2013年にパナソニックの社外取締役に就任して以来、本年6月23日の退任まで、9年間にわたり当社経営を支え、その変革に大きな貢献を果たしてきた大田 弘子さん。経営、風土、ガバナンス⸺この9年間、パナソニックグループはどのように変化、進化してきたのか。そして、これからのパナソニックグループに求められるものとは。当社経営を常に見守り続けてきた大田さん、そして、ほぼ同じ時期を社長として共に歩んできた、パナソニック ホールディングス株式会社 取締役会長の津賀が語り合う。
パナソニックグループはこの9年間で本当に様変わりした
⸺この9年を振り返って、パナソニックグループはどのように変化してきたと感じますか?
大田:この9年間で本当に様変わりしたと思います。最初は取締役会も、会議室の真ん中に花が飾ってあって、真夏だというのに皆ネクタイを締めて。これはすごいなと思いました(笑)。
でも私は最初からパナソニックという会社がとても好きでした。こんなに誠実な会社はないと思います。ただ、それだけに内向きのエネルギーがかかりすぎると、限りなく仰々しくなる。
私が社外取締役になった2013年は、津賀さんが社長に就任されて1年後、「今は普通の会社ではない」とおっしゃっていた時期でした。もちろん、良いところも沢山ありましたが、当時はお客様の側に立って発想するというより、技術の視点が強かった。技術が優れているだけに、実際のお客様のニーズより、技術的なこだわりの方から発想していくところがあって、結果的にはお客様から見ると要らない機能がついていたり、何を訴求したいのか分からなかったり、といったことがあったと思います。9年経って、今は徐々に解決されてきていますね。
大田 弘子(おおた ひろこ)さん 略歴
1976年一橋大学卒、(財)生命保険文化センター研究員、大阪大学客員助教授、埼玉大学助教授、政策研究大学院大学教授を経て、2002年~2005年内閣府参事官、大臣官房審議官、政策統括官、2006年~2008年安倍・福田両内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)を勤める。2008年8月に政策研究大学院大学教授に復帰し現在は特別教授。2013年6月~2022年6月当社社外取締役。
津賀:あるべき方向に少しずつ近づいてきているようには思います。でも、本当にお客様が望んでいるものを提供できているか、はまさにこれからです。
大田:私はモノづくりの現場が大好きなので、国内外ともに現場をたくさん見せていただきました。一つひとつを見ると大変優れていて、小さいところに至るまで創意工夫の塊。でも、優れたものが多いわりには稼ぐ力が弱い、というのが正直な印象でした。
津賀:パナソニックグループが大きく変われていないのは、一言で言えば「引き算が苦手」だから。もちろん現場は少しでも商品を良くしよう、という思いを持って進めています。だからこの機能を足そう、という「足し算」は得意。これを繰り返していけば、競合他社に追い付かれないはず、という思いが根底にある。でも、お客様にとって本当に意味があるのか、という視点は弱くなっていたのだと思います。勇気を持って、思い切った「引き算」の判断が中々できないという面はあったと思います。
大田:稼ぐ力をつけるには結局、それぞれの事業が背水の陣の覚悟を持つ、持株会社制(事業会社制)にいくしかないのかなと素人ながらにも思っていました。でも、そこに至るにはさまざまな改革が必要だったのですね。津賀さんのもとで全事業の「見える化」が進み、社長を退任される3年くらい前から急速に構造改革が進んだ印象です。
津賀:当時、松下電器、松下電工、三洋電機が一つの会社になった。全てが良いところを持っている中で、社内向けスローガンとして「Cross-Value Innovation」という言葉を掲げ、人財交流とか組織の組み換え、さらには気持ちの面も含めてこの3社が、真に一つになるまでは丁寧にやろうと決めていたんです。そういった取り組みにある程度の目途がついたら、今度はあるべき姿に向けて進みやすい形にしようということで、最後の3年くらいで会社の形の検討を進めたんです。もっとも、私は9年も社長をするとは思っていませんでしたが(笑)。
一人ひとりが仕事の面白さを見つけ出し、外に向けて完全開花してほしい
大田:本当に格闘の9年間だったと思います。1年1年が大変。それがリーダーの厳しさなのでしょうね。それに、デジタル化の動きがあまりに速かった。パナソニックグループでも外部の優れた人を採用したり社内への発信を強化なさったり。社内報にも、デザイン経営、ソフトウェアなど津賀さんが伝えたいメッセージがありありと出ていました。しかし、これだけのビジネスモデルの転換は、過去の成功体験を捨てるということなので、簡単には進みませんでしたね。
津賀:ハードウェア単体の価値は徐々に陳腐化していきます。結局、価値はサービスにあって、そのために必要なハードウェア、ソフトウェアが存在するということなんです。そこを理解しておかなければ、お客様第一と言ってもハード主体の古いお客様第一しか実現できない。一方、パナソニックのショップ店では、故障や災害などでお客様がお困りになれば、自分たちの枠を超えてお役立ちを提供しようとされる。普段はハードウェアも取り扱っていますが、主はあくまでそのお役立ち。そういうことができる会社でないとお客様に選んでもらえなくなると思います。
大田:パナソニックグループにはその素地は十分にあります。これほど消費者の言うことにまともに向き合おうとする会社はあまりありません。ただ、お客様の立場に立つマインドは十分にあるんだけれども、一方でかなり頑固で、現状維持バイアスが強いところがありますね。
津賀:あると思います(笑)。過去に多くの失敗体験をしてきたので、失敗をしないようにというマインドになってしまっているのが一つの要因だと思います。でもチャレンジしないと本当の意味での失敗もなければ本当の意味の成功もありません。
大田:デジタル化は顧客が原点にならないと意味がないので、パナソニックグループにはその発想はあるはず。でも習慣としてそこに立っていなかったと。
津賀:そういう意味で、お客様と直には向き合えていなかったのでしょうね。やはりその裏には良いものであれば大量に生産して、広くあまねく皆さんに商品を使っていただくのが大きな貢献である、という思いがあったんですね。これは、半分は正しいけれども半分は違う。
大田:パナソニックグループの現場は常に創意工夫しています。あの創意工夫が顧客ニーズにがっちりとかみ合って、真のニーズを捉えるところから試行錯誤が始まれば、社員一人ひとりの能力が完全開花すると思います。本当に良い会社だし信頼度の高い会社ですが、ダイナミックで面白い会社、アグレッシブに戦う会社というイメージが弱い。一人ひとりが仕事の面白さを見つけ出し、内向きエネルギーではなくて外向きのエネルギーになったときに本当の力が出ると思います。優れた人が沢山いるので、ぜひ外に向けて完全開花してほしいですね。
津賀:今回の、事業会社制への体制変更を経て、少なくとも社員一人ひとりが、やらされ感ではなく、自分の意志でやるんだ、というマインドに繋がれば。
大田:先般、ワイルドナイツがジャパンラグビー・リーグワンの初代王者になりましたが、あのラグビーのプレーのように、一人ひとりが環境変化や動くべき方向を捉え、考えて判断し、そして戦略をダイナミックに変えながらチームとして行動していく。これからのパナソニックグループの組織はそうなってほしいですね。
取締役会では「本質的な議論」がざっくばらんに
⸺取締役会、任意の指名・報酬諮問委員会などにおけるガバナンス面での進化はいかがでしょうか。特に指名・報酬諮問委員会では初代委員長に就任されました。
大田:パナソニックグループがすごいのは、変わると決めたらまじめに、一気に舵を切るところなんですね。パナソニック ホールディングス(株)は監査役会設置会社なので、会社法で定められたものではない任意の指名・報酬諮問委員会を設置しています。通常、任意の「諮問」委員会の場合は、実質的に今の社長が次のトップを決めることが多く、そのプロセスが妥当かどうかを見るのが役割になります。でもパナソニックは全然違う。社外取締役の委員が、社長候補者に何度もインタビューして、委員会で本当にざっくばらんに議論しました。現職の社長がそこにいても気にしない。たとえ指名委員会であっても、あんなに自由な議論はなかなかできません。
津賀:取締役会も、昔は誰からも発言が出なくて、議長が「発言が無いので、私が質問します」という流れでしたが、以前とは本当に全く変わりましたね。
大田:私はビジネスを知りませんから発言は的外れなんですが、下手な鉄砲でも毎回撃つと決めて、意図的に発言していました。どんな組織でも「何を言い出すか分からない人が、一人はいる」というのは大事なことです(笑)。今は発言者が多くて話が止まらない。
津賀:大田さんは、自分は「経営のプロではない」と明確に言われていたと思います。でもそれがやっぱり気持ちとしては必要ですよね。経営のプロからの意見だけでは、どうしても偏ってしまう。
大田:今は良い取締役会ですよ。率直で。新しい社外取締役の選任に際して、津賀さんが希望されたのは、とにかく「ものを言う人」。ビッグネームとか、外で評価された人とか、女性がいいとかではなくて、ざっくばらんに歯に衣着せず、ものを言ってくれる人を、と。これは素晴らしいことだと思います。議長は大変だと思いますが。
津賀:タイムキーピングが大変ですよ(笑)。冒頭にネクタイの話がありましたけど、当初は社外取締役の皆さんは「大事なお客様、失礼があってはいけない」という感じでした。あえて表現するなら、大田さんにはパナソニックグループを「開国」していただいた気がします。本当に取締役会、社外役員の方々の活動が活発になり、これで社内の執行側が変わらない手はありません。社内で議論して、仮に生煮えでも積極的に取締役会にぶつける、という感じに変わってきています。
大田:本質的な議論にすぐ入りますよね。ただ、付け加えておきますが、パナソニックグループでは、「外の人間に何が分かるか」、「『大所高所から貴重なご意見ありがとうございました』と言いながら何も聞かない」、みたいなことは、最初から全くなかったですね。昔から真摯に社外役員の意見を聞こうとする、誠実な会社でした。
津賀:それだけに良くならないと、本当に頑張らないと、という思いです。
安心して変わってほしい パナソニックグループの良さは変わらない
⸺本当に貴重なお話をありがとうございました。最後、お二人から一言ずつ頂けますでしょうか。
津賀:社外取締役として9年間、本当に長い間ありがとうございました。先ほど現場訪問のお話がありましたが、実にたくさんの拠点をご訪問いただきました。そういう意味では、パナソニックグループをしっかり見ていただき、その上でご自身の役割をどう果たすか、ということをお考えいただいて社外取締役の任にあたっていただいたんだろうなと思います。それがほかの社外の取締役の方々にも伝わり、全体としてもとても良い形になった。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。あとは私たちがしっかりと結果を残して、先ほどおっしゃっていたように従業員一人ひとりが、仕事の面白さを見つけ出し、ワクワク感を持って、「やってやろう」という思いで動くような会社を目指していきたいと思っています。
大田:私もパナソニックグループに関わることができ、本当に誇りに思っています。津賀さんに最初にお会いした頃はマスメディアからの批判も多かった。当時、「津賀さんも色々書かれて大変でしょう」と申し上げたら、津賀さんは、「そんなに気になりません」と平然としておられて驚きました。これはパナソニックグループの良いところをブレずに引っ張っていく方だな、と(笑)。
その津賀さんの9年間の格闘で、やっと今、変わる舞台が整った。ここからダイナミックな会社になって、一人ひとりの能力が開花すればパナソニックグループの底力が発揮されてくる。変わってほしいなと思います。
どれだけ変わっても安心していいんです。パナソニックの良さは変わらないから。それが長きにわたってお付き合いしてきた私の結論です。どれだけ売るものが変わっても、組織の形が変わっても、パナソニックグループの誇り、長きにわたって作り上げられた中核の部分は変わりません。まさに「日に新た」で良いんです。ぜひ、安心して変わっていただきたいと思います。
津賀:素晴らしいメッセージをありがとうございます。どうしても変わるのが怖い人は多い。何かを失うんじゃないかと。でもそれは大田さんがおっしゃった通り、そんなに良いところは簡単に失わないですよね。今日は、本当にありがとうございました。
大田:ありがとうございました。
※本対談は、感染症対策を行った上で実施しております。