少子高齢化による労働力不足を受け、モノづくりの現場ではロボットの活用が広がっています。中でも、人と同じ空間で作業を行う協働ロボットは、生産性向上につながるソリューションとしてさらなる活用拡大が見込まれています。
一方で、ロボットと協働する工程では、作業者の安心・安全の担保が最大の課題となります。特に発生リスクが高いのが、人の指部の比較的軽度な傷害。現場においてこのリスクを洗い出すための客観的な安全性評価技術の開発が待たれていました。
2021年10月、パナソニックはトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)と共同で「裂傷評価指ダミー(以下、指ダミー)」を開発しました。「指ダミー」は協働ロボットとの作業時に起こりうる指の裂傷傷害リスクを予測できるツール。これにより、ロボットと協働する工程での、人の指部の安全性に関する検証や改善・妥当性評価が簡便に行えるようになりました。
ロボットとの協働現場――人の指部の裂傷評価ツールの必要性
「人とロボットが安心・安全に助け合う現場を実現する。それがこれからの産業界には必要不可欠です」。と語るのは、トヨタ自動車株式会社 モノづくり開発センターの吹田氏です。
「トヨタには、『1人工(いちにんく)の追求』という考え方があります。『1人工』とは、1人の作業者が1日にこなすことのできる仕事量のこと。1日が24時間なのは誰でも同じ。私たちは人が持っている時間の中身をいかに価値あるものにできるかを常に考え続けています。例えば、既存工程の中にロボットで代替できる作業があるならば、機械化によって、その工程の作業者の時間の使い方、働き方を効率化することができる。その結果、ワークライフバランスを向上する、別のスキルを身に付けるなど、時間の使い方をより価値あるものにしていけます。トヨタはこの視点で『人を中心としたモノづくり、人作業の付加価値向上』を目指しています」。
「自動車の製造現場は、固いもの、尖ったものが多くあります。ロボットの導入初期は、安全柵で囲み、ロボットと人が接触しないようにすることが大前提でしたが、機械化のノウハウも進化しており、これからは人とロボットが協働する場面が増えていきます。両者が作業領域を共有するということは、ふれあう頻度も高くなるので、ロボット自体や工具・治具、ワーク(製造・加工の対象物)などに人の、特にモノを扱う指が挟まれるリスクをしっかり検証したい。ですがこれまでは、業界共通認識のもとに活用できるような安全性の評価技術、評価ツールはありませんでした」。
「挟まれ」リスクを確認するために、複雑な電源接続や難しい操作がいらず、現場で手軽に使える手段があれば――そこで発想されたのが、「挟む力が加わった時に、人間の指とほぼ同等の傷がつくダミーの指」。それがあれば、工程に「指が挟まれるリスク」自体があるかないか、万一ある場合にはどの程度の傷害リスクとなるのかを目で見て知ることができる。その手法を確立・普及させることができれば、自社にとどまらず産業界全体でより安心・安全な現場づくりが実現する――こうした思いを胸に吹田氏が声をかけた先が、パナソニックのプロダクト解析センターでした。
長い家電開発から得た知見を生かして
パナソニックには、指先で操作する数々の「家電」を開発してきた長い歴史があります。その中でまた、家庭内のケガなどに関する評価技術の知見も多く蓄積されてきました。
プロダクト解析センターの渡邊は語ります。「指の『挟まれ』に関しては、人に近いと言われる豚の皮膚での検証実験をもとにした、生体安全評価技術をすでに開発していました。2008年に商品化した『ハサマナイズ機構』という、折れ戸扉にすき間ができない収納用建具の構造があるのですが、この開発時に指はさみ事故防止の検証ができるよう、社内基準に則して指のダミーを制作。以来、プロダクト解析センターで引き受ける安全検証のニーズにあわせて、当センターの検証ツールとして活用していました」。
「家電だけでなく、例えば自律搬送ロボットのような自社の産業用製品の安全性に関する知見の蓄積もあり、人とロボットの衝突・接触時に発生する人体側の痛みやダメージについて定量的評価手法を確立しています。近年は社外のお客様に対しても、現場で活用するロボットの衝撃力や圧力を測定・評価するサービスとして提供しています。
吹田さんからお話を頂き、『痛み評価』『軽度傷害評価』『衝突・接触・挟み込み安全性評価』といった私たちの解析評価技術についてご紹介したところ、『ここまで進んだ知見があるなら、さらに進化させた安全性評価技術・ツールとして指のダミーを市販化してほしい』というご意見を頂きました。吹田さんから伝わってきたのは、トヨタ様にとどまらず、グローバルでモノづくり現場の安全性の底上げを実現するために・・・つまりは産業界全体への貢献を実現したいという強い熱意でした。それはまさに、お客様の立場に立って、社会課題解決のために貢献を果たすというパナソニックの経営理念にも通じるものです。そこでぜひ共同開発させてください、ということになりました」。
「人の指と同じように傷つく素材」の追求
今回目指したのは、従来のものより人の指に近づけて、万一の際の傷害程度を高精度に見える化できる評価ツールでした。そこでプロダクト解析センターの面々は、技術も素材もすべてゼロベースで一から見直すことにしました。
まずは評価ツールの構造。今回の「指ダミー」は、人体の骨にあたるステンレスの芯棒部を取っ手部分にはめ込み、上から皮膚にあたる軟材料(指ダミー部)を被せた構造です。
プロダクト解析センターの島岡は語ります。「形状は複数案をご提示し、トヨタ様がいちばん使いやすいと判断されたものを採用しました。最も試作を重ねたのは、皮膚に見立てた軟材料の部分です。実際の人体と同程度と推定される裂傷強度(裂傷を発生させる荷重への耐力)を実現するために、他の技術開発でも協業している株式会社タナック様と一緒に、独自の素材を開発しました」。
「人体と同程度と推定される裂傷強度を軟材料に持たせるために、数値化して最適解を探り出していくのですが、人体そのものでテストするわけにはいかないところに難しさがあります。当センターで使っていたツール以外にも、市販されている試験用の豚の皮膚を新たに取り寄せてテストしてみたり、世界の文献を調べてみたり・・・。本来であれば、もっと多くの企業や大学と協働して研究できるような奥深い案件だと言えます。ですが、まずは目の前にある課題解決に結びつけるための一歩を踏み出した、そして磨き上げた技術を市販品として世に出せた、ということが大きな成果であると捉えています」。