水野「その体験談を聞きながら、これは、現代社会に生きる私たちにとって、ごく身近な問題だと実感したんです。
咀嚼(そしゃく)する力や飲み込む力が弱くなる摂食障害や嚥下障害――つまり『もぐもぐ、ごっくん』することが難しくなるというのは、実は誰もがいつかは経験するかもしれないこと。もし自分がうまく噛めない、飲み込めないとなったとしたら、日々の食事はどうなるか? 食べることは毎日の楽しみのひとつであることに変わりはない。でも、多くの場合、安全性を重視してとろみをつけたり、細かく刻んだり、ペースト状にしたりと、通常の食事とは違う状態に加工されます。そうなると料理としての見た目・食感が変わってしまい『私だけ皆と違う』となってしまう。その人のために食事を準備する側にとっても、毎日の調理がストレスの要因となります。
食事は本来、生きるために欠かせない、心もおなかも満たす楽しいもの。こんなふうに困る人たちが生まれないよう、パナソニックの技術を駆使して家族皆が同じ食事を笑顔で楽しめる機会を提供できないか――そう考えていたところ、GCCの存在を知り、迷わずエントリーしました」。
GCCは2016年にパナソニック株式会社に新設された、新規事業の創出を目指す組織だ。商品軸ではなく住空間・家事・育児・教育など多岐にわたる領域軸でテーマを設定し、自分のアイディアで社会の課題を解決しよう、新しい価値を生み出そう、という情熱を持った社員にとっての「発射台」となるべくスタートした。水野の企画は無事審査をパスし、彼女はGCCの第1期生として事業創出に取り組むこととなる。
当初は「調理前の食材をやわらかくする」ため長時間煮こむことを想定した調理家電を目指していた。しかし、市場調査を重ねていく中で、介護に追われながら通常食とは別に食事を作るしんどさ、高齢者は一人分の食事を作るよりスーパーでお惣菜を買って済ませるケースも多いという実態も見えてきた。
そこで、作るべきは「調理後の食材を、見た目そのままで、やわらかくできる」家電なのだという方向性が定まっていった。
2017年3月には、米国で開催された世界最大級の複合フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)」でプロトタイプを披露した。
水野「私はもともと品質管理の部署に所属していたので、エントリー当初は事業創出についての知識が豊富にあったわけでもなく、本当に大変でしたね。でも、試作品に触れた方たちの反響から、『商品化の先に必ず救える人たちがいる』という確信は一層強くなりました。負けん気を発揮して、お客様の声を少しでも多く聞くために施設などへ足しげく通いましたね。少しずつ仲間も増やして、モノづくりを進めていきました」。
その後も改良を続け、2019年、ギフモ株式会社を設立。GCCにエントリーした事業アイディアの中から、初の事業化を果たすこととなった。