2020年東京五輪・パラリンピックの開催を契機に、東京が変わる――。その起点が、大会期間中は選手村として一時使用される新しい街「HARUMI FLAG」である。都心と湾岸の結節点である東京・晴海に広がる約18haの区域には2024年をめどに、分譲・賃貸街区合わせて計23棟・5632戸の住宅が整備され、約1万2000人が暮らすようになる見通しだ。この街は東京という都市にどのような未来をもたらすのか。
本記事の要約
●東京都が民間の資金やノウハウを活用し、東京2020大会のレガシーとなる街をつくる
●約18haの区域を一度に整備することから、民間では一体的な開発・運営を強く意識する
●そこでは「水素活用」「エネルギーマネジメント」「セキュリティ・防災」「街区照明」など幅広い都市開発ソリューションが提供される
●販売センターでは、最新のVR(仮想現実)映像技術を駆使し三方を海に囲まれた景観や中庭の散歩を体感できる
・東京都心部で進む過去最大級の住宅開発
・大規模供給に民間資金やノウハウ活用
・最先端の都市モデルづくりに貢献する
・VR映像技術を駆使し街の魅力伝える
東京都心部で進む過去最大級の住宅開発
東京・晴海の都有地を中心とする一帯約18haの区域では目下、計21棟のマンション建設が進む。この街の名称は、「HARUMI FLAG」。再開発事業を施行する東京都が選定した大手不動産会社など11社で構成する企業グループが、これらのマンションと商業施設を建設し、分譲・賃貸する。現在建設中のマンションの引き渡しに伴う街開きは2023年を見込む。
注目の理由は、開発規模の大きさだけではない。2020年東京五輪・パラリンピックの時には選手村として一時使用され、大会後はそのレガシーとなる街として開発・運営されるという点も挙げられる。
レガシーとして、どのような街を目指すのか――。都は「誰もがあこがれ住んでみたいと思える街」を目標に掲げる中で3つのコンセプトを挙げる。
一つは、「多様な人々が交流し、快適に暮らせる街」だ。東京都の井川武史氏は「分譲住戸では子育てファミリー層向けのものを中心にすえながらも、賃貸住戸では高齢者や外国人の居住も視野に入れ、サービス付き高齢者向け住宅や家具付きのサービスアパートメントなども用意します」と、住戸バリエーションの豊かさを強調する。
開発区域の中心を通る道路沿いでは、「まちかど広場」の整備やマンション1階部分へのカフェ・店舗の誘致を行う。井川氏はそれを、「交流」を促す装置と位置付ける。「マンション居住者だけでなく、よそから街を訪れる来訪者の利用も想定しています。多くの人を引き付ける魅力を発信できるカフェや店舗の立地を期待しています」(井川氏)
さらに、「水と緑に親しみ、憩いと安らぎが感じられる街」というコンセプトも掲げる。HARUMI FLAGは三方を海で囲まれているうえ、地上部には緑地が豊富に設けられている。計画緑化面積は約4万㎡。敷地面積に対する比率は約4割と一般的な住宅開発に比べ高い。井川氏は「HARUMI FLAGは選手村として一時使用する関係上、駐車場を地下に設置することから、地上は緑地として整備することが可能になりました」と背景を語る。
大規模供給に民間資金やノウハウ活用
最後は、「新技術の活用により、環境に配慮し持続可能性を備えた街」である。具体的には、後編で詳しく紹介する水素エネルギーを活用した街を指す。開発区域の近くにある都有地に水素ステーションを整備し、都心部との間を結ぶ足として利用されるBRT(バス高速輸送システム)や路線バスの燃料電池車両に水素を供給するほか、道路下に埋設されたパイプラインを通じて各街区に設置する純水素型燃料電池に水素を供給し、そこで生じる電力をマンション共用部で利用する。「公道下に埋設したパイプラインを使って水素を各街区に供給し、純水素型燃料電池で電気、熱を供給する取り組みは実用段階のものとして日本で初めて」と井川氏は胸を張る。
これらのコンセプトに基づきマンション建設を進めるのが、冒頭に紹介した民間事業者グループだ。都が自ら施行する再開発事業で民間事業者にマンション建設を任せる方式を採用したのは、なぜか――。井川氏はこう説明する。
「立候補ファイルの段階から民間事業者が住宅を分譲・賃貸することで選手村の開発資金を回収することをうたっています。それを踏まえ、民間資金やノウハウを活用する狙いからこうした方式を採用しました。5600戸を超える多くの住戸を確実に分譲・賃貸できるものにするには、民間のノウハウは欠かせません」
これだけの規模を一度に供給することは、民間事業者にとって異例のことだ。住宅開発のセオリーから言えば、通常は経済動向や市場動向をにらみながら何回かに分けて供給していく。膨大な戸数を抱えるHARUMI FLAGでは、東京2020大会終了後に着工するタワーマンション2棟を除き広大な敷地に一斉に整備を行い順次供給する。それを民間事業者グループは前向きに捉え、街全体の仕組みづくりに挑んできた。
グループ代表企業である三井不動産レジデンシャルの髙木洋一郎氏は、「居住者が街全体を自宅の一部のように使いこなし、楽しめるような仕組みを、街全体として整えています」と、これまでの住宅開発との違いを強調する。
それは、開発区域全体のマネジメント組織を立ち上げ、そこでHARUMI FLAGを一体的に運営していく仕組みである。HARUMI FLAGでは通常のマンション管理組合にあたる街区単位の管理組合とは別にもう一つ、街全体の管理組合を分譲住戸の所有者全員で立ち上げる。さらに街区単位の管理組合は相互に協定を交わすことも予定している。これらの仕組みによって、例えば分譲住戸の所有者は誰でも街全体の建物群に用意される共用施設51室のうち開放可能な25室を利用できるようになる。街区を超えた交流を促す仕掛けでもあるのだ。
民間事業者グループではHARUMI FLAGを一体的に開発・運営することを念頭に置き、さまざまな都市開発ソリューションを活用する。そうしたソリューションの提供元として民間事業者グループと並走してきたのが、パナソニックである。
最先端の都市モデルづくりに貢献する
民間事業者グループ側ではもともと水素エネルギーを活用した街というコンセプトがあったことから、それを具体の形にする中で燃料電池の技術を持っていたパナソニックと接点を持つようになったという。髙木氏は「分譲住戸の家庭用燃料電池システム『エネファーム』と各街区の純水素型燃料電池にパナソニック製品の採用を決め、それらを住戸単位・街区単位でどう運用するかを検討する中でエネルギーマネジメントシステムも同社のものを導入することを決めました。提供できるソリューションの幅広さに魅力を感じています」と、並走することになった経緯を振り返る。
かたやパナソニックでは、東京2020大会のレガシーとなる街づくりへの貢献を自社の役割と自任していた。パナソニックの永田勝彦氏は「この大会を契機に、東京が、日本が、大きく変わっていきます。その転換点に立って新しい事業に挑戦することこそ、私たちのミッションです。大会のレガシーとなる最先端の都市開発に幅広い事業領域で貢献していきたいという強い思いで取り組んでいます」と、言葉に熱を込める。
パナソニックで提供する都市開発ソリューションは、HARUMI FLAGに関わるきっかけにもなった「水素活用」や「エネルギーマネジメント」のほか、「セキュリティ・防災」や「街区照明」にも及ぶ。
「セキュリティ・防災」では、施設計画の段階から同社の防災システム担当エンジニアが協議に加わり、防災拠点の配置やその人員規模などの最適化を支援した。また街なかやマンション共用部などに設置するネットワークカメラ約750台も提供する。このカメラは、HARUMI FLAG全体を管理する防災拠点で区域内に敷設された光ファイバーケーブルで構築されるLAN(HARUMI FLAGエリアネットワーク)によって統合管理される仕組みだ。
「街区照明」では、民間事業者グループやデザイナーとともに、HARUMI FLAG全体のシームレスな照明計画を検討し、その要望を受けて新製品の開発にまで尽力した。髙木氏は「どのような照明器具を配置すると、必要な照度を確保しながら雑誌に載るような美しい夜の景観を湾岸部に生み出すことができるか、早い段階から提案してもらいました。『夜の顔』はパナソニックのおかげで生まれたようなものです」と高く評価する。
さらに検討中の領域として、「コミュニティ」がある。これはコミュニケーションを醸成するデジタルサイネージシステムの構築だ。このシステムもまた、HARUMI FLAGに整備されるLANの利用を想定する。永田氏は「LANを活用してパナソニックの映像技術が貢献できるテーマだと思います。マンション各棟に大型のデジタルサイネージを設置し、HARUMI FLAGの魅力やそこで暮らす価値を伝えていきたい」と意気込む。
VR映像技術を駆使し街の魅力伝える
パナソニックにとってみれば、街づくりに対する関わり方はこれまでと大きく異なるという。「開発事業者が要求する仕様に基づき設計し納品するこれまでの関わりと違って、今回はどのような街をつくるか、開発事業者と同じ目線や同じ思いで一緒に悩みながら取り組んでいます。HARUMI FLAGの目指すものを各カンパニーに伝え、それぞれの技術を組み合わせながら新しいものをつくる、そこに醍醐味を感じています」(永田氏)
思いがけず関わることになったのは、民間事業者グループの分譲主である10社が2019年4月に現地と同じ東京・晴海に開設した販売センター「HARUMI FLAGパビリオン」のソリューション提案である。各種の映像機器を納めるだけにとどまらず、HARUMI FLAGの魅力をより良く伝えられるよう照明技術と連携し、最新のVR(仮想現実)映像技術を駆使した空間演出ソリューション「VIRTUAL STAGE MIERVA(バーチャルステージミエルバ)」を開発・提案したのである。
民間事業者側の課題は魅力の伝え方の難しさだ。髙木氏は「東京2020大会期間中は選手村として一時使用されるため、三方を海で囲まれているというHARUMI FLAGの魅力を実感していただけません。模型やCGだけでなく、もっと現実に近い見せ方はないか、と思い悩んでいました」と明かす。その時、街づくりで並走していたパナソニックがさまざまなソリューションを持っていることに気付き、協議を重ねてきたという。
試行錯誤の中で生まれたシステムの一つは、眺望体感型。海沿いのマンション高層階から望める東京湾やレインボーブリッジの景観を、朝から夜まで移り変わりゆく姿として再現するものだ。もう一つは、ドーム型。緑豊かな中庭などの街並みやタワーマンション48階ラウンジからの眺望などのVR映像を、ゴーグルなしに複数人同時に楽しむことができる。永田氏も髙木氏も「タワーマンションの販売時期にはまた新しい驚きを提供したいですね」と、新しい挑戦に意欲を見せる。
HARUMI FLAGが目指すのは、「持続可能な成熟都市のモデル」(井川氏)だ。髙木氏は「湾岸部には将来の開発用地が残されています。HARUMI FLAGが起点となって同じように持続可能な街づくりがそれらの開発用地でも展開されていくようになればいいですね」と願う。これらの都市開発ソリューションはそこでもまた、大きな貢献を果たしていくことになるのだろう。
(ライター:森貞 太郎)
「未来コトハジメ」 - 日経ビジネスオンラインSpecialにて、2019年8月6日(火)公開
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