2022年4月、パナソニックは、純水素型燃料電池と太陽電池を組み合わせた自家発電により、事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うRE100ソリューション実証施設「H2 KIBOU FIELD」を稼働した。脱炭素社会の実現に向けて世界各国が目指す2050年のカーボンニュートラルには、化石燃料から自然エネルギーへの転換が必要不可欠。純水素型燃料電池「H2 KIBOU」は、水素を利用して発電し、天候や季節に左右される再生可能エネルギーの不安定な部分を補う。
水素社会の未来を担うソリューションや商品はいかにして誕生したのか。開発者たちの苦悩とマインドに迫る。
武部 安男(たけべ やすお)
パナソニック(株)エレクトリックワークス社
スマートエネルギーシステム事業部 燃料電池事業横断推進室
1994年入社。1999年から本社技術部門で燃料電池の研究開発に参画し、エネファームの燃料電池スタック開発、知財戦略、欧州事業展開に従事。2014年から水素燃料電池の事業立ち上げを担当し、東京2020選手村やHARUMI FLAGへの水素燃料電池の導入を主導。
堀 慎一朗(ほり しんいちろう)
パナソニック(株)エレクトリックワークス社
スマートエネルギーシステム事業部 燃料電池技術部
2007年にキャリア入社。AVCネットワークス社でプラズマディスプレイパネル開発に携わる。2015年からエネファームの燃料電池システム開発に参画、2018年から水素燃料電池システムの開発リーダーを担当。2021年にはHARUMI FLAGへ導入する水素燃料電池の商品化を実現。現在、プロジェクトリーダーとして次世代モデルの開発を推進中。
想いをカタチに、そこがスタートライン
福澤: 昨年10月に純水素型燃料電池「H2 KIBOU」を発売されました。商品の特長や開発で苦労した点などを教えてください。
武部:発売から10年以上たち、累計20万台の出荷実績がある家庭用燃料電池「エネファーム」で培った信頼と技術をベースとした『つくれないところに、発電所をつくる。』をコンセプトにした商品です。純水素型燃料電池として業界最高の発電効率56%を実現。複数台連結可能で拡張性が高く、5kWと小型のため、ビルの屋上や建物周りの空き地など、さまざまな設置条件に柔軟に対応できます。エネファームは燃料処理機を用いて都市ガスから水素を作りますが、H2 KIBOUは水素を直接供給します。簡単に言うと、エネファームから燃料処理機を引き算したものなので開発はしやすかったですね。開発リーダーの堀さんに言ったら怒られるかな(笑)。
堀:異議ありです(笑)。私も最初はエネファームの技術を流用すれば動くだろうと思っていましたが、そんな簡単なものではなく、水素を有効活用できる燃料処理機がないがゆえに、水素を無駄なく使う点に苦労がありました。我々が強くこだわったのは業界最高発電効率。発電に使われなかった水素を効率良く循環させて再利用し、発電効率が最大になるように制御するシステムの開発や、発電効率と耐久性の両立が難しかったです。実験開始した当初は、エネファームで9万時間の使用に耐える心臓部のスタックが1カ月くらいで壊れ、「どんな使い方をしているんだ」とスタックチームから怒られることもありました。
武部:発電所にあるコンバインドサイクル発電方式(※)の最新設備と比べても業界最高と言える商品が作りたくて。燃料電池を世の中に認めてもらうために、小規模から大規模まで、どのレンジでも勝てる商品を目指してむちゃな要求をし続けました。
※火力発電の一種で、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた複合発電方式
福澤:エネファームとは似て非なるものですね。持続可能な社会の実現に向けて、今後ますます注目される事業だと思いますが、開発をスタートするきっかけは。
武部:社内外へ水素の有用性をアピールするために、東京2020大会に向けた2015年のプライベート展示会「Wonder Japan Solutions」で水素燃料電池のモックアップを展示し、実際に店舗を作って使用シーンを提案しました。デザインや仕様など全く決まっていない開発前の段階だったので、「エネファームの技術を使えばすぐにでも実現できます!」と大風呂敷も広げましたが(笑)。展示会の来場者アンケートで関心度2位となり、当時の東京オリンピック・パラリンピック推進本部の強力な後押しもあって、東京2020大会の選手村やHARUMI FLAG(※)への導入も決定。2016年から本格的に研究開発がスタートしました。
※東京2020大会選手村跡地の大規模まちづくり事業
福澤:当時はまだカーボンニュートラルなど言われていなかったと思いますが、10年後、20年後を見据えたバックキャスト思考でスタートしたのでしょうか。
堀:将来、水素燃料電池のような設備は必ず必要になるという強い想いで開発してきましたが、正直もう少し先の話だと思っていました。当時はまだ水素への理解がなく、「エネファームの開発を優先してほしい」と言われたことも。でも、実際に選手村やHARUMI FLAG、草津にあるRE100ソリューション実証施設「H2 KIBOU FIELD」の完成CGなどで活用例を見せていくと、社内外から多くの反響がありました。皆さんも太陽光だけでは安定的に電力を供給できないという共通の悩みを持っており、それに対する答えを求めていたのだと思います。
福澤:そうした悩みや、水素に対する期待が高まっている中、具体案を出したことで多くの人が興味を示した。
武部:まずは、水素社会をリアルに感じてもらうために、できるだけ「完成形を見せる」ことにこだわりました。「H2 KIBOU FIELD」もその一つ。この工場をCO2ゼロにするというのが目標ではなく、工場の電気を水素で賄えるというのを実際に見せていく。形を提示すれば、その先の使い道は、お客様を含む周りのみんなが考えてくれます。実際にH2 KIBOUを発売した後も私たちが考えていなかった使い方やアイデアがたくさん出てきました。「H2 KIBOU FIELD」のきっかけになったのは、当時の事業部長からの宿題で、燃料電池工場を再エネだけで動かすにはどうしたらいいか、を考えたことです。でも、工場の屋根に太陽光パネルを載せるだけでは全体の20%しか電気を賄えないことが分かって。水素燃料電池を100台並べたら、残りの80%がカバーできますと冗談っぽく伝えたら、「よしそれで行こう!」と。まさに「ひょうたんから駒」ですね。
堀:開発段階では5kWの機器を最大でも10台連結する程度の想定だったため、100台並べるなんてありえないと思いました。もともと大型化が難しいエネファームに代わる業務用として、店舗やHARUMI FLAGの水素インフラ向けなど、中規模的なところをターゲットにしていたので、連結して500kWの発電施設を造ると聞いたときは驚きましたね。ちょっとした発電所やん!って(笑)。
福澤:小型の燃料電池を連結させてRE100化するという発想にどう行き着いたのかというのは疑問に思っていました。大規模なインフラ向けに必要な電力量を考えると、最初から大きいものを作ろうとするのが普通かなと。周りのアイデアから想定とは全く違う使い方になったのは面白いですね。
世の中が求めるものを、お客様と一緒になって考える
福澤:開発・改良を積み重ねる上で大切にしていることはありますか。
堀:ここに異動してきて7年になりますが、以前はプラズマディスプレイの開発を担当していました。当時のプラズマテレビは全社を挙げて取り組んでいた商品。技術者として相当なプレッシャーを感じる中、良いものは作ったけれど、事業では負けてしまったという苦い思い出があります。その時に感じたことですが、自分たちが良いと思っているものが、必ずしも世の中が求めているものではないということ。お客様の声に耳を傾け、真に求めているものは何かを探ることが何よりも大切だとその時に学びました。H2 KIBOUの開発ではお客様から気付かせていただくことがたくさんありました。お客様と会話する中で次から次にいいアイデアが生まれ、それをいち早く実現するために、初号機を発売する前から次の機種の開発に取り掛かっています。
福澤:商品を発売する前から......、それは珍しいことなのでしょうか。
堀:珍しいですね。私は初めての経験でした。通常は発売後しばらくしてから次の開発がスタートします。
福澤:4月より事業会社制に移行し、改善のスピードを上げるというのは一つの大きなテーマ。まさにそれを体現されていますね。
堀:水素事業では、地球環境問題やカーボンニュートラルなど共通の困りごとを解決するために、H2 KIBOUでできることを一緒になって考える。お客様と今までにない一体感を抱いています。また、お客様の意見を基に、技術だけでなく、事業企画や商品企画、営業も含め一つのチームとなって検討し、次の機種の改善につなげることができています。
武部:通常の開発プロセスは、営業が集めたお客様の声を基に、企画が開発目標などを定め、技術が提示された仕様に従って開発に取り組みます。でも、堀さんはお客様との会議にも積極的に参加して、営業以上にお客様の声を聞き、なぜそれを必要とするのかという背景を知りたがります。
堀:水素事業は未来につながる新しい取り組みで、世の中にまだ正解がありません。また、家電を手掛けてきた私たちにとって良いと思っていることが、インフラや設備関係の分野では必ずしも正しいとは限らない。だからこそ、お客様の声をしっかり聞くことを心掛けています。
福澤:技術者は決められたフィールドの中で、自分たちが良いと思うものを信じて一生懸命開発をするというイメージがありました。
武部:私も仕事に垣根を作らないようにしています。企画担当ですが技術以上にドライバーを手にして、実証機の整備もします(笑)。そうすることで、お客様からの質問や要求に対し、実現可能かどうかの線引きも含めて、より分かりやすく説明することができています。
福澤:担当業務外の取り組みなど、2人の仕事の進め方に職場の理解はあったのでしょうか。
堀:そこについては意見が衝突することもありました。「担当外の業務に手を出す前に、まずは足元の担当業務に注力しなさい」という雰囲気は強かったかもしれないです。でも、商品をもっと素晴らしいものにしたいという思いが根本にあり、そのために必要だと思う仕事をしていると勝手に活動のフィールドが広がっていました。
武部:研究所の方で基礎的な開発をしていただきましたが、事業化については私と堀さんの2人でスタートした零細チーム。最初はみんなエネファームとの兼務で、水素に100%力を割けずに、少ない時間やリソースを使いながら開発をしていました。そのため、実際は1人で何役もやらざるを得なかったというのもありますが、フィールド外のことにも興味を持ち、アンテナを広げて活動することが、結果的に自身の業務にプラスになる。10年、20年後の未来を見据えたバックキャストの視点で考えると、今は一見無駄に見える活動も、後になって生きてくることがあるのを実感しています。
今よりもっと良い社会を次世代へ
福澤:最後に。水素社会の実現に向けて、今後の展開と目標を教えてください。
堀:これまでは家庭用燃料電池という領域で商品を展開してきました。しかし、業務用水素燃料電池という新たなフィールドでは、もちろんエネファームの技術がベースとなりますが、B2Bの設備商品として機器に持たすべき機能の考え方は180度変わってきます。機器のコストダウンだけでなく、大規模設置のための施工をより簡素化していくなど、お客様に突き刺さる商品開発をしていかないといけません。市場やお客様の声を聞きながらH2 KIBOUを真のB2B商品にしていきたいです。
武部:水素を活用することでCO2削減に大きく貢献し、地球環境問題解決やカーボンニュートラルに向けて、世の中が少しでも前進した状態で次世代にバトンタッチしたいという私たちの強い想いがあり、これがこの水素事業のベースとなっています。今回「H2 KIBOU FIELD」という一つの形を見せたことで、これから様々な業種の会社や海外メーカーなども参入してくると思います。ライバルが増えて競争は熾烈になりますが、市場が活性化することで水素社会の実現がぐっと近づく。私たちはその火付け役として業界をリードする存在になり、水素が現在の都市ガスのように当たり前に使われる社会を作っていきたいですね。
「完成形を見せる」ことにこだわり、目標が実現可能だと感じてもらう取り組みを続けてきた。「できる」と思うことがモチベーションにつながり、大きなイノベーションを生み出す。意識一つで結果は大きく変わる。陸上の100m走で、1人の選手が国内初の9秒台を出した途端に、立て続けに9秒台で走る選手が出てきたように。たった2人でスタートした事業が、まだ遠い未来だと思っていた水素社会の実現を加速させる。世の中が真に求めているものを探りながら、進化し続ける水素事業にこれからも注目していきたい。
Interviewer & Writer:福澤 達哉(ふくざわ たつや)
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 コーポレート広報センター
元バレーボール日本代表。2008年には北京オリンピックに出場。2009年にパナソニック パンサーズに入団し、国内タイトル3冠を3度達成するなどチームの優勝に貢献。2015-2016年にブラジル,2019-2021年にフランスリーグでプレーするなど海外でも活躍した。2021年8月、現役引退。
水素社会の実現へ。「H2 KIBOU」が切り拓く未来とは......。