2024年10月10日
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近年国内では頻発する大規模災害により、被災者の避難所生活への備えと支援に対する関心が高まっています。2022年7月、UCI Lab.合同会社(株式会社YRK andグループ会社、以下、UCI Lab.)と、国立大学法人 京都工芸繊維大学(以下、京都工芸繊維大学) デザイン・建築学系 櫛 勝彦(くし かつひこ)教授の研究室(以下、櫛研究室)は、前年8月から推進している「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」の中間報告を実施しました。デザイン思考を学ぶ学生ならではのユニークな視点によるデザインシナリオと、パナソニック独自のクリーンテクノロジーである「ナノイーX」や「オゾンウォーター」などを組み合わせることで、避難所の衛生環境改善、避難生活の質向上を実現するソリューションの具現化を目指すものです。
地震や長引く雨による土砂崩れなどの災害が数多く発生している日本。長期での避難生活では、生命維持のための最低条件を確保することに始まり、身体と精神の健康維持、さらには生きる活力の醸成など、時間が経過するとともに求められることは変化していきます。このような環境整備の取り組みは、公的機関やNPOなど民間団体ネットワークにより活発に行われています。
櫛研究室のメンバーはコロナ禍の環境下、可能な限り被災地とコンタクトをはかり、被災者・支援者に対するインタビューや対話などの細やかなフィールドワークを実施してきました。専門でもあるデザイン思考を用いて、現場の環境に根差した衛生ストレス問題の解釈を進める中、「ナノイーX」や「オゾンウォーター」といったパナソニックのクリーンテクノロジーを活用することで、アイデアで終わらせず、ソリューションとして具現化しました。
本プロジェクトの発起人となったのは大手企業の新事業開発などのサポートを手がけるUCI Lab. 代表・所長の渡辺 隆史(わたなべ たかし)氏。数多くのイノベーションのプロジェクトに関わる中で、避難所において「カラダだけでなくココロにも衛生的な環境をデザインしたい」との想いから、櫛研究室と共にイノベーションとデザインの視点で避難所生活の質向上についてアプローチを続けてきました。
「避難所の衛生環境問題は、フィジカルとしての健康は言うまでもなく、メンタルな健康面をも左右します」と渡辺氏は言います。「近年の水害被災地の例ですが、コロナ感染予防の観点から通常の炊き出しができず、パックされた食事を配るだけになったそうです。食事を受け取った人はそれぞれの家に持ち帰って個別に食べていただく形です。本来の炊き出しは、栄養補給の側面はもちろんですが、温かい食事を皆で一緒に食べることで精神的なケアの役目も果たします。でもこの状態では後者の役割は望めません。こうしたことから、避難所においてカラダにもココロにも健康な環境をいかに提供するかというのは、重要なテーマだと実感しています」。
もともと新事業開発や商品企画のプロジェクト支援などでパナソニックとも接点があった渡辺氏。「全く別のお仕事で関わらせてもらっていた『ナノイーX』や『オゾンウォーター』といったパナソニックのクリーンテクノロジーを、今回のプロジェクトと結び付けることで、ソリューションの具現化が図れるのではと気づいたのです」。
「ナノイーX」は、ナノサイズの水のカプセル。多くのOHラジカルを包み込んだ状態で、大量に空気中に放出されます。カビや花粉、菌・ウイルス、ニオイなど、目に見えない空気の汚れを抑える力を持っています。
「オゾンウォーター」は水を電気分解してつくられる、除菌作用を含む水です。オゾンは薬品や洗剤を使わず、水から作られます。時間がたつ(※)と、もとの水に戻るので、食品工場での衛生対策や農薬分解除去に使われるなど、環境への負荷が少ないのが特長です。
※2分未満
渡辺氏からのお声がけを受け、「避難所において身体にも精神にも衛生的な環境を届けたい」「生命の安全の確保に留まらず、避難所でのQOL(Quality of life:生活の質)を少しでも向上させたい」「避難生活が長期化する場合も多い中、避難所にも気持ちを整える場所や時間を創りたい」などの考えに賛同したパナソニック(株)。今回、20年以上に及ぶ空質研究開発の知見をもとに、技術支援の形でプロジェクトに参加することになったのです。
本プロジェクトの推進手法は「共創デザインアプローチ」。これは、作る側の考えを一方的に形にするのではなく、使う側であるユーザーをパートナーとし、対話を通じてデザインを進めるやり方です。
被災地でのフィールドワークやインタビューの実現にあたっては、防災士の資格を持ち、数々の被災現場をサポートした経験もある宮本 裕子(みやもと ゆうこ)氏がコーディネーターを担当。「特定の災害に偏らず、様々な災害の種類や地域を見て学ぶ」というコンセプトのもと、プロジェクトメンバーは複数の被災地への聞き取りを実施しました。コロナ禍ということもあり、実際に現地へ赴いてのフィールドワークのほか、オンラインでのヒアリングも重ねていき、避難所生活に関するリアルな声を集めていきました。
実際に訪れた宮城県の岩沼市、仙台市、広島県の呉市、坂町をはじめ、お話を伺った被災経験者・支援者はのべ30人近くにのぼりました。
2021年8月から12月にかけて、被災地でのフィールドワークやオンラインでのインタビューを経たプロジェクトメンバー。
取材で集まった生の声をベースとして、具体的に何を解決すべきか検討を進める中、2021年12月に学生たちはパナソニック(株)彦根工場を訪問。クリーンテクノロジーの持つ実力を体感するなど、技術的な要素への理解も深めていきました。
櫛研究室の学生たちがパナソニック(株)彦根工場を訪れた時の様子。
パナソニック(株) くらしアプライアンス社の中田 隆行(なかた たかゆき)は言います。「学生の皆さんに『ナノイーX』や『オゾンウォーター』などの技術をレクチャーし、実際にデバイスにも触れてもらったところ、それらを応用した実に多彩な発想が生まれ、驚かされました」。
そして検討を重ねていった結果、最終的に次の3つの具体的課題に応えるソリューションに挑むことが決まりました。
この3つのテーマに対し、実際にどのようなソリューションがあり得るのか。そして、パナソニックのクリーンテクノロジーの活用方法は――コラボレーションチームの試行錯誤が始まりました。
中田は次のように当時を振り返ります。「2022年1月からは試作に使えるキーデバイスを提供し、モノづくりへのフェーズに移ったわけですが、手がけるのはあくまでも学生の皆さん。大学の3Dプリンターでカタチを作っていき、自分たちでデバイスユニットを入れて実物を創っていく。私たちはその試作品を拝見し、ナノイーをより広範囲に拡散するための風路設計や、最適なオゾン濃度の実現手法など、より効果的にそれぞれの技術が能力を発揮できるようなポイントをアドバイスする、というサポートに徹しました。
また、プロトタイプのレベルを向上するためには、実際にナノイーが空気中に十分拡散しているか、オゾン水のオゾン濃度が適切かなどを計測する必要がありますが、これは私たちの設備でなければ確認できない部分です。そこはしっかり指標化して、効果を正しく数値として評価できるようにお手伝いしました。
プロトタイプの効果を正しく把握することは、構造を決定したり、改善したりする上で、非常に大切です。単純に『効果があった』『効果がなかった』という判定ではなく、指標を用いて『どれくらいの効果があった』という感覚を数値化することで、設計に変更が必要か否かを判定していきます。このような作業は、学生の皆さんには新鮮だったようです」。
2022年7月には、本プロジェクトの現時点での成果として3つのワーキングプロトタイプを発表。中間報告会では、それぞれ担当した学生自身が、実機を用いて使用や効果の説明を行いました。
衛生環境に厳しい管理が求められる避難所においては、野菜などの生鮮食品があったとしても、食中毒リスクの懸念から、食卓に提供されないことが多く、被災者が口にできるのは自ずと加工食品に偏ってしまいがちです。また、水が不足している状況下では、洗剤で洗い流す水は確保しづらいため、食器をきれいに保つことが困難です。オゾン水サーバーはそうした課題に対し、高い殺菌効果が知られるオゾンを含んだ水によって食品や食器を洗浄。限られた水を有効活用し、安全性を確保しようとするものです。
ペットのいる家庭の避難や、風邪をひいてしまう人が出た際など、避難所の限られた空間では空気の衛生維持が重要な問題に。クリップによって様々な場所に自在に取り付けることができるこのナノイー発生器は、送風機や扇風機などに装着すれば、風でナノイーが拡散。空気中に浮遊・付着する菌やウイルスなどを抑制する効果を発揮します。
扇風機にも装着できる「クリップオン空気浄化機」。天地氏が、その使用方法と効果を説明しました。
衣服などを入れたビニール袋の口に接続して、「ナノイーX」の効果で気になるにおいを低減。洗濯もままならない避難所の環境下で、少しでも快適に過ごしてもらえるよう、考案されました。大きなビニール袋を使えば、ヘルメットや長靴など、避難所に集まるボランティアの備品などの消臭にも応用できます。
「風の洗濯機」の開発を手がけた小牧 遊太郎(こまき ゆうたろう)氏(写真左)。クルマのカップホルダーに収納できるモデルも披露。普段は車内のにおいを低減、避難所では内蔵フックでハンガーやパーティションなどに引っ掛け、仕切られた小さな空間のにおい除去に活躍します。
一口に避難所といっても、電気が通っているかいないか、断水しているかどうかという点から、プライベートスペースの有無まで、そのシチュエーションはまさに千差万別。制約も多い環境の中でも、人々は実に様々な創意工夫をしながら日々を送っている――フィールドワーク先で被災者の避難先での苦労を目の当たりにした天野氏たちは、プロトタイプ開発にあたって、普段から使えること、そしていざという時には多様な環境下で柔軟な使い方ができるモノを生み出すことにこだわりました。
例えば「クリップオン空気浄化機」のクリップ取り付け孔は、三脚などのカメラアクセサリーと共通の規格を採用。取り付けたい場所に応じて様々なパーツと付け替え可能となっています。また、「オゾン水サーバー」は専用の水タンクからだけではなく、被災地で手に入りやすいポリ容器からも給水できるよう設計されました。
「共創デザインアプローチ」を実践した今回のプロジェクト。「つくり手」は「つかい手」をパートナーとし、対話を重ね、「つかい手」を学び・理解することによって、最適なカタチを具現化していく――UCI Lab.と櫛研究室は、今回の活動をクローズドなものにせず、オープンな活動として訴求するべく「ひとごこちデザインラボ」を設立。ウェブサイトで当事者の声を発信、デザインの過程を共有するなど、活動内容を開示してさらなる協働を模索しています。
既存の組織の枠組みを超え、新たな視点が組み合わさってこそ、テクノロジーの真価・新たな貢献価値が見えてくる――「今回のコラボレーションでは、パナソニックとしても改めて学ばせていただくことも多かった」と中田は言います。
一方、中田らパナソニック技術陣の積極的な姿勢について、学生メンバーを代表して天野氏は次のように語りました。「パナソニックの皆さんの熱心さが印象的でした。オンラインも対面も含め、本当に高い頻度でコミュニケーションを取れたので、モノづくりがとてもスムーズに進められました。試作品の検証も素早く対応してくださり、具体的にこうすればよいとすぐにフィードバックをくださったのがありがたかったです」。
櫛教授は、本プロジェクトが通常のデザイン教育を超えた体験を可能にしていると言います。「学生が取り上げるテーマは、どうしても自らの身の回りの課題に着目したものが多くなります。しかし今回は『避難所での生活』という社会課題と、その現場に触れることができる大きなテーマ。また、アイデア発想に留まらず、実際のモノとして形にしていくことも、通常の授業の中ではなかなかできません。そうした点でも、学生の成長を促す貴重な時間になっていると思います」。
今回発表されたプロダクトは、あくまでプロトタイプの段階。プロジェクトとしても、まだまだこれから発展させていく「中間地点」にあると位置付けています。各モデルについては、部品の小型化や内臓バッテリーで駆動できるようにするなど、お役立ちを広げるための様々な課題も見えています。今後はこれらプロトタイプを被災経験のある方などに実際に試用してもらうなど、「つかい手」の立場からリアルなフィードバックを受け、さらに実際に役立ててもらえるプロダクトとして磨き上げていく予定です。
大切な命を失いかねない災害。そうした苦難をくぐり抜けた人々にとっては、避難先で安全を確保することが第一。その生活環境に多少の不満があったとしても、「それどころではない」と割り切る、諦める側面はあるかもしれません。しかし「それどころではない。でも、こちらも大切」というアプローチで、避難所という非日常の中に少しでも日常性を回復させることを探っていく――パナソニックは学生たちの情熱と斬新なひらめきを、確かな知見とノウハウで技術支援することで、引き続きプロダクトの具現化に向けてサポートを続けていきます。そして、様々な状況下でも、人々がより良いくらしを享受できる社会を目指し、貢献を続けていきます。
記事の内容は発表時のものです。
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