2024.12.13
パナソニックのデザイン経営 3年目の現在地~「未来起点×人間中心」で考え、次の一歩を変える
シリーズ:
2021年10月の着手以降、3年目を迎えたパナソニックグループの「デザイン経営実践プロジェクト」。グループCEOの楠見直下のプロジェクトチームと各事業会社のトップや経営企画メンバーなどが連携し、お客様の視点に立った「未来起点×人間中心」の事業を構想。すでにいくつかの製品化にも好影響をもたらし、人材育成も推進中だ。「実現したい未来」からのバックキャスト(逆算)で現業の次の一歩について深く考え、変化・進化していく――パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当の臼井 重雄(うすい しげお)が、この取り組みの現在地について語った。
グループ全体の「デザイン経営」の今~変化の兆し
臼井:
今回ご紹介する「デザイン経営実践プロジェクト」は、未来構想型の経営手法を採用する取り組みで、グループ全体での長期視点経営シフトに向けた自走力強化と行動変容を目指してスタートしたものです。
ここで言うデザインとは、モノづくりのそれではなく、「思考のデザイン」を指しています。まず経営者が事業経営にデザインの思考プロセスを取り入れることで、従来のモノづくりが変わり、製品・サービスのデザイン自体も変わってくると考えています。
臼井:
社会にとって意味のある価値の創出を目指し、「人・くらし・社会・環境」を中心に構想した「実現したい未来」を起点に、そこからのバックキャスト(逆算)で事業の現在地を見直し続け、目指すところへ近づくための次の一歩を探る――このサイクルを「未来起点×人間中心で考えるパナソニックグループ流のデザイン経営」として、グループ内への浸透・進化を試み、事業の本質的な競争力を強化しています。
私が2017年ごろからデザイン部門の活性化と機能強化を図った際も、未来を起点に現在地を見直し、クリエイティブ・ハブとなる拠点を京都に構え、お客様視点でのデザインプロセス強化、部門全体で多様性・専門性を向上する人材強化などを実践してきました。この思考を全社的な経営戦略に組み込もうとしているのが、「デザイン経営実践プロジェクト」の取り組みです。
臼井:
この活動は具体的な「ありたい未来」を事業責任者自らが描き、事業の羅針盤とすることを目指すものです。スタート当初は、未来のMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)や、中間地点としてもう少し近い「実現したい未来」の解像度を上げることに力を入れていたのですが、現在われわれがより重視しているのは、既存事業から次の一歩目の行動を実際に変えていく、ということです。
開始当初は「このプロセスで、今よりもさらに考える、思考する組織になる」ことを目指していましたが、今はそれ以上に「未来に向かって新しい一歩を踏み出せる」、実際の行動変容を起こすことこそ、事業や組織で変革が進むために重要だと実感しており、そこにこだわってプロジェクトを進めています。グループ全体でそうした組織に生まれ変わるべく挑戦を続けてきて、取り組みから3年がたとうとしている今、実際にその変化の兆しが見えつつあります。
併せて、2021年10月からパイロットプログラムとして立ち上げ、変化・進化させてきた「未来構想プログラム」を基に、長期視点経営を各事業会社内に浸透・自走化させていける人材の育成も目指し、さまざまな取り組みを推進中です。
実績:デザイン思考から生まれたシェーバー
デザインの思考プロセスを経て開発された製品もすでに世に出ている。その象徴的なものが、2023年9月に発売された、手のひらサイズのシェーバー「ラムダッシュ パームイン」ES-PV6Aだ。
臼井:
これは、シェーバーの本質価値であるリニアモーターと刃以外をそぎ落とすことで、指先で肌状態を感じながらなでるように剃るシェーバーで、お客様に新感覚のシェービング体験を提案するものです。構想・開発から発売まで3年ほど費やしながら、どんなスペックの製品を作るかではなく「そもそもシェーバーとはどうあるべきか」を突き詰めて考え、お客様のライフスタイル、使われる場所、環境に配慮した材料、コミュニケーションの在り方などをとことん検討。製品単体ではなく、全ての顧客接点で統一された世界観を体感いただけるよう設計して発売に至りました。
臼井:
こうした思考プロセスによるモノづくりを推進するに当たっては、パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)直下の「デザイン経営実践プロジェクト」メンバーと、パナソニック株式会社のデザイン本部、各事業会社のデザイン部門がタッグを組み、それぞれの社内分社・事業会社をサポートする体制を構築しています。
「デザイン経営実践プロジェクト」の在り方
臼井:
この図は、お客様起点で考えるデザインの活動領域を表したものです。製品・サービスのデザインについては、元々は左下の比較的短期、かつ基本領域に当たる活動が中心でしたが、本プロジェクトの場合は、デザイン活動の領域がどんどん広がっていくのが特徴です。
臼井:
つまり、右下のR&D・未来構想や、左上のマーケティングコミュニケーション、右上のブランドコミュニケーションも包括した領域まで活動範囲が広がることになります。足元の事業活動に留まらず、中長期探索を必要とする経営戦略の範囲も見据えたデザイン活動を展開していきます。
「デザイン経営実践プロジェクト」のメンバーは、下図の「STEP2 未来構想」の領域を中心に支援を行います。しかし、あくまでも主役は各事業会社の経営者やメンバー。自分たちの事業を通じて長期的に実現したい未来の解像度を上げ、到達度が評価可能な「使えるビジョン」を打ち出すことを目指します。彼らが導き出したビジョンは長期戦略の起点となり、社会・顧客価値の到達目標を言語化したものとなります。
臼井:
プロジェクトの立て付けとしては、PHDのBTC(Business / Technology / Creative)型のチームが支援する側となり、実践の主役となる各事業会社でもBTC型チームを構成。複雑な課題に対して多角的な視点でアプローチしていきます。
デザイナーのいない実践チームに対しては、PHDのBTCチームがより深く携わり、検討のプロセスを手助けします。
経営層もフル参加~半年間で10回のワークショップ実践
「デザイン経営実践プロジェクト」では、一つの実践チームに対して、1回4時間、全10回のワークショップを約半年間にわたって行っていく。
臼井:
本プログラムは事業部長、社長クラスの経営層が関わることが前提となります。そのため私はワークショップの初回に当たるキックオフミーティングでの「ポジティブ・マインドセット・インタビュー」を重要視しています。
日々のさまざまな経営課題に向き合っている責任者たちに「未来を起点に今の一歩を考えよう」と言っても、すぐにはその感覚がつかめません。そこで、「あなたにとってパナソニックにおける最高の体験は?」「今の時代感は?」「未来に残したいことは?」などの質問をします。すると彼らからは、「実は、こうしたい」という思いやプランなどがたくさん出てきます。言語化されたものを一緒に整理し、より明確なビジョンを引き出すことで、「未来構想」に向けた思考・認知変容を促し、「経営にデザインを組み込む」ことを自分事としてマインドセットしてもらうための重要な行程です。
このワークショップを重ねていくことで、徐々に経営層を含むメンバーの理解度と熱量が上がっていき、思いや発言自体が変わり、自走力が高まっていきます。その様子が、同じ事業部内のメンバーや別の事業部長、事業会社社長などに好影響を与え、新たな行動変容につながっていくという効果も生まれています。
臼井:
3年間取り組んできた「デザイン経営実践プロジェクト」ですが、そのゴールは、この思考プロセスがグループの中に定着し、プロジェクト自体を解散することだと思っています。その実現に不可欠な、事業部門の自走力強化と行動変容を促すために、引き続き「未来構想プログラム開発」と「ファシリテーターの問う力の育成」に力を入れていきます。
デザイン経営の広がり~プログラム開発から人材育成、実践事例まで
臼井:
「未来構想プログラム」は、これまで数々のワークショップを実施する中で、「ありたい社会像の具現化」から、その社会像実現のために「自事業がどう変わるのか」をより問うプログラムへと変化を遂げてきました。これにより、自事業が目指す姿をより明確化できるようになり、事業・技術・体制など、実現に向けたあらゆる手段、アクションプランの精緻化へとつながりつつあります。
人材育成の面では、PHDの経営戦略部門を中心に、未来構想エキスパート人材・リード人材の育成に取り組んでいます。
2022年6月時点では3人だった未来構想エキスパート人材(プログラムを基にワークショップをファシリテートできる人材)は、2024年11月現在11人に増えました。未来構想リード人材は2022年にはゼロでしたが、現在は82人に増えています。
ここで紹介した人材は、あくまでもサポート役として動きます。事業会社側が自ら最適解を出していけるように、他業界の動きを調査する、より掘り下げるべきテーマについて提案するなど、いわば「最高の問い」を投げ掛ける役割を担っています。
臼井:
現在では、前述の「ラムダッシュ パームイン」のほかにも、実際に「未来構想プログラム」を実践して解を導き出した例が生まれています。パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部では、実現したい未来を言語化・明確化できたことで、「事業部メンバーで共通言語を持てるようになった」「前年製品との差分設計、差分商品企画ではないモノづくりに向けたモチベーションの向上」といった変化の兆しが生じました。
事例①パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部
冷蔵庫を作る事業から、食の創造性探求やフードロス削減を目指す事業へ
・長期の常温保存・香味保持を実現する、常圧凍結乾燥技術のプロトタイピング
・AIカメラの搭載で食材管理を行える、冷凍冷蔵庫CVシリーズを発売
臼井:
またPHD グループCTOの小川は、2024年8月、PHD技術部門の新たな目標として、新しい時代の「水道哲学」にチャレンジする意思を明確化した「技術未来ビジョン」を発表しました。これも技術ドリブンの思考ではなく、未来起点×人間中心の思考プロセスを経て導かれた解の実例です。
事例②PHD 技術部門
技術未来ビジョン実現に向けた研究開発テーマ・体制の再構築、紐付けた具体アクション
臼井:
プロジェクト発足以降、活動はグループ内で着実に拡大しており、2022年6月の時点では2部門30人だったのが2024年11月時点では約5倍の10部門172人によって推進されています。また自走プロジェクトの数は10を超えようとしています。
取り組み3年目を迎え、各組織が自走するフェーズに入り、現場での行動変容が実績につながり始めた「デザイン経営実践プロジェクト」。
臼井:
「デザイン経営実践プロジェクト」を推進する中で、グループCEOの楠見からは次のようなメッセージが寄せられています。
グループCEO 楠見からのメッセージ
“不確実性の高い時代に長期的な生き残りをかけた戦略を描くには、未来起点の目線が必要。”
“社会や技術、お客さまの価値観、業界にどんな変化が起こるか、その中で自事業が果たすべきお役立ちをどう変えるべきか、その変革にどのようなステップで取り組むかを事業戦略として明確にし、実践していく。”
“デザイン経営実践プロジェクトの成果として、複数の事業で長期ビジョンに基づく事業方針の策定、商品・開発ロードマップやR&Dテーマの更新、事業開発組織の新設・強化、挑戦する風土の醸成など、変化はあちこちに現れ始めている。”
臼井:
パナソニックグループにとってのデザイン経営とは、グループの創業者・松下幸之助が目指した「成長のメカニズム」そのものを現代に取り戻すことだというのが私の考えです。お客様を第一に考え、未来のお客様がどんなくらしをしていきたいのか、どんな社会にしたいのかを問い続け、その実現に向けて実際に行動し続ける――これが最も大事なことだと思っています。
今後も活動自体を目的化するのではなく、あくまでもお客様の視点に寄り添い、「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現を目指して、実際に行動に移すことに注力していきます。
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