
2025年6月27日
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気候変動や生物多様性の損失が世界規模で急速に進む中、企業がネイチャーポジティブ(※1)に取り組む機運が高まりつつある。パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)では、カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーに加え、ネイチャーポジティブに着手し、GX(グリーントランスフォーメーション)を成長戦略の柱に据えた研究開発を推進中だ。
地球環境の課題を的確に捉えた、ビジネスの現場から次の一手とは――。2025年4月、PHD執行役員 グループCTOの小川 立夫が、株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役で、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)の事務局長も務める足立 直樹氏と、東京大学 未来ビジョン研究センター 副センター長 江守 正多教授を招き、未来を見据えて社会の仕組みづくりを語り合った。
※1 ネイチャーポジティブ:生物多様性の損失を止め、反転させること。一般に、国連生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15、2022年12月)で合意された世界目標を指す。
足立氏:気候変動や資源循環、生物多様性などの課題は、全て「ネイチャー(自然)」の問題。社会が持続可能であるためには、その基盤となる生物圏が健全でなければなりません。生物多様性は「自然の資本」。そこに悪影響を与えてしまうと、その資本がなくなってしまい、人間の生活・企業活動が成立しなくなります。
ネイチャーポジティブとは、2030年までに自然、生態系が増えるようにしていくということ。減らさないようにするだけでは駄目で、戻す・増やす、が肝心。非常にチャレンジングなことだと思われるかもしれませんが、今やらないと、もう間に合わない。その段階に来ています。
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 足立 直樹(あだち なおき)氏
小川:ネイチャーポジティブに関しては、2024年8月にも足立さんと対談し、パナソニックグループとして推進している複数の実例を発信しました。
モノを作って売るという従来の企業活動に加えて、一部の家電製品等ではリサイクルにも注力しています。近年はPGIを掲げる中で、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに関わる取り組みも推進中です。
地球環境や自然は、企業が自分ごととすべき領域なのかという意見もあります。しかし、私たちパナソニックグループは、社会との関係性を構築しながら、新たな事業の可能性やお役立ちの可能性を探っています。
パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCTO 小川 立夫(おがわ たつお)
江守氏:足立さんの話を裏付けるデータがあります。この図のように、私たちは、過去10万年の中で最も暑い地球に生きています。専門家が見ても驚くほどの高温化が続いています。気温変化シミュレーションによると、化石燃料を燃やしながら生きている人間の活動によって温室効果ガスの排出量が増え、それが主な要因となって地球の温暖化が進んでいることは間違いありません。
東京大学 未来ビジョン研究センター 江守 正多(えもり せいた)教授
江守氏:温暖化で、海面上昇、洪水、強い台風、熱波による健康被害、食料不足、水不足、生態系の損失、感染症、森林火災などが起こります。さらに温暖化が進み、地球の気温が今より4℃上がると、生物種の損失リスクは深刻なものとなります。しかしながら、現状の温室効果ガスの排出削減ペースでは、温暖化を抑制し得ません。
気候変動対策は、一刻も早く取り掛からないと人類にとって大変なことになる段階にまで来ています。しかし、インフラや社会システムが化石燃料依存のパターンからいまだ抜け出せておらず、転換スピードも投資も全く足りていないのが現状です。私たちが目指すべきは、温暖化を産業革命前に比べて1.5℃以内に抑制した世界(1.5℃目標)(※2)。そのためには今の社会の「調整スピード」、すなわち、現状の在り方を持続可能な方向に転換するスピードを加速する必要があります。私たちのこれからの選択と行動が、持続可能な世界を実現できるかどうかを決定づけるのです。
※2 1.5℃目標:パリ協定で定められた地球の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5℃以内に抑えることを目指す国際的な目標
小川:地球に生きる一人の人間として、今まさに待ったなしの状況であることを痛感します。未来を生きる子どもたちにかけがえのない地球環境を残していく。そのための最適解を得るためにも、企業もより積極的になって、社会の仕組みづくりを含め、さまざまに貢献していかねばならないのだと感じます。
小川:企業が社会の仕組みづくりにも関わるというのは、大それた話にも思えますが、いかがでしょうか。
江守氏:「社会の仕組みをつくる会社」というのは、すごくいいコンセプトだと思います。多くの企業がその思いでビジネスを推進するようになれば、地球の未来はより良い方向にかじを切れるかもしれません。
小川:企業側がビジネス領域として意識してこなかったコモンズ、つまり共有地や誰のものでもない自然環境についてより深く関わって、どうやって豊かにしていくか、再生していくかを考えていかねばならない。まずはその参画意識を持つということですね。
足立氏:おっしゃる通り、コモンズに関して国や政策に頼るだけの時代は終わり、個々の役割へとどんどん判断も行動も分散化していく傾向にあります。今後は「ローカル・コモンズ」が重要な役割を担っていくはずで、一人ひとりが自然を守り増やしていくことを自分ごとと捉え、世界中で協力し合って地球温暖化を止める必要がある。小さな範囲の小さなステークホルダーのために存在する「地域の中の自然」に目を向けてみることが、ローカル・コモンズの再生への近道と言えますね。こうした流れに合わせて、パナソニックのような企業がネイチャーポジティブのストーリーを発信し、社会をリードしてほしいと思います。そこにビジネスチャンスも眠っているはずです。
小川:PHD技術部門は、2024年7月に「技術未来ビジョン」を策定し、エネルギーや水、食料など、自然とは切り離せないテーマでも研究開発を推進していますが、カーボンニュートラルや自然への負荷を考えたとき、使う所に近い場所でエネルギーを創る方が効率的であることから、必然的に分散型のエネルギー供給などの発想が生まれています。そうした仕組みを通じて、原材料やエネルギー源等が分散型で供給され、それらがグリッドでつながり、全体的にも破綻なく機能している世界、そんなエネルギーマネジメントソサエティを創っていければよいのではないか。その実現に向けて、企業としてどのようにトランスフォームしていけるかが鍵と言えますね。
足立氏:2024年10月にはコロンビアで生物多様性条約 第16回締約国会議(CBD COP16)が、翌年2月にはイタリア・ローマでCOP16の再会合(第二部)が開催され、ネイチャーポジティブを実現するための資金調達について取り決めました(2~3,000億ドルを世界で資金調達していくことで合意)。また、生物多様性に悪影響を及ぼす活動への補助金は見直されることにもなりました。このCOP16には企業関係者も多数参加しており、今後、ネイチャーポジティブにまつわるビジネスチャンスが増えていくことも期待できます。
小川:今後、ネイチャーポジティブを推進するに当たり、パナソニックグループはどんな分野に注力していくべきでしょうか。
足立氏:創業者の松下幸之助氏の言葉を借りるなら、「物心一如の繁栄」、つまり「物と心が共に豊かな理想の社会」を実現していくために、パナソニックがネイチャーポジティブに取り組むことは世界にとても望ましいし、必要なことです。グループとして幅広い領域に関わっているので、与えられるインパクトも大きいのではないでしょうか。世界は自然と共生する社会への移行を始めつつあります。その時に、パナソニックは、水、農、食、都市の分野で、貢献可能な領域を持っていると思われます。特に水、そして食ですね。
水については、洗濯機・衣類乾燥機、食器洗い乾燥機、トイレ、バス・シャワー、電気温水器などの製品を活用しつつ、さらに分野を広げて、住宅全体や工場等の水利用の効率化、工場廃水の浄化、農場等における水利用の削減・効率化等の応用に貢献できることを示してほしいと思います。
足立氏:食や農に関する領域では、フードシステム、特に農業や畜産業が地球にかけている負荷は意外に大きいのが現状です。温室効果ガスの排出量のうち最大3分の1を占めるとも言われています。パナソニックが冷凍冷蔵庫で培われた技術・サービスによって、フードロスの削減や、コールドチェーン領域での効率化実現、また環境負荷の低い農業の支援などに取り組めば、ネイチャーポジティブの実現に大きく貢献できることになります。
足立氏:また、自社の取り組みに留まらず、他社や社会のネイチャーポジティブ化の支援にも注力してほしい。これからの成長市場も、そこに潜んでいるかもしれません。
江守氏:「世界中で協力し合うことで温暖化を止めることは可能。今、動くことが人々の健康や豊かさにもつながる」というポジティブなストーリー、ソリューションをパナソニックから率先して発信してもらえればありがたいですね。
小川:パナソニックグループが貢献できること、領域は、まだまだたくさんあるのだと思いを新たにしました。創業者が掲げていた「安心、安全、健康」といったキーワードは、グループの屋台骨とも言えますし、今後も不変の価値観です。引き続き大切に掲げながら、ネイチャーポジティブを推進するフロントランナーとなれるように、ビジネスとして持続可能かつ経済合理性のある取り組みの実践に、恐れずに挑戦していきたい。
世の中の動きも、私たちの事業環境も刻一刻と変化し続けていきますが、この先、成し遂げていく変革によって、社会をより豊かに、そしてお客様の心とくらしをより豊かにしていければと思います。
地球環境の今と真摯(しんし)に向き合い、社会の仕組みづくりから取り組む会社になる――その目標を胸に、パナソニックグループは引き続きPGIを推進し、ネイチャーポジティブに貢献する取り組みに挑戦していく。そして、企業がネイチャーポジティブに関わる重要性を社内外に発信しながら、グループ一丸となって新しい未来を切り開いていく。
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長、サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー。企業と生物多様性およびサステナブル調達の日本の第一人者として知られる。国際的な文脈の中で企業のリスクを的確に分析し、企業価値を高める経営戦略とブランディングを得意とする。
【関連団体の役職】
一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長
一般社団法人 日本エシカル推進協議会 理事・副会長
一般社団法人 いきもの共生事業推進協議会(ABINC) 理事
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー など
東京大学 未来ビジョン研究センター 副センター長、教授
東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
1997年から国立環境研究所に勤務。国立環境研究所地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室長、気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域副領域長等を経て、2022年から東京大学未来ビジョン研究センター教授。
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第5次、第6次評価報告書主執筆者。
研究分野は気候変動リスク管理、地球温暖化、気候モデル。
https://ifi.u-tokyo.ac.jp/people/emori-seita/
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