
2026年2月19日
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家庭やオフィス、あらゆる施設に電力を供給している電力線。そのコンセントをネットワークの“入り口”として利用できれば、新たな通信工事なしで、さまざまな機器をインターネットに接続できる――。そんな発想で始まった電力線通信(PLC)が、さらに発展し、「Nessum(ネッサム)」というブランドでBtoB分野で社会実装されつつある。主な対象は、Wi-Fiや4G/5Gではカバーしきれない、工場やインフラなどのIoTネットワークだ。その歩みと展望について、パナソニック ホールディングス(以下、パナソニックHD)技術部門でNessumの国際標準化と普及を牽引してきた荒巻に聞いた。
Nessumの前身となった、高速電力線通信(HD-PLC)が開発されたのは2002年のこと。当時、荒巻はシリコンバレーのパナソニックR&D拠点の通信開発責任者として、次世代通信技術の探索にあたっていた。
パナソニック ホールディングス株式会社
DX・CPS本部 事業開発センター
Nessum部 荒巻 道昌
折しも、都市部以外の遠隔地へのインターネット普及を目的としたxDSL(※1)とケーブルTVに次ぐ「第三のインターネット」構想が、電力線通信技術を軸に動き出そうとしていた時期。パナソニックにとっても、当時HD-PLCは戦略的に極めて重要な技術と位置づけていた。荒巻は「1つのインフラで2つの機能(電力供給と通信)を持たせるというのは、非常に面白いと見ていました」と振り返る。
※1 Digital Subscriber Line。既存の電話線(銅線)を利用して高速デジタル通信を実現する技術の総称
こうして、家電をネットワークにつなげる「夢の技術」としてHD-PLCの開発が本格化した。しかし日本国内では法整備が追いつかず、実験すらままならない状況だった。荒巻は米国のカリフォルニアやテキサスでアパートを数軒借り、また現地社員にも住宅を提供してもらいながら、延べ100人以上の日本の技術者を次々に送り込んでもらい実証実験を繰り返すという、泥臭い努力を重ねて技術を研ぎ澄ませていった。
ところが、そんな時期にスマートフォンが登場するとともに、Wi-Fi規格(IEEE 802.11nなど)が急速に普及。一方HD-PLCの規格化(IEEE 1901)は、Wi-Fi規格化より大きく遅れ2010年に完了。家庭内のネットワークでのHD-PLCの役割が薄れてしまった。
これが、Nessumへとつながる決定的な「転機」となった。開発チームはHD-PLCのターゲットを家庭内(BtoC)から、より過酷で高度な信頼性が求められる、ビルや社会インフラ(BtoB)へと移す決断を下した。
ただ、インフラ向けとなると別の課題がある。家庭内であればコンセントの数も最大で30ノード(※2)程度で済むものが、ビルやインフラを網羅するには数千ノードをカバーし、かつ数キロにもおよぶ伝送距離を実現しなければならないことだ。この課題を克服するために投入されたのが、パナソニックHD独自のアルゴリズムを用いた「マルチホップ技術(※3)」である。
※2 ネットワークやシステムを構成し、情報を送受信・処理する機器
※3 端末自身が中継器の役割も果たすことで、長距離通信を可能にする技術
荒巻:「1024のノード数と数キロの伝送距離をカバーできる技術です。NessumとしてのBtoBあるいはインフラ活用に向けた、次のステップとなりました」
このように既存の配線を活用しつつ、バケツリレー式にデータをつないでいく技術の登場により、Nessumは社会インフラの構築も見据えた堅牢なネットワーク基盤へと進化した。既存のインフラが抱える課題を解決するソリューションとしての活用を目指し、ビルディングオートメーションなどを主なターゲットとする、「IoTの隙間を埋める技術」というコンセプトを打ち出した。
荒巻:「Wi-Fiをしっかり使える領域はWi-Fiに任せ、電波が届きにくいところに対してNessum活用を推進することにしました」
Wi-Fiの電波が届かないところとして、荒巻が挙げる具体例は多岐にわたる。例えば、鉄の箱に囲まれることで電波が遮断されるエレベーター内や、人手による点検が困難な地下施設、さらには鉱山やトンネル内部の作業現場などだ。
荒巻:「万が一、鉱山の中で事故などの緊急事態が発生した場合でも、そこにはライトや掘削機を設置するなど、何らかの形で電線が通されます。その両端にPLCのモデム(※4)を接続すれば、カメラを使って中の様子を遠隔でもモニタリングできますし、事故現場との会話もできます。あるいは、災害対策で急遽ネットワークを復興する際も、電気さえ通っていれば通信できるわけです」
※4 電話回線(ADSL)やケーブルテレビ(CATV)などのアナログ信号と、PCやスマホで使用するデジタル信号を相互に変換(変復調)し、インターネット通信を可能にする機器
電力線以外にも、ツイストペア線、同軸線、電話線などのさまざまな線を、線種を問わずに通信用の線へアップグレードが可能かつ配線の形態にも限定されない
Nessumの優位性を象徴するのが、世界中に事業を展開する空調メーカーであるダイキン工業株式会社との連携だ。もともとダイキン工業株式会社はビル管理の高度化に向け、古い低速通信からの脱却を目指していた。
荒巻:「当時は空調機の通信方式を刷新する数十年に1度のタイミング。それを検討するにあたってNessumの機能がマッチしました。なにより評価されたのは、既存の線をうまく活用できる点です。現在、Nessumアライアンスのメンバーとして、この技術を世界に広める強力なパートナーとなっています」
さらにNessumの勢いは日本を越え、欧米で加速している。特にドイツとスペインでは、LTEを用いたスマートメーターの普及を進めてきたが、地下に設置されたメーターには電波が届かないという深刻な問題に直面していた。
「ドイツのある電力会社では、全てのスマートメーターの通信を、現行のLTEからトータルの投資効果の観点でNessumに置き換えようかという話まで出てきています」と荒巻は語る
そこでドイツではPower Plus Communications社が、スペインではTeldat社が導入を進め、米GE Vernova社もスマートグリッド向け通信機器にNessumを採用。2025年11月にスペインで開催された世界をリードするエネルギー分野の国際イベント「Enlit Europe 2025」では、6カ国6社による相互接続試験「PlugFest」を実施し、異なるメーカー間での通信互換性を確認。その後、一般に公開した。
長年、日本が主導して国際標準を勝ち取ってきた技術が、ついに欧州のメインストリームへと食い込み始めたのだ。
Nessumの進化は、有線の枠も超えている。アンテナを介して微弱電波で通信する「Nessum AIR」は、1メートル程度の「飛ばない無線」として、セキュリティーと利便性を両立させる。
荒巻:「Nessum AIRは、スマートフォンに搭載されているNFCに代表される近距離無線の一種に位置付けられ、広帯域で高速通信を可能にするものです。1メートル程度の距離であれば、複雑なアンテナ設計は不要で電波を飛ばせます。このように、至近距離しか飛ばない無線だからこそ、位置制御やセキュリティーの確立に使えるのです。他にも、ロボットアームの回転部や、ガラス越しに設置する屋外カメラなど、従来の配線や無線では困難だった領域にも新たな可能性をもたらしています」
さらに、磁界を用いた海中通信の実現も視野に入っている。電波による通信が極めて困難な海中で、水中ドローンやダイバーとの通信を可能にする試みだ。海洋国家である日本にとって、レアアースなどの資源探索や風力発電などの設備・インフラの保守の観点から、この次世代の海中通信への期待は極めて大きい。
荒巻:「Nessumならば、海中でも10メートル程度の距離で数Mbpsの通信が可能です。これで例えばダイバーが潜りながら、スマートフォンを使って海上の船に映像を送るようなところまで検証できています」
Nessumには有線通信の「Nessum WIRE」と、近距離無線通信の「Nessum AIR」、この2種類がある。同じ技術を使用するため、有線通信と無線通信のハイブリッド構成を容易に構築できる。
一方で荒巻は、Nessumが切り開く未来の姿をデジタルツイン(現実世界のモノやシステムを仮想空間に再現し、シミュレーションを行う技術)との融合という形で提示する。Nessumの特徴を生かして、あらゆる所にセンサーを設置できれば、隙間なくセンシングできる。
荒巻:「それによって、バーチャルな世界にリアルな現象をリアルタイムに投影でき、現場に行かなくても機器や設備などの状態を把握するリモート監視が可能になります。さらにはビルの監視など、身近な環境においてもリアルタイムでのモニタリングが可能になるでしょう」
人口減少・高齢化の進む社会において、既存のインフラをそのまま通信網に変え、さまざまなデータを自動かつリモートで収集するNessumの役割は、ますます重要性を増していくはずだ。
Nessumのロゴには、有線をイメージしたライン(実線)と無線をイメージしたドット(点線)を組み合わせた、両者のハイブリッドを実現する技術であるという意味を込めている
パナソニックHDは現在、Nessum向けの半導体を自社で製造するのではなく、知的財産をライセンス提供するモデルを採用している。Nessumを自社だけの囲い込み技術にするのではなく、世界中のメーカーが採用できるオープンな標準として浸透させるための戦略だ。
PLCという夢から始まり、Wi-Fiの普及という荒波を越えBtoBの深淵へと潜り、そして今、インフラの隙間を埋める不可欠な存在へと昇華しつつあるNessum。荒巻が目指すのは、世界のスタンダードとなる技術だ。
荒巻:「いろいろな通信技術の採用を検討する際に、安価で導入でき手軽に設計もしやすい技術として、『まずはNessumでやってみようか』と言ってもらえるようになればと思っています」
ひとと世界をつなぐ技術の未来 にて、2026年2月2日(月)公開
記事の内容は発表時のものです。
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