東京・晴海に広がる約18haの区域で開発中の新しい住宅地「HARUMI FLAG」。その未来性の一つは、水素を活用した街づくりにある。水素ステーションからパイプライン経由で純水素型燃料電池に水素を供給し発電する仕組みは、実用段階のものとしては国内で初めて。それだけに水素供給事業の法律上の位置付けやパイプラインの仕様などは国と協議を重ねながら確定させるなど苦労を伴った。水素を活用した街づくりの未来を探る。
本記事の要約
●2020年東京五輪・パラリンピックのレガシーとなる新しい住宅地「HARUMI FLAG」では、エネルギー事業者6社が国内で初めて水素インフラを社会実装する
●エネルギー事業者は事業領域ごとに役割分担し、水素ステーションの整備・運営、パイプラインの敷設、純水素型燃料電池の開発などを進める
●パナソニックは、純水素型燃料電池を開発。家庭用燃料電池システム「エネファーム」の技術を基に性能を高め、国内4カ所で実証実験を重ねてきた
●同社では、水素を活用した街づくりを、水素を効率良く「つかう技術」で後押しする。今後は、水素を「つくる技術」や「ためる技術」の開発も本格化させる方針
・本格的な水素インフラを備えた国内初の街
・純水素型燃料電池を2021年4月めどに開発へ
・エネマネで街全体の消費電力平準化
・国内初の試みだけに検討・協議に苦労
本格的な水素インフラを備えた国内初の街
「HARUMI FLAG」は本格的な水素インフラを備えた国内初の街でもある。都心部と臨海部を結ぶ東京・晴海の一角、約18haの再開発事業区域に、分譲・賃貸街区合わせて計5632戸の住宅が2024年をめどに誕生する。近くでは水素の供給拠点になるステーションが計画中。そこから5つの街区に水素を送り届けるパイプラインは一部の区間を除き、道路下に埋設済みだ。パイプラインは今後、各街区に設置される純水素型燃料電池につながる。
この街で水素を活用する計画は、区域内で進められている再開発事業の施行者である東京都が打ち出していたものだ。
都が2016年3月にまとめた環境基本計画の中では、「水素社会実現に向けた取組」の一つに「東京2020大会を契機とした水素利活用」という項目を掲げ、選手村では「日本初の本格的な水素供給システムを実現し、水素社会の実現に向けたモデルとする」と記していた。また同じく2016年3月に発表した「東京2020大会後の選手村における街づくりの整備計画」でも、①水素ステーションを整備し、BRT(バス高速輸送システム)やFCV(燃料電池車)に水素を供給する②住宅共用部や商業棟に次世代型燃料電池を供給する③分譲棟各住戸に家庭用燃料電池「エネファーム」を設置する――という水素活用に向けた大きく3つの方向性を示した。
東京都の井川武史氏は、エネルギー源としての水素の可能性をこう指摘する。「水素は利用段階で水しか排出しない環境性能を持ち、災害時は独立したエネルギー源としてリダンダンシー(多重性)を確保できることから、普及拡大が期待されます。再生可能エネルギー由来の水素利用が実用化されれば、低炭素時代の街づくりの切り札になるとみています」。
都は2016年7月、水素活用の具体化に向けた検討に対する協力を得る民間事業者として東京ガスを代表とする企業グループを公募・選定。さらに外部有識者を交えた「選手村地区エネルギー検討会議」を設置し、検討体制を整えた。こうした検討体制の下で2017年3月に作成されたのが、「選手村地区エネルギー整備計画」である。
整備計画では目指すべき将来像として、①自立分散型のエネルギー供給の促進②快適性とエコな暮らしの両立③環境先進都市のモデルづくり――の3つを挙げる。井川氏は「これらを念頭に置きながら、低炭素社会の先駆けになる街づくりを進めていきます」と、計画実現に向けた決意を語る。
純水素型燃料電池を2021年4月めどに開発へ
「HARUMI FLAG」で水素インフラとして整備・設置されるのは、冒頭に紹介した水素ステーション、パイプライン、純水素型燃料電池の3つ。これらを利用したエネルギー事業を担うのは、都の公募で2017年9月に事業予定者として選定された東京ガスを代表とする民間4社(選定当時、現在は6社)の企業グループだ。
近くの都有地約4,800㎡を定期借地で借り受けて水素ステーションを整備・運営するのは、グループの構成員であるJXTGエネルギーだ。同社では都心部との間を結ぶBRTや路線バスのFCVに水素を供給するとともに、道路下に埋設されたパイプラインを通じて各街区に供給される水素をステーション内で製造する。
パイプラインを敷設し、ステーションで製造された水素を各街区に供給するのは、グループを代表する東京ガスが水素供給事業のために2017年10月に100%子会社として設立した晴海エコエネルギー株式会社である。同社は各街区に設置する純水素型燃料電池を保有し、それを街区単位の管理組合など街区管理者側に貸し出す。
純水素型燃料電池が生み出した電力や熱は、街区管理者側が需要家として利用することになる。住宅街区においては、4つの街区の中で電力を供給し、さらに足湯を備えたラウンジを持つマンションのある街区と共同の入浴設備を持つ高齢者住宅のある街区の2つでは熱も供給する方式を採用している。
住宅街区に純水素型燃料電池を提供するのは、エネルギー事業を担う企業グループの構成員であるパナソニックだ。発電出力5㎾・定格発電効率56%(LHV)を目標スペックとする燃料電池を、2021年4月をめどに製品化する。住宅街区では各街区でこれを6台連結し、発電出力30㎾を確保する計画だ。
同社では1999年から家庭用燃料電池「エネファーム」の開発に取り組み、2009年には一般販売に踏み切った。パナソニックの山本恵司氏は「販売開始以降も、耐久性、サイズ、効率性、設置性、レジリエンス性、コストの面で改良を重ねてきました。この間、培ってきた技術を生かし、純水素型燃料電池でも効率性や耐久性を追求していきます」と力強く語る。
その製品化に向けては実証実験も重ねてきた。山梨県と東京電力が共同で建設した太陽光発電所PR施設「ゆめソーラー館やまなし」(山梨県甲府市)、「静岡型水素タウン」の実現に向け静岡ガスが静岡市内に建設した定置式水素ステーション、パナソニックの工場跡地を開発した「Tsunashima サスティナブル・スマートタウン(Tsunashima SST)」(横浜市港北区)、滋賀県のパナソニック草津工場で、開発中の燃料電池1~3台を稼働させ、その性能を確認してきた。
エネマネで街全体の消費電力平準化
性能の高さと並んで評価されているのは、そのサイズだ。目標スペックは900×500×1800mm。三井不動産レジデンシャルの髙木洋一郎氏は「HARUMI FLAG」の住宅開発を担う民間事業者グループの代表企業の立場で、それを都市型でコンパクトと評価する。
「水素を活用した街づくりという観点から言えば、プレイヤーをどう決めればいいかという点が課題でした。純水素型燃料電池を需要者側としてどう選ぶかという点でも、カタログや発注実績を基に決めるものではありません。将来のことですから、何を開発しているか、どこまでできるか、確認していかないといけません。そうした中でパナソニックでは、住宅街区の一角という設置環境にマッチした都市型の製品を先んじて開発していました。それが、目に留まったのです」
住宅開発を担う民間事業者グループでは分譲棟各住戸に設置する家庭用燃料電池「エネファーム」にもパナソニック製の最新機種を導入する。各住戸では家庭用蓄電システムや同じくパナソニック製のHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)と組み合わせ、家庭で消費する電力の最適制御を行う。
「HARUMI FLAG」では水素を活用するとはいっても、それだけに頼るわけではない。区域内には系統電力も引き込まれる。現在建設中の高層マンション21棟の共用部には太陽光発電システムや蓄電システムも設置される。これらを組み合わせながら、街全体の管理組合や街区単位の管理組合など街区管理者側が別個のエネルギーマネジメントシステムを利用し、電力消費の平準化を図っていく。
髙木氏は「街区共用部の電力をMEMS(マンションエネルギーマネジメントシステム)で管理する一方で、街全体のサーバーに各街区のデータを取り込み、全体として電力消費にどのようなトレンドがあるか確認できるようにし、系統電力への依存度やエネルギーコストをできるだけ抑える運用を目指します」と将来をにらむ。街区単位に設置するこのMEMSにも、パナソニックの製品を導入する。
こうした水素インフラを本格的に社会実装した街は、「HARUMI FLAG」が国内で初めてだ。エネルギー整備計画の段階では水素供給事業はガス事業か電気事業か、位置付けが明確ではなかったが、ここではガス事業法の適用を受けるガス事業という整理がつけられた。パイプラインの敷設に関する技術基準には、中圧ガス導管に適用される技術基準が原則として適用される。
国内初の試みだけに検討・協議に苦労
ただガス事業法を所管する経済産業省では、パイプラインでの水素供給に関する安全性は別途評価する必要があると判断し、水素供給設備に関してはすでに委員会を立ち上げ、その安全性を評価してきた。そこで認められた仕様は、中圧ガス導管と同じ仕様に一定の防護措置を加えたもの。具体的には、埋設する深さを120cm以上に深くした上で、道路上の各種工事でパイプラインを損傷することがないように導管上に防護用の鉄板を巡らせた。
また安全確保の観点から、都市ガス同様、地震計、圧力計等を設置し、供給状況を監視する。晴海エコエネルギー株式会社の担当も兼務する東京ガスの福地文彦氏は「センサーにて異常値を検出すると、速やかに水素ステーション内に設置する供給設備にて供給遮断する仕組みです」と説明する。
水素供給事業者としての苦労は、国内初の取り組みゆえにこうした点を一つひとつ検討・協議しながら決めなければならなかった点という。「ガス事業法において純水素供給への対応実績がないため、各種の規制をどう解釈し、どう扱うか、課題が生じます。大きな山場は超えましたが、運用段階での課題には今後も対応していくことになりそうです」(福地氏)
水素を活用した街づくりの未来を、どうみるか――。
エネルギー事業者としては、「さまざまなエネルギーがある中で低炭素社会づくりに何がどう貢献できるか、見定めている段階です。水素はその選択肢の一つ、可能性はあると思います」(福地氏)とみる。街づくりを担う開発事業者からは、「水素は蓄電池のような貯蓄性の高さが魅力です。開発区域内に一定量を貯蓄できれば、災害時も安心です。純水素型燃料電池が生み出す熱も生かせる複合用途の開発に向いているのではないでしょうか」(髙木氏)との指摘も聞かれる。
「HARUMI FLAG」を起点に国内外に広がりを見せていくであろう水素を活用した街づくり。パナソニックではそれをまず純水素型燃料電池の開発で後押ししていく。今後は、水素を効率良く「つかう技術」に加え、水素を「つくる技術」や「ためる技術」の開発も本格化させていく方針だ。
(ライター:森貞 太郎)
「未来コトハジメ」 - 日経ビジネスオンラインSpecialにて、2019年8月20日(火)公開
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