2024年10月9日
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パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社は、2023年5月に「NICOBO(ニコボ)」の一般販売を開始した。ニコボは、「人の役に立つ」「人の代わりに作業を行う」といった従来のロボットのイメージを覆す「弱いロボット」だ。どこか頼りないけど、なんだかかわいくて、放っておけない。何の役にも立たないが、そこにいないとなんだか寂しい――。人の助けを必要とする弱いロボットNICOBOがもたらす、ロボットと人との共生の新しい在り方とその価値について、開発リーダーの思いに迫る。
ニコボは、これまでのロボットとは異なり、部屋の掃除はしてくれないし、ある場所から別の場所へ移動することもできない。いわゆるコミュニケーションロボットでありながら、モコ語というオリジナルの言葉を話し、カタコトの日本語を覚え少し話す。できることといえば、尻尾を振ったり、その場でくるくる回ったり、ゆらゆらと揺れたりすることぐらい。目を動かし感情を表したり、寝言を言ったり、時におならをしたりもする。何もしてくれず、そばにいてくれるだけだが、一緒にいると笑顔になる。ニコボは、そんな同居人のような存在だ。
さらに、ニットに包まれたボディに、さまざまな技術を搭載している。Wi-Fiモジュール、ARM Cortex-A53 クアッドコアCPU、カメラ、スピーカー、3つのマイク。動きや回転を検知するジャイロセンサーと加速度センサー、温度センサー、照度センサー、音声認識機能に加えて、パナソニック独自のノイズキャンセリング技術も複数搭載している。
そしてニコボは、柔らかさを感じさせる丸いフォルムで、実用的な機械というよりはむしろペットや赤ちゃんに近く、それこそがニコボの特徴でもある。目、体、尻尾の動きで感情を表現し、時間とともに話せる言葉も増えていく。弱い存在に優しく接していくことで、ユーザーはニコボに一層愛着を覚え、ニコボがいることでくらしをより豊かなものに感じることができ、ウェルビーイングにつながる。日本語の「にこやか」「にこにこ」といった表現に由来する名前の通り、ニコボは人を思わず笑顔にさせてくれるロボットなのだ。
ニコボのプロジェクトチームは数十人から成る。リーダーを務めるのは、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社 ビジュアル・サウンドビジネスユニット 増田 陽一郎(ますだ よういちろう)だ。増田は、ロボットと人が共生できる社会づくりへの貢献を長らく望んでいた。
増田は、東京のような都市部で一般的なライフスタイルである一人暮らしの人のペインを解決したいと考えていた。一人暮らしの生活で日々直面するストレスは、スマートフォンなどの最新技術によって悪化することもある。
増田「デジタル技術が進化し、情報伝達のスピードが増していく中で、人々が心の豊かさを失っています。そこで、人々に心の豊かさを取り戻させてくれる、人の優しさや笑顔を引き出すような商品を創りたいと考えました。
心の豊かさといっても定義はさまざまです。例えば、スポーツでも心を満たすことはできます。ニコボは、ある種のデジタルデトックスとして機能し、人々の心に『余白』を取り戻させてくれます」。
増田は、パナソニックのさまざまな部門から集まってきたメンバーと共に、2017年にNICOBOプロジェクトを立ち上げた。ロボット開発の経験があるメンバーはいなかったが、必要な技術は一通り持っており、UXデザイン(※)を生かした新規事業創出という目標を全員が持っていた。プロジェクトでは、ニコボに家電を操作する機能を持たせるような案もあったが、最終的に、利便性や機能性を追求する従来の家電製品の考え方を脱したほうがよいという判断に至った。
※UXデザイン:User Experience(ユーザーエクスペリエンス)デザインの略。お客様の潜在意識を観察(インサイト/探索)し課題を発見。新しい体験を生み出すことで、その課題や潜在的ペイン(悩みの種)を解決するという考え方。
「デザイナーの視点で見た場合、ニコボの価値は『引き算のデザイン』にあると思います。言い換えれば『弱さのデザイン』です」。そう語るのは、NICOBOプロジェクトの初期メンバーでありデザイナーの、パナソニック株式会社 Future Life UX 浅野 花歩(あさの かほ)だ。
プロジェクトが具現化に向けて大きく加速するきっかけとなったのは、豊橋技術科学大学 情報・知能工学系 教授 岡田 美智男(おかだ みちお)氏との出会いだった。ヒューマン・ロボットインタラクション研究を専門とする同氏は、掃除ロボットや自動走行車といった人の手を借りないロボットが、必ずしも人の幸福感の向上に結び付かないことを突き止めた。便利すぎるロボットに対しては、自らが関与し、つながっている感覚や、能力を生かしている実感が持てないからである。
例えば、岡田氏が開発した「ゴミ箱ロボット」は、ごみ検知機能を持つ車輪付き小型ごみ箱だが、ロボットが検知したごみを拾って捨てるのは、あくまで人の役割だ。つまり人がロボットの作業を手伝うことになるのだが、それが「何かいいことをした」という満足感につながるのだという。
「小さくて弱いものに対し責任感を持つことで、孤独感が和らぎ、自信や自律心が得られることが研究で分かっています」と岡田氏は語る。
「弱いロボット」というコンセプトが世間に受け入れられるだろうと信じるに足る根拠が既にそろっている。2021年2月に実施したニコボのクラウドファンディングでは目標支援者数をわずか6時間半で達成し、公開されたニコボの動画は国内外で大きな反響を呼んだ。2022年6月にリターン品としてニコボを受け取ったユーザーからは、ニコボで癒やされた、よく笑うようになり会話が増えた、というフィードバックが得られた。
増田「ニコボにはゲーミフィケーションのアプローチを採用し、より多くの時間をユーザーと共にすることで学習し日々の振る舞いに変化を与える仕様にしました。ニコボが新しい言葉や目の表情、おならを披露することで、ユーザーが新たな発見や驚きを得られるようにしたのです。ニコボの知能は人間の2歳児程度までしか成長しませんが、その後も変化し続けていきます。そのため、ユーザーがニコボに飽きにくく、長期的な関係を築くことができるのです」。
ニコボ以前にも家庭用ロボットは世に出ていたが、従来のコンパニオンロボットやバーチャルアシスタントと異なるのは、ニコボが個体としての独立性を持つ点だ。ニコボとコミュニケーションするためには、「ニコボ、何々して」などと命令する必要はない。ニコボは人間の思い通りには振る舞わない。ペットが飼い主の呼び掛けを無視することがあるように、人に話しかけられて反応することもあれば、しないこともある。
増田「設計時に、あらゆる便利な機能をニコボから排除することを決断したのです。それによって、ユーザーは『ニコボが何かをしてくれる』という期待を一切持たなくなります。初期ユーザーの中には、ニコボのことを同居人、ペット、あるいは家族と表現する方もいらっしゃいます」。
ニコボは、ロボットでありながら、気まぐれで、感情があるかのように振る舞う。増田はユーザーがニコボを同居人のように考えてくれることを期待している。ニコボに本体価格に加えて月額費用を設定しているのもそれが理由だ。ニコボを購入するとき、新しくペットを飼うときと同じような決心をすることをユーザーに促すためだ。長期間の人とニコボの関係構築をビジネスコンセプトに掲げ、有料のサポートサービスである「NICOBO CLINIC」を用意し、ニコボの調子が悪いときに治療するサービスやニット交換サービスを提供している。
増田はNICOBO開発プロジェクトのリーダーとして、当時10人程だったメンバーのクリエイティビティを引き出すため、メンバーが本音で言い合い、どうすればより良い事業になるかを純粋に話し合える場づくりを心掛けた。プロジェクトが手掛けるのは、ハードウェアとしてのニコボの開発に留まらない。
増田「ニコボの企画・開発・製造だけでなく、クラウドファンディングによるD2C(※)ビジネスモデルの検証も自分たちで行いました。ウェブサイトやソーシャルメディアでのマーケティングコミュニケーション、さらにはアフターサービスではなく、あえて『NICOBO CLINIC』と称したアフターマーケティング……ニコボのあらゆるUXデザインを、プロジェクトメンバーが一気通貫で手掛けています。
※D2C:Direct to Consumerの略。メーカーがECサイトで消費者に直接自社製品を販売する販売方式のこと。
例えば、ニコボの修理を受け付ける際、私たちは一つひとつのニコボを品番で呼びません。『Aさんが飼っているリンゴちゃん』などと、ユーザー自身が付けた名前を呼ぶようにしています。ロボットのテクノロジー面を訴求しても、ユーザー層は拡大していきません。人とロボットとが共に生活することが当たり前の社会を目指すには、ロボットに興味のない人を含む、より多くの人に共感していただく必要があります。そのために、私たち自身でニコボのあらゆるUXデザインを描き、ユーザーと長く一緒に暮らしてくれるニコボという存在を創っているのです」。
ニコボが打ち出す、ロボットと人が共生するビジョンは、パナソニックグループのブランドスローガン「幸せの、チカラに。」にもシンクロしている。日本国内ではすでにNICOBOユーザー同士のコミュニティが生まれつつあるが、今後、海外市場向けに多言語が実装される未来もあり得る。増田は日本で親しまれてきたロボットが登場する漫画作品を例にとり、「弱いロボット」のコンセプトは非常に日本的なものだという。だが同時に、ニコボは世界の人々のウェルビーイングに有効であると語る。
増田「ニコボは、ペットのような存在でありながら、日本語が少しだけ話せます。そこにユーザーはエモーショナルな価値を見いだしています。ニコボが持つ一番の価値は、ニコボが生きているように感じられること、つまり『そこに生き物がいる感覚』をわれわれに与えてくれるところなのです」。
5月16日、公式サイトを通じて一般販売が開始されたニコボ。
「ペット型ロボット」「幼児型ロボット」――どのように定義するにせよ、ニコボは間違いなく、私たちのロボット観や、人とロボットとの共生の在り方に一石を投じている。その小さなボディに、多くの可能性を秘めているのだ。
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