【Aim Higher】パラアスリート社員の挑戦――「変化を楽しむ」逆境をプラスに

2023年1月31日

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【Aim Higher】パラアスリート社員の挑戦――「変化を楽しむ」逆境をプラスに

元バレーボール日本代表の福澤 達哉が、パナソニックグループの挑戦する社員にインタビューを行うシリーズ「Aim Higher(エイム・ハイヤー)」。今回は、パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社の人事部門で働きながらパラアスリートとしても活躍する、保田 明日美に話を聞いた。
2017年5月、就職活動中に貧血で駅のホームに転落し、電車と接触。その受傷で右足を膝上から切断して障がい者となり、それまで当たり前だった日常が一変した保田。突如として現れた大きな困難へどのように向き合い、乗り越えたのか。逆境をプラスに変えて、常に前向きに挑戦し続けるバイタリティの源泉に迫る。

【Aim Higher】パラアスリート社員の挑戦 「変化を楽しむ」逆境をプラスに (スピンオフ動画)

Profile

写真: パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 人事センター 保田 明日美(やすだ あすみ)

保田 明日美(やすだ あすみ)
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 人事センター
2019年入社。技術部門担当人事として、昇格、表彰など任用に関わる業務に主に従事。社内研修のアンコンシャス バイアス(※)講師として活動するなど、DEI活動も積極的に推進。
2018年にパラ陸上と出会い、2022年には女子400メートル(義足T63)で世界新記録を樹立。パラリンピック種目の100メートルと走り幅跳びで、パリ2024大会を目指す。

※無意識の思い込み・偏見

自分に負けたくない 我慢と継続でつかんだ世界新

福澤:400メートル(義足T63)での世界新記録樹立おめでとうございます。目の前に世界記録保持者がいると思うと緊張しますね。パラアスリートとして活躍されていますが、陸上を始めたきっかけを教えてください。

保田:リハビリで出会った主治医が運営する義足の陸上チームに誘ってもらい、練習会に参加したことをきっかけに、競技用義足とパラ陸上の世界を知りました。2017年に受傷した当時は、これから自分がどうなってしまうのか、怖くて毎日泣いていました。自分の中で何もかもが変わってしまったように感じて。でも、初めて競技義足を着けて走ったときに、息が上がって身体が熱くなる感覚や、風を切って走る心地良さなど、変らないものが確かにある、それが分かったことで、気持ちが楽になったというか。陸上と出会って「義足でもできることがたくさんある」という考え方に切り替わり、少しずつ前向きに障がいを受け入れることができるようになりました。

写真: 保田 明日美(写真左)、福澤 達哉

福澤:競技用義足を初めて付けたときの感覚はどうでしたか。

保田:競技用義足は、よくしなり勝手に弾むので、ホッピングに乗っている感じ(笑)。
その時は、普通の義足もまだ慣れてない状態だったので、50mを30秒くらいかけてゆっくり走る程度でしたが、ポンポンと弾みながら走るのは楽しかったのを覚えています。

福澤:その時に初めて知ったパラ陸上の世界。競技としてやりたいという気持ちは最初からあったのでしょうか。

保田:なかったですね。まだ足を切断したばかりで、断端(切断部)の形が変わりやすく、すぐにソケット(※)が合わなくなって痛いし、そんなに速く走れないから、趣味の範囲でやろうという感じでした。

※断端を収納するカップ状のパーツ。義足と体を接続する重要なパーツで、一人ひとりの断端に適した形で製作される。

写真:保田 明日美
図版:義足の構造(膝上切断者の場合)

福澤:趣味からパラアスリートに。非常に大きな一歩だと思うのですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

保田:中学・高校とバスケットボールをしていたので、昔からスポーツが好きだというのもありますが、それ以上に、障がいを負ってから初めて出たパラ陸上の大会で、手足がなくても、目が見えなくても、競技に向かう選手たちの堂々とした姿に心動かされて。そこから、「自分もそうなりたい」という一心で陸上に打ち込むようになりました。

福澤:練習場所やコーチによるサポートなど、競技環境は整っているのでしょうか。

保田:基本的には一人で練習することが多いので、恵まれた環境とは言えないですね。自分で練習メニューなどを管理しつつ、週6回の練習をベースに、たまに仲間と練習したり、パラリンピックメダリストの山本 篤選手が企画する合宿に参加したりして強化を図っています。それでも、始めてから3、4年で世界新記録を出せたことは大きな自信につながりました。

福澤:競技歴3、4年で世界新記録というだけでも驚きですが、それをセルフマネジメントで達成するなんて、すごいことですよね。結果につながった一番の要因は何だと思いますか。

写真:福澤 達哉

保田:私自身は、才能があるわけではなく、コツを見つけて一気に記録が伸びたりするタイプではないので、ひたむきに何かをずっと続けることしかできないなと。コロナ禍で仲間と練習もできない中、2年間、休まずに一人で地道にコツコツ積み上げてきました。「継続する力」は誰にも負けなかったのかなと思っています。

福澤:継続が一番大変。今日はちょっときついなーっていう時もあるはず(笑)。バレーボールはチームスポーツだったので、私自身は時に周りのチームメイトに引っ張られて続けられましたが、一人で全てを管理してやるとなると、相当な強い意志とメンタルがないとできない。つらいと感じるときでも我慢して継続できるモチベーションは何ですか。

保田:もちろん、しんどいと思うときもありますよ(笑)。でも、自分に負けたくない。自分の弱さとも向き合いながら、1cmでも0.1秒でも記録を伸ばすために日々のつらい練習を乗り越えて、ベストが出たときは本当にうれしい。その瞬間をもっと味わいたいというのが一番のモチベーションです。また、私と同じ大腿義足のクラスで東京2020パラリンピックに出場した前川 楓選手の存在も大きいです。彼女も三重県出身で、私が所属するチーム「大和鉄脚走行会」で練習していた選手。入院しているときに活躍を記事で知り、すごく刺激を受けてこの世界に入ったので、その背中を追いながらも、負けていられないという気持ちでやっています。

福澤:「自分に負けたくない」というのは、アスリートにとって一番必要なマインドだと思います。また、前川選手のような身近に目指すべき存在がいるのは大きいですね。

写真:保田 明日美

自分らしく生きていく これが挑戦の原動力

福澤:パラ陸上の魅力や面白さはどんなところにありますか。

保田:一つは、選手それぞれにすごいドラマがあるところですね。みんな何かしらの困難を乗り越えてきた人ばかりなので、その経緯を知って競技を見ると、選手の生きざまにも引き込まれると思います。もう一つは、「多様性」。障がいの部位や程度によって細かくクラスが分けられるため、すごく種目数が多くて、100メートルだけでも男女合わせて30種目以上あります。それぞれが持っている能力を最大限生かした競技というのが魅力で、例えば、視覚障がいの選手だと、暗闇の中で音だけを頼りに走り幅跳びを跳ぶ。義足や車いすの競技では、身体の一部となる競技用具をいかに使いこなし、パフォーマンスを最大化できるかが勝敗を分けます。そんな「身体とテクノロジーの融合」も見どころの一つです。どれも実際に生で見ると、すごく迫力があって面白いので、ぜひ多くの方に試合会場で観戦していただきたいですね。

福澤:パラ陸上が保田さんに与えてくれたものは何でしょうか?

保田:パラ陸上を始めてから本当に多くの出会いがあり、貴重な経験ができています。義足にならなかったら知り得なかった世界。そういう意味では、義足が色々な所に連れて行ってくれているなと感じています。

福澤:陸上のみならず、いろいろな活動をされていて、すごくエネルギッシュですよね。ポジティブマインドは保田さんの強みだなと感じます。

写真:福澤 達哉(写真左)、保田 明日美

保田:以前は、どちらかというと自分に自信がなく、周りの目を気にして動けないタイプでした。義足になったことで、自分から積極的にアクションを起こさないと分かってもらえないこともあり、自分の全てをさらけ出してもいいかなと思うようになりました。一番の大きな変化は、「他人からの評価ではなく、自分の点数を自分で付けられる生き方をしたい」と考えるようになったことですね。この思いが、陸上をはじめ、あらゆる挑戦の原動力にもなっています。

福澤:ありのままの自分を素直に受け入れて、真正面から向き合い、それを大きなチカラに変えていく。この考え方は、パナソニックグループで働く上でも意識しているのでしょうか。

保田:職場でも、こうしてほしいと自分から最初に言うようにしています。障がい者として働いていて感じるパナソニックの良いところは、社員のみなさんの聞く力がすごいところ。話を聞いて終わりじゃなくて、自分に置き換えて想像して返してくれるので、コミュニケーションが取りやすいです。
実はこの点が、私が入社を決めた理由の一つなんです。就活を始めたのが受傷して半年くらい経ってからで、これから自分が社会人としてやっていけるのかが本当に不安でした。やりたいことよりも、できることを優先した方が良いのでは、と思っていたときに、当時の面接官が「あなたのスキルを生かすならこっちの方がいい」と、義足を理由に自分の中で勝手に諦めていた道を勧めてくれました。面接は合格か不合格を決めるだけかと思っていたけれど、親身になって私の人生を考えてくれていることがすごくうれしくて。「この会社なら障がいがあってもやっていけそうだ」と思ったのを覚えています。

必要なのは少しの勇気 一歩踏み出す先に出会える新しい自分

福澤:パナソニックグループとしても、DEIを積極的に推進し、「言うべきことが言い合える」風土改革に取り組んでいます。多様な個性を持つ社員が生き生きと働けるようにするために必要だと感じることは何ですか?

保田:「社員一人ひとりが目標を持つこと」が大切だと思います。自分が今やっている仕事の目標と、もう少し先のキャリアとしての目標を持った上で、日々の業務を行っていく。それと同時に、社内でのコミュニケーションの場を増やし、自分の思いや考えをもっと周りにもオープンにしていくことが必要だと思います。隣の人がどんな目標を持っているのか、ほとんどの人が知らないはず。お互いの目標を理解した上で一緒に業務を進めていけると、組織としてのもっと大きな目標に向かっていけるのかなと思います。

写真: 保田 明日美(写真左)、福澤 達哉

福澤:保田さんの今の目標は何ですか?

保田:アスリートとしての目標は、パリ2024大会に出場すること。そして、試合での活躍はもちろん、普及活動などを通じて、私の人生を大きく変えてくれたパラスポーツを多くの人に知ってもらい、盛り上げていきたいなと思っています。
また、パナソニックの社員としても、障がい者というマイノリティの当事者として、もっと発信力を磨き、障がいについて「知る」「理解する」場を増やしていきたいと思います。さらに、障がい者にも平等に昇格や成長の機会を提供する仕組みを作るなど、私だからこそできる貢献をしていきたい。「挑戦する一人ひとりが互いの個性を受け入れ、生かし合える」そんな会社にしたいですね。

福澤:挑戦したいことがたくさんありますね。

保田:自分の中で、何か新しいことを成し遂げるってすごく達成感がある。これまでやったことのないものに挑戦するのは、もちろん知識もないわけで、勇気が必要。でも、試行錯誤する過程で自分がすごく成長できるし、どれも挑戦することでしか得られないものです。

写真: 保田 明日美
写真: 保田 明日美

福澤:挑戦には大なり小なり、必ず変化が伴う。当然いい変化もあれば、悪い変化もあり、それがすごくストレスに感じる方もいます。そうした変化にはどう向き合っていますか。

保田:変化に向き合うというよりは、変化を楽しむといった方がいいですね。少しの勇気を持って一歩目を踏み出せば、その先で新しい景色が見られたり、知らなかった自分に出会えたり、ということを私は陸上を通して経験してきました。だから、今は変化自体を「楽しい」と感じるようになりました。

福澤:変化を楽しむ。すごくいい言葉ですね。パラアスリートと社員、二つの顔を持つ保田さんにとってのウェルビーイングとは何でしょうか。

保田:「目標があって、それに向かって楽しんで取り組めていること」。仕事においても陸上においても、自分が目指すべき姿に向かって毎日努力を続けることが私のウェルビーイングです。5年前に片足を失ってからも、夢や希望を持つことで、いろいろな挑戦を続けられてきました。もちろん、私一人だけの力ではかなえられないことばかり。そのそばには必ず、周りの人たちの支えがありました。人が支え合えば、誰もが「やってみたい」気持ちを諦めず、チャレンジすることができます。そして私自身にも、これから新たな挑戦を始める誰かの背中を押す力があると信じています。

写真: 福澤 達哉(写真左)、保田 明日美

事故によって障がい者となり、失意の底にいた保田を救ったのは、「陸上」との出会いと挑戦。何げなく踏み出したその一歩で、人生がプラスに変わっていく。目の前に大きな壁が現れたとき、そこで立ち止まっていても何も変わらない。自分が本当に「やりたいこと」は何なのか――自分自身と向き合い、その気持ちを周囲にも素直に伝えることで、自然と道は開けてくる。たった一人で挑戦する必要はない。周囲を巻き込み、支え合うことで「挑戦」の輪は広がっていく。

Interviewer & Writer

福澤 達哉(ふくざわ たつや)
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 コーポレート広報センター
元バレーボール日本代表。2008年には北京オリンピックに出場。2009年にパナソニック パンサーズに入団し、国内タイトル3冠を3度達成するなどチームの優勝に貢献。2015-2016年にブラジル、2019-2021年にフランスリーグでプレーするなど海外でも活躍した。2021年8月、現役引退。

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