【更新】2021年6月1日動画を追加
世界中で新型コロナウイルス感染症への対応を模索する中、安心して暮らせる日常を取り戻すためにワクチン接種が喫緊の課題となっている。ワクチンなど医薬品の効能を担保するためには、厳格な温度・在庫管理の必要があり、信頼性の高い安全輸送が不可欠だ。こうした社会課題に貢献すべく、2021年4月、パナソニックは、家電で培った強みを生かして開発した真空断熱保冷ボックス「VIXELL」のレンタルサービス事業を開始する。パナソニックが独自に磨いてきた真空断熱技術から、「医薬品物流への貢献」で新たな価値を生み出すチャレンジが、いよいよ始まった。
圧倒的な保冷性能を実現する真空断熱保冷ボックス
パナソニックが、マイナス70℃の保冷を実現した、医薬品の定温輸送に対応する真空断熱保冷ボックス「VIXELL」の開発発表を行ったのは2021年1月末のこと。発表後、世界中から大きな反響があり、早期の商品化を期待する声が多く寄せられた。そこで現場は開発を加速させ、当初計画から前倒しし4月のサービスローンチにこぎつけた。
「VIXELL」の強みの一つは、圧倒的な保冷性能だ。−75℃±15℃の温度帯を、最長18日間維持(※1)することができる。保冷性能のポイントは、外気の熱を遮断し内部の温度を保つ断熱材だ。従来の保冷ボックスは板状の真空断熱パネルを、箱の四方と上下に貼り合わせるのが一般的で、この方式では継ぎ目から冷気が漏れ出すことが避けられない。そこで「VIXELL」では、パナソニックが特許を有する、一体成形の真空断熱筐体(VIC)を採用。樹脂による一体成形により継ぎ目をなくすことで、冷気漏れが改善され、今までにない高断熱構造を実現した。
VICは、一見単純なプラスチックのハコに見えるが、実はパナソニックが培ってきた2つの技術が生かされ、高い断熱性能を実現している。その2つとは、冷蔵庫で培った断熱材の技術と、2013年度末までパナソニックが手掛けていた、テレビ用などのプラズマディスプレイパネル(PDP)の真空技術だ。
パナソニックは1950年代から冷蔵庫の開発を手掛けており、熱を遮断し庫内の冷気を保つ断熱材の研究を商品の進化とともに深めてきた。2002年には、独自のパネル状真空断熱材(U-Vacua:ユーバキュア)の開発に成功。環境対応材料であるグラスウールの芯材をラミネートフィルムで包み、熱伝導を限りなく抑えられる真空状態にすることで、高い断熱性能を実現した。
断熱材研究を担ってきた事業開発センターの小島は、研究で長くお世話になった上司の夢を胸に研究を進めてきた。「尊敬する上司は、真空の断熱材を、従来のパネル形状から、継ぎ目の無い一体成形(VIC)にしたいという夢を語ってくれました。『いまの冷蔵庫のように真空断熱パネルで囲うのではなく、例えば樹脂で一体成形化したボックス(VIC)でまるごと覆うことができれば、省エネ性能がより向上するはず』とビジョンを示してくれたのです。私自身もその考えに共感し、VICの実現を目指して研究を続けていました」。
ここでもう一人、このVIC実現という夢に共感し、開発に参画したのが、当時PDPの技術開発に携わっていた河原崎だ。
河原崎が手掛けてきたPDPは、真空技術が必須だった。「PDPは、2枚のガラスの間にある薄い真空層で、蛍光体が発光することで画像表示するディスプレイ。開発にあたって、真空状態をつくる技術や、封着材料の技術を磨いてきました」。PDPの真空状態を検査する際、先述の小島が尊敬する上司と部門を越えて出会った。「残念ながらPDPは事業として撤退することになりましたが、開発で磨いてきた技術を転用し生かせる道を探す中、偶然にVIC開発の話を聞いたのです。真空技術が役立つはずと参加を直訴しました」。
2人の技術者を引き合わせた上司は残念ながら半年ほどで定年退職を迎えたが、小島、河原崎はVIC実現という夢を引き継いだ。当初は、真空断熱パネルやステンレス魔法瓶のような金属を使わず、様々な形状に立体成形できる樹脂のみで真空状態を維持するのは不可能、と言われたが、それぞれの知見と技術を結集し、試行錯誤を重ねた。
医薬品物流の課題に注目、IoT機器との連携で課題突破
断熱材技術とPDPの開発で培った真空技術を組み合わせることで、開発は加速する。VICの事業化に向け、「部材」ではなく「完成品」として、より付加価値の高い使用シーンを探す中、浮上したのが医薬品輸送だった。
近年、希少疾病薬品、バイオ医薬品など「スペシャリティ医薬品」の重要性が増している。医薬品の中でも温度など、輸送時に厳格な品質管理が求められていることに注目した。
試作品をお客様の元に持ち込みヒアリングを繰り返す中で、現場でのお困りごとが詳しく分かってきた。小島は、「医薬品によっては、指定温度範囲からわずか0.5度の逸脱でも効果が薄れ使用できなくなることも。従来の輸送ボックスは真空断熱パネル(VIP)を使用しているケースが多いが、断熱材表面のアルミフィルムがちょっとした衝撃で簡単に破損し、真空状態を劣化させてしまうため、安心して繰り返し使用できないということが課題でした。一方VICは樹脂による一体成形で、外側カバーとVICの間に衝撃吸収構造を採用しているので堅牢性が高い。またアルミを使用していないため、電波透過性に優れ、通信可能なデバイス等を用いて様々なモニタリングができる」と確信した。
これが結果的に、保冷性能と並ぶ「VIXELL」の強みとなった。物流業界でトレーサビリティに活用されるロガー(温度やGPSなどのセンサー)と呼ばれるデバイスを、「VIXELL」の中に設置すれば、ボックスの保冷状況を外から確認できる。また、VICの底面に無線真空度センサーを内蔵し、外観からだけでは確認が困難な、「VIXELL」内のVICが正常に保冷性能を発揮できる真空状態を維持しているかという点について、ボックスの外から非接触給電で計測できるようにしたのだ。非接触給電技術に対応し、ワイヤレスで真空度をセンシング可能な保冷ボックスは、「VIXELL」が世界初(※2)。ヒアリングしてきたお客様からは、「困っていた点が全て解消される」と喜びの声が挙がった。
強みをフルに活かし、新たな価値創出に挑戦する
医薬品物流向けに開発を進める最中、にわかに世界的な脅威となった新型コロナウイルスの感染拡大。パナソニックは、「VIXELL」をワクチン輸送に役立てるため事業化を急いだ。
今回、モノ売りでなくレンタルサービス事業としてローンチしたのは、正しい使い方や購入後メンテナンスの不安など、慣れない作業の負担を感じている現場の声を反映した結果だ。レンタル時には、「VIXELL」が指定温度帯に調節されてお客様に届き、あとはお客様が、医薬品を入れて、発送するだけ。お客様側での扱いや管理の負担も少ない。
いよいよ4月から本格的にスタートする「VIXELL」の挑戦。実ビジネスとして進む中で現場の声を汲み、さらにサービスを拡充する未来を見据えている。圧倒的保冷性能・IoT機器連携という強みをフルに活かし、『心と体の健やかさ』へ貢献を拡大していく「VIXELL」の姿を見ることができるだろう。
※1 真空断熱保冷ボックスType-L(AE-V12UXR)に、ドライアイス温度帯蓄熱ユニット(AE-V12DXR)を収納し、保冷ボックス内および収納箱内へドライアイス34 kgを充填。231×231×40 mmサイズの模擬製品のみを入れて、外気温30℃にて-75℃±15℃の温度維持日数を計測した結果18日間。
真空断熱保冷ボックスType-S(AE-V06GXR)は、ドライアイス温度帯蓄熱ユニット(AE-V06DXR)を収納し、保冷ボックス内および収納箱内へドライアイス14 kgを充填。213×115×40 mmサイズの模擬製品のみを入れて、外気温30℃にて-75℃±15℃の温度維持日数を計測した結果9日間。
※2 NFC(Near Field Communication)対応デバイス内蔵の真空断熱製品として(2021年3月2日時点、当社調べ)
(2021年6月1日更新)動画:実録 ワクチン接種現場での72時間-真空断熱保冷ボックス VIXELL-