2024年1月11日

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パナソニック×デザイナー深澤直人氏 ―共創の軌跡― キッチン「Caresa」

日本を代表するプロダクトデザイナー、深澤 直人(ふかさわ なおと)氏。パナソニックグループは、深澤氏との長年にわたるパートナーシップの下、数々の「くらし」に寄り添った商品を生み出してきた。
SNSやインターネットを通じて消費者の価値観や購買行動が多様化している昨今、キッチンをインテリア・家具として選ぶ層が増えていることを受け、パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社では、2022年に深澤氏との共同企画・デザインによる新キッチンブランド「Caresa(カレサ) - Crafted by Panasonic」を立ち上げた。加えて株式会社アクタス(以下、アクタス)との共創により、同店舗での展示・販売、施工を含む新しいキッチンビジネスを展開。以降、多くのユーザーやデザインアワードを通して高い評価を得続けている。今回は、自身のアトリエでもCaresaを愛用している深澤氏から、共創の経緯、Caresa誕生にまつわるエピソード、現在のキッチンとくらしに対する思いを聞いた。

「くらし」を起点としたデザイン 3者共創による新たな挑戦

パナソニックグループでは、多様化する生活ニーズに寄り添いながら、より良い「くらし」を実現する価値創出を目指し、お客様のウェルビーイング(心身の健康)につながる技術・製品・サービスの提案に取り組んでいる。

パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社(以下、パナソニック)では「くらし」を起点とし、そこで求められる機能性・デザイン性に寄り添ったプロダクトとして、システムキッチンやバスルーム、建材をはじめとする多彩な商品を展開中だ。中でも深澤氏との長年にわたる共創の中で生まれたプロダクトは、その高いデザイン性と技術力で好評を博してきた

写真:深澤氏との共創で生み出された商品の例。左から順に、タンクレストイレ アラウーノ(2006年)、ユニットバス i-X(2007年)、フロートアイランドキッチン(2008年)

深澤氏との共創で生み出された商品の例。左から順に、タンクレストイレ アラウーノ(2006年)、ユニットバス i-X(2007年)、フロートアイランドキッチン(2008年)

キッチンについては、消費者の価値観や購買行動が多様化する今、単に料理・炊事をする場所としてではなくインテリア・家具として選ぶ層が顕在化。まずSNSやインターネットを通じて、ビジュアルから理想のインテリアの一部としてキッチンを選ぶ購買行動が増えている。パナソニックでは、そうした新たなニーズに応えるため「家具として選ばれるキッチン」の商品化を決断した。これまで住宅設備業界とインテリア・家具の業界は、それぞれ別々に選ばれるのが一般的だったが、今回ターゲットとするユーザー層にリーチするための新たな挑戦として、デザイン性の高い世界のハイブランドキッチンを取り扱うインテリアショップ・アクタスとのパートナーシップを締結。3者共創のプロジェクトで、キッチンを家具・インテリアの一部として提案するキッチンブランド「Caresa」が誕生した。

Caresaという名称には、「現代社会において、家(Casa)の中に、素顔に戻れたり、じぶんを癒したりできる(Careできる)場所を提供したい」という思いが込められている。

開発においては、既存の構造にとらわれず細部への配慮を行き渡らせた深澤氏のデザインを基に、パナソニックで構造・安全性などを確認するための試作や検証を重ねた。

クォーツストーン(天然の石英を粉砕し樹脂成形したもの)の素材を生かし、「隅とフチ」を整え、ひとつの「石の塊」として極限まで要素を削(そ)ぎ落とした純真無垢(むく)なフォルムが、空間に凛(りん)とした空気を生み出す――。目指したのはシンプルで美しい、あるがままに自然体でいられる、人が主役のキッチンだ。

キッチンを構成する面材には、クォーツストーンや木目が美しい天然木の突板など、厳選された天然由来の素材を採用。質感や肌触りは使うほどに味わいが増し、家具に対するような愛着がゆっくりと湧いてくる作りとなっている。

写真:キッチンを構成する面材の例

見た目や手触りへのこだわりに留まらず、パナソニックが長年培ってきた技術力を生かし、IH、食洗機、オーブンレンジといったパナソニックグループが提供するキッチンでの多様な機能が美しくビルトインされるデザインにこだわった。また、「美しいキッチンを美しく使い続けられる」収納のしやすさ、優れたリセット性を追求した。

写真:ビルトインされるデザインの例

深澤直人氏とパナソニック 新たな時代のキッチンとは

現代人にウェルビーイングをもたらす「家具としてのキッチン」Caresaは、「モノではないキッチンの在り方と可能性を追求」したシリーズだ。深澤氏は、パナソニックにおけるキッチンの開発に15年以上にわたって取り組んできた。

深澤氏:現代のライフスタイルにおけるキッチンは、自分が子どもの頃のイメージとは違ってきています。日本ではキッチンは長年「台所」と呼ばれてきたように、いわば部屋ともいえる場所自体を指すものでした。このキッチンを「台所」から外へ出そう、というコンセプトで、15年ほど前から始まったのが、パナソニックとのキッチンプロジェクトです。

写真:深澤氏のアトリエ兼自宅に配されたCaresa

深澤氏のアトリエ兼自宅に配されたCaresa

写真:アトリエに集ったスタッフの方々と調理を楽しむ深澤氏

アトリエに集ったスタッフの方々と調理を楽しむ深澤氏

――キッチンは家族の健康やコミュニケーションを育む上で大切な「空間」として認識されつつあります。深澤さんが考える理想のキッチンとは?

深澤氏:食べたり、話をしたり、料理をしたりすることは共同作業であり、楽しいこと。そのシーンを作る場所というのが理想的なキッチンではないかと思います。

かつては、団らんと言えばダイニングでお鍋を囲むようなイメージがありましたが、近年は、キッチンで一緒に飲み、食べながら過ごすというのが新しい楽しみ方になってきたのではないでしょうか。「Caresa」は、何となく集まって、何となくお腹がすいたねと言って調理が始まるような、その雰囲気を作りたいという発想でした。

自分の感覚では、キッチンが家の中心にありますし、その中心に人が集まることが自然な流れになっている。かつては食事を作る場所と食べる場所は分かれていましたが、これからは、同じ場所で作りながら食べる、作りながら話すというくらしがスタンダードになればいいなと。そんなくらしを想定すると、キッチンの構成自体が変わってきます。対話しながら作る、食べるという楽しい営みが生まれるような、新しいキッチン空間を作ることがミッションだと考えました。

豊かなくらしをイメージする際に、昔は書斎を作りましょうとか、リクライニングの椅子を置きましょうという概念があった。それが今は「キッチン」にその役割が移行した。感覚がかなり違ってきているんです。

Caresaを中心に、何となくお母さんやお父さんが食事を作り始めたら、家族が集まってきて、宴(うたげ)が始まっちゃって、楽しく食べて飲んで時間が過ぎていく感じですね。もちろん家族だけじゃなくて、友達同士やカップルでも同じです。
こういう流れを楽しんでいる人たちは、くらしそのものを大切にしているなと感じます。

写真:アトリエに集ったスタッフの方々と調理を楽しむ深澤氏

――Caresaのコンセプトは「家でゆっくりと深呼吸し、自分を癒せる場所」ですが、大きく関わっているのが「石」という考え方とのことですね。

深澤氏:キッチンを塊として捉え、素材として「石」を用いる。ただ、自然石でこれだけのものを作ることは、おそらく不可能です。Caresaではクォーツストーンと言って、天然の石英を粉砕して樹脂で成形したエンジニアドストーンを採用しています。まずはこの塊感を見ていただきたいです。プラットフォームなので自由に使ってほしいという思いが基本としてあり、できるだけ平らな部分を残して、凹凸はできるだけ少なくしています。

この塊としての石が、寸分たがわず、隅までちゃんと使えるということが重要。
ここにあるCaresaを見てもらうと分かりますが、面材の色味は全て同じで、しかもパターンが全部つながっているんです。これは天然の石ではできないこと
塊感を実現するためには、つなぎ目、組み合わせの部分をすごく丁寧に作り込まないといけない。また、その石の色柄のパターン、石目が合っているということと、天板の厚み。これらがCaresaのデザインで一番重要なポイントといえます。

写真:Caresaの表面

深澤氏:この「面」としての美しさの追求については、パナソニックと長年コラボレーションする中で、徐々に阿吽(あうん)の呼吸のように培われていった感覚で、目指すものを実現するには、ここまでしなくてはならない、といった辺りの感覚が、お互い会話をせずとも分かり合えるんです。

扉の閉まり方も、「デリケートに吸い込まれるように閉まる感じ」など、イメージのレベルまで実現性を問うこともあります。それに応える技術力が一番あるのが、長年お客様の声に真摯(しんし)に向き合ってモノづくり力を磨き続けてきたパナソニックだと思っています

現代人にとって、「キッチン」と「家を建てる」の二つは、重要度としては同じぐらいのボリュームになっているのではないでしょうか。自分の一番楽しい生活を送る場所なのだから、そこにしっかりこだわりましょうという感覚の人はだいぶ増えていると思う。所有欲というよりは、生活の潤いを考えている人が増えている。

インテリアとしてのキッチンを考えておられる方は、ぜひ店舗に足を運んでいただいて、Caresaに触れてみてほしいですね。
キッチンというものは、実はプリミティブ(根源的)なプラットフォームがあればいいんだと気付いてもらいたい。Caresaというシンプルな塊があって、おいしい食材があって人が集まれば、それで十分。実物に触れていただくことで、この感覚を感じていただけると思います。

シンプルであるということは、必要ないものを思い切ってやめてしまいましょうということ。そしてそれがいかに気持ちが良いことかを実感するところまでいって、初めて「シンプル」になる。

シンプルであるということはパワフルなんです。パワフルだけど、静かで落ち着いている。静かと言っても「Quiet」では決してなくて、そこには「Power」がある。
「Power of Simplicity」。このフレーズが一番合うかなと思っています。

写真:自身のアトリエ兼自宅で、Caresaに手を添えて立つ深澤氏

トレンド作りのためではなく、人々の幸せのために

――パナソニックと仕事をする中でどんな印象を持っていますか?

深澤氏:団結力ですね。団結力と統率力と協調性。皆が一丸となって目標に向かって動くという企業体を長く営んできたことは、今の、この移り変わる時代では非常に貴重ですね。日本の文化を反映しているような、理想的な会社ではないかと思います。

くらし方だけでなく、働き方についても目まぐるしく変わっていく中で、パナソニックは全社員と全国民の希望を受け取って実行していく会社という土台、ファンデーションがしっかり存在している。
パナソニックもそうですし、私自身もそうですが、作っているのは「スタイル」や「トレンド」ではない。「人々の幸せ」を作っている。Caresaの場合は、細部にわたるデザインのこだわりどころが、「Quality of Life」向上につながるようになっています。

今回手掛けたCaresaの在り方が、これからのキッチンのスタンダードになっていくのではないかと考えています。
今後、石のパターンや種類を変えたり、中の機能をよりインテリジェントなものに変えたり、ということはあり得ると思いますが、「石の塊」というコンセプト自体は、10年先、20年先、変える必要はないと思っています。

今を生きる人々は、落ち着いて「本物」をしっかり選ぼうとしている。そんな時代になってきたからこそ、Caresaを末永く愛してくれる人たちが増えつつあると感じています。

写真:自身のアトリエ兼自宅で、Caresaに手を添えて立つ深澤氏

アクタスとの共創――新しい市場訴求のカタチを探る

キッチンを家具として捉え、デザインにこだわる人たちへのリーチ、新しい市場訴求の在り方を追求するべく進めた、アクタスとのコラボレーション。

2022年6月、アクタス新宿店リニューアルに合わせてCaresaの店頭展示をスタート、2023年4月にはアクタス心斎橋店でも店頭展示を開始した。デザインで評価の高い海外製品と並べ、インテリアへの造詣が深いユーザーに向けた新たなマーケットでの挑戦を続けている。

写真:アクタスでのCaresaの店頭展示

Caresaは、エル・デコ インターナショナル デザイン アワード(「ELLE DÉCOR」誌 日本版「2022年版のベストデザイン キッチン部門」)に選出。
深澤氏によるデザインと、パナソニックのモノづくり力によって磨き上げられたCaresaは、アクタスとのパートナーシップも相まって、新たなユーザー層へと確実に届き始めている。

人々の生活にフィットする最適なカタチを妥協なく追求することで、多くの人のウェルビーイングを生み出すデザイン機軸でのプロダクト。それは、真にユーザー視点に立った細やかな配慮の結実と言える。

価値観が多様化する現代社会において一人ひとりの「幸せの、チカラに。」なるべく、パナソニックはこれからも、思いを共にするパートナーとの共創、「くらし」をより良くするためのモノづくりへの挑戦を続けていく。

深澤直人氏 プロフィール

1956年山梨県生まれ。1980年、多摩美術大学プロダクトデザイン学科卒業。同年セイコーエプソン入社。先行開発のデザインを担当。1989年渡米し、ID Two(現 IDEO サンフランシスコ)入社。シリコンバレーの産業を中心としたデザインの仕事に7年間従事した後、1996年帰国。IDEO東京オフィスを立ち上げ、支社長として日本のデザインコンサルタントのベースをつくる。2003年独立し、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。

現在は、イタリア、ドイツ、アメリカ、スイス、スペイン、中国、韓国、タイ、台湾、シンガポール、フランス、ポルトガル、スウェーデン、フィンランドなどの世界を代表するブランドのデザインや、日本国内の企業のデザインやコンサルティングを多数手がける。電子精密機器から家具・インテリア、建築に至るまで、手掛けるデザインの領域は幅広く多岐にわたる。

日本民藝館館長。多摩美術大学統合デザイン学科教授。21_21 Design Sightディレクター。良品計画デザインアドバイザリーボード。マルニ木工アートディレクター。日本経済新聞社日経優秀製品・サービス賞審査委員。毎日デザイン賞選考委員。2006年Jasper Morrisonと共に「Super Normal」設立。2010年~14年グッドデザイン賞審査委員長。2012年Braun Prize審査委員。2017年LOEWE クラフトプライズ審査委員。ロイヤルデザイナー・フォー・インダストリー(英国王室芸術協会)の称号を持つ。

米国IDEA金賞、ドイツiF design award金賞、日本グッドデザイン賞金賞、英国D&AD金賞、ドイツred dot design award、毎日デザイン賞、織部賞、イサム・ノグチ賞など、受賞歴多数。

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