2022年4月、パナソニックグループは事業会社制をスタートさせた。新たな体制におけるパナソニックのブランド戦略とは。パナソニックブランドの現状、そして今後の役割とは何か。元バレーボール日本代表・福澤 達哉が、パナソニック ホールディングス(株)ブランド戦略・コミュニケーション戦略担当 執行役員の森井 理博に聞いた。
20代におけるパナソニックブランド認知率は、日本でも53%
福澤:私は昨年までバレーボールチームのパナソニック パンサーズに所属し、アスリートとしてパナソニックブランドを背負って活動していました。小・中・高生を対象にしたバレーボール教室では、よく子どもたちに「パナソニックを知っていますか」という質問をするのですが、時には数人しか知らないこともあって、今の子どもたち、若年層は、パナソニックに触れる機会、知る機会が減っているのではとの危機感を覚えています。パナソニックブランドの現状をどうお考えでしょうか。
森井:まさにその通りです。当社の調査によると、今や20代の方々のパナソニックブランド認知率は、日本でも53%。これには私も衝撃を受けました。私が子どもの頃は、多分日本の国民全員がナショナルや松下電器を知っていたと思います。それが残念ながら、今や半分に低下してしまっている。
私たちにとってはそこが一つの起点です。私たちの扱っている商品は、家電のようなBtoCも、BtoBも、長い期間にわたり消費されていくものです。20代の方々は、今後ご家庭を持ち、いわゆるくらしの中核になっていく。またビジネスの面でも、今や若い年齢で事業の大きな意思決定をされている方も全く珍しくありません。私たちの間では「Evoked Set(エボークトセット)」と言いますが、こうした方々が何かを購入する、投資するとなった際、その頭にパッと浮かぶブランドにパナソニックがなれているかどうかなんですよね。将来のパナソニックブランドを考えれば、この層に対して今手を打たないと本当にまずいという危機感を持っているのです。
福澤:今こそ、パナソニックの戦略としてブランドを世に出していかないといけないということですね。そのブランドを考える上では、客観的に会社を見ることが非常に大事だと個人的に思っています。森井さん自身も多種多様な業界で、特にブランドの領域を中心にキャリアを積んでこられましたが、パナソニックブランドにはどのような印象をお持ちでしたか。
森井:私が高校生の頃、ナショナルの「光のメニュー」というテレビCMがありました。フルーツの中に電球が隠されていて、皮をむいていくと電球が現れる。これが非常に印象に残っていて、すごくカッコイイ。斬新でした。当時、ナショナルブランドが光り輝いていた時代が、私自身の子どもの頃の体験として残っています。
これが1980年代初頭ぐらい。業績の面でも、その直後の1984年、当社は営業利益の最高益を出しています。もちろん会計基準や会社の姿も今とは違いますが、残念ながら、それから30年以上経った今も、その水準は超えられていない。だからこそ、私たちは今競争力をつけなければいけない。これはブランドも同じです。
福澤:今現在の立場では、どのような課題認識をお持ちでしょうか。
森井:直近の社会の流れを見れば、ブランドを取り巻く環境も大きく変わっています。例えば、GAMA(※)などに代表されるようなITを基軸としたサービス型のビジネスが台頭し、企業とお客様との関係に大きな変化が起こっています。またビッグデータや、AIに象徴される、急速なデジタル化の進展が引き起こした、パーソナライゼーションの波もその変化に拍車をかけています。加えて、ESGやSDGs、人権など、社会における価値観も急速に変化しているのです。
かつて、ブランド戦略においては「コーポレート・アイデンティティ」という、いかに企業の独自性や特性を伝えるか、ということが重視されていたのですが、今は社会やお客様との関係性をちゃんと反映させたものでなければなりません。そして現在、パナソニックブランドがこの流れに対応できているか。これはまだまだ多くの課題があると思っています。いかに自分たちの会社のことを伝えるか、ではなく、社会、人類、地球にとって何が意義のあることなのかをしっかり考えながら活動をしていかなければならないのです。
※GAMA:米国の主要IT企業Google、Apple、Meta、Amazonのこと
経営基本方針の浸透においてもブランド・コミュニケーションの役割は大きい
福澤:昨年秋、パナソニックグループでは「経営基本方針」が刷新されました。私自身も経営理念・経営基本方針は私たちの大きな強みだと感じています。
森井:開発・製造・販売といったバリューチェーンの全てにおいて、競争力を高めていくための方法論はたくさんありますが、最も重要なのは「経営の要諦」。つまり何のためにこの会社が存在しているのか。それは「物と心が共に豊かな理想の社会」を実現するということですよね。
そのために、自らの行動や考え方について、もう一度、私たちの拠り所である「経営基本方針」に立ち戻りましょうということです。ただ、「経営基本方針」自体も20ページぐらいあるんですよ。じゃあ、それを定着・浸透させるためにどうするのか。
例えば、今回、社員向けに「経営基本方針ハンドブック」というものを作りました。これはイラストなども活用し、社員に分かりやすく、また自分ごとと捉えやすいように作られています。このように、「経営基本方針」そのものはグループの経営の一環として発信されましたが、それを浸透させるのもブランド・コミュニケーションのミッションだと思っています。
福澤:なぜ今、「経営基本方針」が必要なのか。パナソニックのような大きな会社だからこそ、こういう心の拠り所があることによって、同じ方向に向かって進んでいけるのだろうな、とすごく感じました。
森井:バレーボールなどスポーツの世界でも、個々の力が強いだけでなく、チームワークが良くなければ試合には勝てないですよね。それと同じだと思います。「共通の価値観」をもう一度きちんと取り戻せば必ず会社も強くなるし、ブランドも輝くと信じています。
福澤:「経営基本方針」には、「競争力=お客様に選ばれること」との言及もあります。お客様に「選ばれる」ためにブランドが担う役割とは何でしょうか。
森井:「選ばれる」とは、「品質・コスト・サービスで誰にも負けない」こと。そしてその主役は事業会社です。
では、ブランド・コミュニケーションとしては何ができるのか。私はこれを土地と家に例えることが多いのですが、ホールディングスとしてやるべきは「どれだけいい土地を整えるか」だと思っています。そこにそれぞれの事業会社が魅力的な家を建てる。事業ごとに環境も状況も違うため、家を建てること自体はそれぞれの事業会社がやらなければならない。ただ、その土台となる「いい土地」については、私たちホールディングス側がやるべきだと思っています。この「土地」とは「経営基本方針」そのものです。
その中で私たちが一番説明しないといけないのは、「パナソニックの存在意義=パーパス」。これをブランドスローガンとして「幸せの、チカラに。」という言葉で端的に表しました。この言葉を世の中に伝えていくことが、ブランド・コミュニケーションの一つの役割になると考えています。
福澤:私たち従業員が「経営基本方針」をしっかり理解することはもちろんですが、その一方でお客様に対しては「幸せの、チカラに。」という端的な言葉で当社の「パーパス」を示し、「パナソニックはこういう会社だ」というのを理解していただくと。
森井:その通りです。よく、「パナソニックって何屋なの」と言われるのですが、当社グループには多くの事業があり、従来はこれらの最大公約数的なメッセージを伝えようとしてきました。しかしこれは非常に難しい。やはり、私たちは何のために存在しているのか、お客様、社会にどんな貢献ができるのかを示す必要があります。
そこで、私たちはグローバルのSNS等で語られている様々なテキストを分析し、世界中でどのような価値観が求められているのか、調査しました。当然国や地域によって様々な考え方があるわけですが、共通の価値観が一つだけあったのです。それが「幸せ」だったんですね。しかもそれは、「良いものを買った」とか、「おいしいものを食べた」というような瞬間的な喜びではなくて、平和であったり、精神的に満たされ、くらしが安定するといった持続的な「幸せ」を実現することだったんです。
創業者 松下幸之助は「幸せが安定する」と言っていますが、まさにその言葉がそこにあったわけです。これがグループとして提供すべき共通の価値であり、お客様に選ばれるために、社会に対してお伝えしていかないといけない最大のメッセージだということで、今回、ブランドスローガンとして制定したのです。
「Panasonic GREEN IMPACT」は幸せの実現に向けた「実践」
福澤:別の観点で、世界的な喫緊の課題、地球環境問題と向き合うことについてはどうお考えでしょうか。
森井:「持続的な幸せ」を提供するためには、私たちは企業の責務に対してちゃんと向き合わないといけません。物をつくれば必然的にCO2が排出されます。「幸せ」を実現するということを究極の目的にするなら、このCO2を削減、将来的にはゼロにしていく責任を果たす、これをセットでやらないと意味がない。今、これを「Panasonic GREEN IMPACT」という言葉で表現しています。
福澤:若い人はおそらく、自分たちの未来に不安を感じています。そこに「Panasonic GREEN IMPACT」を掲げて、「パナソニックはここに向かっていく」という姿勢を打ち出す、ということですね。
森井:「Panasonic GREEN IMPACT」という言葉にも深い意味があります。少し前までは、企業の責務としてビジョンを表明することが求められていましたが、今は実際に数字を掲げて削減に向けたアクションを起こしている会社、本当にそれを社会に還元しているか否かが、グローバルで求められています。
「IMPACT」という言葉の中に、「ACT」が含まれているでしょう。これはビジョンだけではなくて、「私たちは実践するんだ」という覚悟を込めています。
パナソニックグループとして積極的に発信していきますが、これは単に私たちだけの取り組みではなく、製造業、ひいては日本全体の成長戦略にもつながっていくものと私は信じています。
ブランドとは「絆」である
福澤:パナソニックが環境分野で世界のリーダーになっていく、そういう意志の表れですね。ブランドは単なるロゴやマークではなく、まさに私たちの活動の象徴だということが大変よく分かりました。
森井:先ほど、お客様や社会との関係性という話をしましたが、私はブランドとは「絆」だと思います。エンドユーザーのお客様、ビジネスパートナーの方々との「絆」はもちろん、事業会社も含めたグループ内をつなぐ「絆」でもあります。事業競争力を高めるために、何をすべきか。結果として社会にどう役に立つのか。そういう視点を、従業員一人ひとりが自分の意志としてしっかりと持ち、幸せの、チカラになるとはどういうことかを考えて活動していく。これこそがまさにあるべきブランド活動、コミュニケーション活動だと思っています。
その意味では、社会の皆さまに直接的なお役立ちを果たす事業活動に加え、こうしたブランド戦略・コミュニケーション戦略も、重要な経営戦略として活動していく必要があると考えています。単なる記号、単なる宣伝やマーケティング手段ではなく、パナソニックグループとお客様との「絆」として、パナソニックブランドを守り、輝かせていきたい。私はそう思います。引き続きの皆さまのご理解、ご支援をぜひ、よろしくお願いいたします。
福澤:私たちの活動によって「絆」であるブランドをつくり上げていく。その意識を持って、私もこれから取り組んでいきたいと思います。
※本対談は、感染症対策を行った上で実施しております。
森井 理博(もりい よしひろ)
パナソニック ホールディングス株式会社
ブランド戦略・コミュニケーション戦略担当 執行役員
1965年生まれ、奈良県出身。
電通で約25年勤務、あきんどスシローやPeach Aviation、PwCコンサルティングの幹部を歴任。2020年2月にパナソニック株式会社 ブランドコミュニケーション本部(当時)副本部長として入社。同年10月、同社 ブランド戦略本部長。2021年4月、同社 執行役員。2022年4月から現職。事業構想大学院大学の客員教授も務める。
福澤 達哉(ふくざわ たつや)
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
コーポレート広報センター
1986年生まれ、京都府出身。
元バレーボール日本代表。2008年には北京オリンピックに出場。2009年にパナソニック パンサーズに入団し、国内タイトル3冠を3度達成するなどチームの優勝に貢献。2015-2016年にブラジル、2019-2021年にフランスリーグでプレーするなど海外でも活躍した。2021年8月、現役引退。
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