2024年11月15日
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脱炭素が叫ばれる世の中、二酸化炭素(CO2)はすっかり悪者の感がある。しかし、それが役に立つ場面もある。植物の世界に不可欠の光合成だ。葉緑体がCO2と水から成長に必要な栄養分を生み出す。パナソニック ホールディングス株式会社(以下、パナソニック ホールディングス)とパナソニック環境エンジニアリング株式会社(以下、パナソニック環境エンジニアリング)が開発し、2024年度内の販売を目指す「Novitek(ノビテク)」は、その反応を利用して生み出された、光合成代謝を活性化する成長刺激剤。野菜や果物の葉っぱに吹き掛けると、収穫量が最大50%近くも増える。脱炭素への貢献と食糧の生産力向上をもたらす新材料である。
二酸化炭素(CO2)を利用し、農産物の成長を促す――。脱炭素への貢献が求められる時代、こんなに都合のいい成長刺激剤はない。しかも、CO2は大気中から確保する限り、原材料としてのコストはかからない。同じく収穫増を目指すものの環境制御設備に多大なコストのかかる植物工場とは、一線を画す。
そんな成長刺激剤「Novitek(ノビテク)」の製造に必要なのは、葉緑体の起源と言われるシアノバクテリアという光合成微生物の一種である。葉緑体のように光合成を行うことは知られているが、それが植物の成長を促す働きにつながることはこれまで知られていなかった。
「端的に言えば、発見です」。そう振り返るのは、パナソニック ホールディングス 技術部門テクノロジー本部 マテリアル応用技術センターの主幹研究員としてNovitekの開発に携わる児島 征司氏だ。シアノバクテリアが葉緑体に進化する過程を突き詰めていく中で、植物の成長を刺激する成分を見いだしたのだ。
前職は東北大学の学際科学フロンティア研究所の助教。当時、シアノバクテリアが葉緑体に進化する過程で、最外層を覆う外膜の構造・機能に変化が見られることが分かり、外膜が自動的に剝がれる仕組みを遺伝子編集で埋め込んだ。「基礎研究的な興味から、外膜が剝がれると何が起きるのかを突き止めたいという狙いです」(児島氏)
その結果、明らかになったのは、外膜が剝がれると細胞内の成分が外に自然と漏れ出す、という現象だ。この成分は、シアノバクテリアが主にCO2と水を基に生み出すもの。それにはどんな効果があるのか――。児島氏はさらに研究を続けていた。
並行して、シアノバクテリアが生み出した成分や剝がれた外膜の膜脂質だけを抽出する装置を開発した。この装置は2つの容器で構成される。一方はシアノバクテリアとその生存に必要な無機養分、水を混ぜた容器。空気(CO2)を取り込める仕掛けを設け、照明を当てると、シアノバクテリアが光合成を行い、CO2と水を基にかの成分を生み出す。その成分を剝がれた外膜の膜脂質と共に他方の容器内に抽出する。
ポイントは2つの容器を隔てるフィルターだ。このフィルターはシアノバクテリアが生み出した成分や外膜の膜脂質は透過させるが、バクテリアそのものは遮断する。そのため、フィルターを透過したものだけを別の容器内に抽出できる。シアノバクテリアとそれが生み出した成分を手早く分離できるため、抽出コストを抑えられる。
パナソニック ホールディングスへ転職後は、より社会に対する価値提供に直結する研究が求められる。児島氏は「入社後、半年たっても、それまでの研究成果をどう結び付ければいいのか、見当がつきませんでした」と、苦難の日々を思い返す。
試行錯誤の日々の中、ホウレンソウの葉にシアノバクテリアが光合成で生み出した成分を散布してみることを思い立つ。「頭で考えていても答えは出ない。生育の早いホウレンソウで何かヒントは得られないか、試してみよう、と思い切りました」(児島氏)
そこでようやく見えてきた効果が、植物の成長を促す働きである。シアノバクテリアが光合成で生み出す成分は、植物の光合成代謝を活性化する機能を備えているということが、次第に明らかになってきたのだ。
光合成でCO2を回収すれば、脱炭素に貢献できる。その上、農産物の成長促進にも効果を発揮するなら、食糧の生産性向上も実現できる。ここに来て、児島氏の研究成果を社会に対する価値提供に結び付けられる可能性が、にわかに高まった。
農産物の成長促進に対する効果を確かめるには、実験室から外に出て現実の栽培環境で検証を重ねる必要がある。児島氏が頼ったのは、大阪府立環境農林水産総合研究所(以下、環農水研)。環境、農林、水産の各分野で、現場に有益な技術を研究・開発する機関で、パナソニックグループ内で農業用資材を扱う部門とは付き合いが長い。
環農水研と組んだ狙いを児島氏はこう語る。「次の段階として農家での効果検証を行うには、実験室ではなく、第三者の研究機関でデータを取る必要があります。その裏付けがないと、農家には振り向かれもしませんから」
相談を持ち掛けたところ、環農水研は二つ返事で引き受けた。主任研究員の山崎 基嘉氏は「これまでの付き合いを通じて築き上げてきた信頼関係があります。パナソニックグループが地球環境の将来を本気で考える、その本気度を思うと、研究所としてもその気持ちに応え、やれることをやらなければ、と気が引き締まります」と打ち明ける。
検証対象の農産物はトウモロコシ、ミニトマト、ダイズなど。それらをビニールハウス内で栽培した。効果を検証しようとする成分を、葉に散布するものとしないものに区画ごとに分け、その他の生育条件は揃えた上で、成長を比べた。
検証の期間は2020年度から1年単位。例えば2021年度には、収穫量の増分でトウモロコシ21%、ミニトマト34%、ダイズ10%という結果を得た。ミニトマトについては糖度が9.0から9.5まで6%ほど上がった。「農産物によって多少の差はあるものの、成長促進の効果が確かに認められています」(山崎氏)
環農水研で成長促進の効果が認められたことから、2021年度以降は農家での効果検証や量産化に向けた技術開発に取り組んだ。この段階で手を組んだのが、パナソニック環境エンジニアリング。事業活動のインフラである「水」「空気」「土」「エネルギー」といった各分野の制御技術を確立し、顧客の価値向上に貢献する会社である。
同社マーケティング本部 化学品エンジニアリングユニット 機能薬品グループ 第1セクション副主査の野島 博明氏は、担当者の一人。「水」に関する事業を受け持ち、液晶パネル向け薬液の営業から販売までを手掛ける。ただ、大学は農学部出身。学生時代、農家でのアルバイト経験も持つ。「農産物の収穫増につながる革新的な技術ではないか、と興味を持ちました。実用化できるなら、ぜひしたい、と思いましたね」(野島氏)
2022年度以降は全国で多品目の効果検証を展開する。野島氏らが協力農家の確保に奔走し、この段階でも検証結果は良好で、例えば兵庫県南あわじ市の農地ではトウモロコシの4Lサイズで収穫増が49%にも達した。また京都府京田辺市の農地ではナスの収穫増が21%に達するとともに、秀品率の向上も見られたという。「散布している区画では、していない区画より色つやの良いものが数多く収穫できました。農家は収穫が楽しかったそうです」(野島氏)
一方、量産化に向けた技術開発では、大容量のタンクでも実験室用の装置と同様の効力が見込める成分を抽出できることが求められた。問題は、光合成に必要な光の確保である。その中に光を満遍なく行き渡らせるにはどうすればいいのか――。パナソニック ホールディングスとパナソニック環境エンジニアリングの双方がその打開策に知恵を絞り、光の当て方や光源の種類など、さまざまなパラメータを変えながら培養試験を繰り返して大容量タンク内での光合成を可能にしたのである。
現段階の価格想定からすれば、費用対効果は高いとみる。野島氏は「品目ごとにその割合を調べています。例えばホウレンソウでは、収穫増に伴う売り上げアップを見込むと、散布コストはその10%未満。ホウレンソウやトマト類などの費用対効果に優れた品目にとっては、魅力的な商材のはずです」と胸を張る。
生産工程は、野島氏が担当する液晶パネル向け薬液と同様、第三者に製造委託する見通し。販売を展開するに当たっては、パナソニックグループ内で扱う農業用資材と同じ商流を用いるほか、新たな商流も築き上げていく方針だ。
販売開始は2024年度内を目指す。「シアノバクテリアが光合成で生み出した成分や外膜の膜脂質を成長刺激剤として活用する技術は、すでに確立されました。その効果は品目ごとにバラツキがあることも分かってきました。今はそれを踏まえながら、どの農産物を主な対象にすべきか、販売方針を固めている段階です」と、児島氏は現在地を語る。
今後の課題は効果の見える化にあるという。「収穫量が仮に20%増えても、見た目には分かりにくい。重さで比べれば明確ですが、農家の方は多忙のため、都度計測したりはしません。どの農家の方でも効果を実感できるような見せ方を通じて『Novitek』の利用を提案していくことが求められます」と、野島氏は将来を見据える。
光合成という自然界の反応を活用した技術。それは食の安全・安心にもつながる。山崎氏は「天然由来の成分を栽培技術に応用することは、非常に重要なことです。将来、日本はもとより、世界中で地球環境への負荷を抑える技術として広まっていくことが望まれます」と、将来に期待を寄せる。
(ライター:茂木 俊輔)
社会課題解決のアイデアバンク「未来コトハジメ」にて、2023年12月1日(金)公開
記事の内容は発表時のものです。
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