車椅子ユーザーにとっては実はタイヤが前に進みづらいデメリットがあります。杖を使っている人も不安に感じるもしれない。そういった意見に対して、障がいのある人にとってもそうでない人にとっても心地よい床材へと再検討してもらえたのは非常に良かったと思います。
「改善しよう」と思って設計された動線や設備が、実は当事者にとっては使いづらいということは街中でも多々あります。だからこそ当事者が計画に参画し、意見を出せる場が持てたというのは非常に大きな意味を持つと感じています。今回、私自身も気付かなかった多様な意見に触れ、視野が広がりました。
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 ブランド・コミュニケーション部門 池田 優里
池田:私は聴覚障がいがあります。聴覚障がいは「目に見えない障がい」とも言われていて、周囲に気付いてもらえなかったり、サポートが得られなかったりする場合もしばしば。そのため「聞こえる人」の世界に無意識に自分が努力して合わせようとしてしまい、「何でできなかったんだろう」「どうすれば良かったのかな」と落ち込むことも……。でも今回のDEI共創活動プロジェクトに参加してみて、自分の本音を吐き出せる場や仲間に出会えたこと、そして自分の本音が誰かの役に立つことを実感できてDEIを肌で感じられました。
実際にパビリオンでは、私たちの意見を基にアテンダントの案内やナレーションなどを最小限に抑えてもらったおかげで、「集中して聞き取らなくては」というストレスがなくなり、感性や感覚を解き放って心から楽しめるような内容に。聞こえない人、聞こえにくい人にも楽しんでもらえるパビリオンになったのではないでしょうか。
パナソニック ホールディングス株式会社 戦略人事部 秋庭 陽子
秋庭:私は発達障がいがあります。DEIミーティングではカームダウンルームの必要性を訴えました。感覚が過敏な人は音や光の刺激で体調を崩すことがあるため、落ち着ける空間が必要だと考えたからです。とはいえ「保健室」のような空間にしてしまうと、利用者も落ち着かないし、パビリオン内の世界観とのギャップがありすぎる。そこでカームダウンルームの開発をしているパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社の知見を生かし、音・温度・照明などを自在にコントロールできる空間づくりを目指しました。
せっかくご縁があって来館してくださったのだから途中離脱で終わり、は残念すぎる。できるだけ最後まで寄り添い、ポジティブな気持ちに回復してもらいたいと設けた空間なのですが、こういったあまり人の目につかない場所にも「利用する人へのやさしさ、お役立ち」を重視するパナソニックらしさが流れていることを知ってもらえるとうれしいですね。
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 組織・人材開発センター 小野 咲子
小野:介護関連事業に携わった経験があり、介護者の視点や介護用品に関する知見を生かしたいと、「DEIミーティング」に参加しました。障がい当事者の方の意見は、それぞれの立場だからこそ気付ける・指摘できるものばかりで、私自身も非常に勉強になりました。単に「これは難しい」「あれは無理」ではなく、「こうしたら皆が楽しめる内容になるのでは」と前向きな意見がたくさん出ていて、それらが反映されている。これはまさにパナソニックグループの「衆知経営」が形になったものだ、と強く感じました。パナソニッグループDEI推進担当の一人として、多くのバックグラウンドを持つ社員の、多様な視点が生かされたパビリオンで、パナソニックグループが思い描いている未来を多くの来館者に伝えられたらうれしいですね。一人ひとりのやさしさが、一人ひとりの未来に寄り添う――そんな未来社会を感じてもらいたいと思います。
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 組織・人材開発センター 森本 素子
森本:パナソニックグループでは2021年から社員一人ひとりがDEIについての理解と共感を高め、行動につなげる活動を推進しています。当時から「アイデアや意見など、一人ひとりが言うべきことを言い合える環境を大前提とする会社でなければ、多様な社会でお役立ちを果たすことはできない。これを実現する活動がDEIだ」とグループCEOの楠見も語っていますが、今回のDEI共創活動プロジェクトはまさにその実例になったと言えるでしょう。
障がい当事者だけでなく、一緒に働いている人、家族に障がい当事者がいる人、ユニバーサルデザインへの知見がある人など、さまざまな人が「言っていいの?」と思いながらプロジェクトに参加し、「言って良かった!」と実感してもらうことができた。これは社内にDEIの考え方を浸透させていく上で非常に大きなステップだと感じています。一人ひとり異なる力が「解き放たれて」完成したパビリオン、ぜひ多くの方に体験していただきたいと思います。
原口:今回のDEI共創活動プロジェクトで当事者の意見を取り入れて全ての人にやさしいデザインをしたように、実は展示に関しても1,000人以上の社員に関わってもらっています。すでに世の中に発信されている技術に関わる人だけでなく、なかなか人の目には留まりにくいけれど社会貢献度の高い技術に関わる人、これから先の未来社会に向けて技術開発に挑戦している人など、多くの知見がパビリオンのあちこちに生かされています。また、未来を担っていく子どもたちにも参画してもらいました。シナリオに意見をもらったり、新技術への率直な感想を聞かせてもらったり……。そういった幅広い視点と考え方を集めてようやく形になったのが、「ノモの国」なのです。
コンセプトにある「解き放て」という言葉には、本来自分たちが持っている力を輝かせる社会にしていくことで、子どもたちの未来をより良いものにしていきたい、という思いを込めています。ぜひ一度「ノモの国」を体験しに来てください。自分らしさとは?未来社会のために自分に何ができる?を考えるヒントがきっと見つかるはずです。
木下:「ノモの国」のタグラインは「Unlock your nature」。子供たち一人ひとりがパビリオンでの体験を通して「自分を信じるチカラと一歩を踏み出す勇気」を持てるきっかけを提供したい、との思いが込められています。「nature」には、その人が本来持っている「自分らしさ」という意味があるのですが、「nature」は子供だけでなく大人にとっても大切にすべきキーワードだと考えています。
私たちが生きている社会や働いている組織の中には、経験、価値観、属性、年齢などさまざまな人がいます。実はパナソニックグループでは、創業当時からあらゆる人が互いの「違い」を生かして、自分なりのスタイルでチカラを解き放って発揮できる環境を大切にしてきました。そして、それぞれが持つ知見を集め「世の中へのお役立ち」を実現する力にしてきたのです。
今回のDEI共創活動プロジェクトは、互いのnatureを生かしてより良いモノづくりをしようとしてきた当グループの思想がまさに実践された場だと言えます。その人だから分かること、見える景色、聞こえる音――多様な知見を集めて実現したのが、誰もが楽しめる「ノモの国」。訪れた人々が自分の「nature」を「unlock」して、ワクワクする未来を実現するためのヒントを見つけてくれたらうれしいですね。そして自分のストーリーを共有し合ってほしい。それが5年後、10年後の新しい未来につながる一歩になると信じています。
1970年に開催された大阪万博にもパナソニックは「松下館」を出展。その際に創業者である松下幸之助は自ら行列に並び、また社員にも会期前に並ばせたという逸話が残っている。来館者の目線でパビリオンを体感し、並んでいる間の暑さ対策として紙製の帽子を配布したり、時間短縮のために誘導方法を見直したりといったきめ細かな配慮がなされ、話題になった。それから55年――2025年の大阪・関西万博でもDEI共創活動プロジェクトをはじめとする1,000人以上の社員の知恵と工夫が生かされ、訪れる人に心豊かな体験を提供するやさしいパビリオンとなった。
一人ひとりの「nature」を生かして競争力につなげ、持続可能な社会における「幸せ」を生み出すチカラとなる、「共創」。パナソニックグループがずっと大切にしてきた多様性への姿勢は、大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」につながるはずだ。
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