パナソニックグループCEO 楠見雄規、構造改革の真意を語る ―変革と成長への決意―

2025年5月26日

企業・経営 / Stories

パナソニックグループCEO 楠見雄規、構造改革の真意を語る ―変革と成長への決意―

パナソニック ホールディングス(以下、PHD)は5月9日、2024年度決算の発表と同時に、1万人規模の人員適正化を含むグループ経営改革の進捗について発信した。30年にわたる成長の停滞から脱却し、パナソニックグループが未来に向けて再び力強く成長するために、痛みを伴う改革を決断したグループCEOの楠見。その真意、従業員への思い、そしてパナソニックグループの今後に向けた覚悟を聞いた。

――なぜ今、大規模な構造改革に踏み切ったのでしょうか。「黒字にも関わらず人員削減を行うのはなぜか」という疑問の声もあります。その背景と必要性について、改めて教えてください。

足元2024年度の実績、特に営業利益率を見れば、過去と比較すればそれほど悪く見えないかもしれません。しかし、それも同業他社と比較すると、依然として低収益ですし、2022年度から2024年度の中期戦略も、残念ながら大きく目標未達です。

私たちパナソニックグループの最大の課題は、この30年間、実質的な成長ができていないことです。当社グループでは過去から何度も構造改革を断行しながら、調整後営業利益率が5%に達すると、成長戦略のためにすぐに固定費が増加、結果として再び営業利益率が低迷してしまう、というサイクルを繰り返してきました。

競合に比べて収益性が低いということは、すなわち、従業員や株主の皆さまに還元することにおいても、将来に向けた投資をすることにおいても劣後していることに他ならず、このままでは厳しい競争の中で成長に転じることはできません。このような状況から脱することが急務なのです。

特に、改革を先行されている競合他社と比較しますと、当社は販管費(販売費及び一般管理費)率が極めて高い状況にあります。ここにメスを入れていかなければ、再び成長に転じることができない。ですから、収益性の改善は決して先延ばしにしてはならない。固定費構造の改革は、もはや一刻の猶予もない、急を要する状況であると強く認識しています。

販管費率が高いということは、すなわち私たちの販売・間接部門を中心とした労働生産性に大きな課題があるということです。労働生産性が上がってこなかった背景には、多くの部門で20年以上前に決定されたような業務プロセスがそのまま続けられてきた実態があります。それでも事業が営業利益率5%を達成すると「良し」とされ、オペレーション自体を変革して高収益を目指そうというモチベーションが働きにくい状況がありました。そのオペレーションのまま、販売を増やそうとすると人を増やさざるをえない。結果固定費が増えてしまうわけです。

販売が増えても人件費を含む固定費は増やさない、限界利益を毎年「率」で上げ、固定費を「額」で抑える。これが当社グループにおける経営サイクルの基本であり、これを再び徹底することが重要です。しかし、今、その基本に立ち戻ることの本質は、人件費そのものの抑制ではなく、業務プロセスや仕事のやり方自体をモダナイズ(※)していくことにあります。

※ 既存のシステムや資産を最新の技術や設計で刷新し、現代的なものへと変えること

図版:グループ経営改革~持続可能な企業構造への転換

――今回1万人規模の人員削減という大きな判断をされましたが、その考え方について改めて教えてください。

私は過去に赤字事業を担当した際の構造改革の経験から、雇用構造改革は二度と行うまいと思っていました。しかし、今回は本当にじくじたる思いでやらざるを得ないという判断をしたというのが実情です。今ここで改革を行い、経営基盤を変えなければ、10~20年後にわたり会社を持続的に成長させることは不可能だと考えたのです。本当に悩んだ末に、事業会社の経営責任者含めたグループ全体で議論を重ね、この改革を断行する決断をしました。

今回の1万人規模という数字ですが、これは各事業会社がそれぞれの目標とする収益性を達成するために、どのような固定費構造にすべきか、あるいは他社と比較して労働生産性が必ずしも高くない部分にどうメスを入れるべきか、といった検討を積み上げた結果、集計して出てきたものです。これ以上大きく増やすことはしたくないという意思を込めた数字だとご理解いただきたいと思います。

図版:人員の適正化

――パナソニックグループには、創業者・松下幸之助が世界恐慌の際に「従業員は一人も解雇するな」と指示したというエピソードがあり、雇用構造改革はこの考え方に反するのではとの意見もあります。改めて人材や雇用を守ることについてのお考えを聞かせてください。

もちろん人材は極めて重要です。創業者のエピソードは、私たちパナソニックグループの人間にとって非常に重い意味を持っています。そのため、黒字の状況で人員の適正化を行うことには、社内にも大きな抵抗感があるのは事実です。しかし、創業者の時代とは事業環境が大きく異なります。当時はその先に経済成長という大きな期待がありましたが、現在の私たちを取り巻く市場は、成長が見込める領域、そうでない領域、そして他の地域に活路を見出さねばならない領域など、当時と比べてはるかに複雑です。このような状況下で、将来を見据えた人員の適正化は避けて通れないと判断しました。

今回の改革、特にこれだけの規模の人員適正化を行うという判断は、経営者として本当に悩みに悩みました。一時は、責任を取って退任することも考えました。しかし、それでは課題を次の世代に先送りするだけです。今、このパナソニックグループを再び成長軌道に乗せるため、次の世代に重荷を背負わせるのではなく、今の世代の責任者で知恵を絞り、私が責任をもって判断してやり遂げなければならないと考えました。

――会見では「人員が足りないくらいがちょうど良い」との発言がありましたが、その言葉の意味についてお伺いしてもよいでしょうか。

私の発言が原因で、従業員の皆さんや多くの方々にご心配をおかけしたことは大変申し訳なく思っています。

人員を適正にすることの根底には、価値の高い成果を生み続け、それによる人の成長を実感できる集団でありたいとの思いがあります。それゆえに、私は、ある従業員が価値を生まない仕事に手を取られている状態は、その人の成長機会を奪ってしまっている。もしそうならば、社会の公器としてそれはあってはならないと考えています。

先日、会見で申し上げたのは、「リソースが少し足りない時の方が、集中すべきことに集中し、創意工夫が生まれ、生産性も高まり、人材の成長にもつながる」という主旨でした。これは、従業員の皆さん一人ひとりが自ら考え、動き、価値を生み出す——そんな組織・文化にしていきたいとの思いに基づくものです。

もちろん、この考え方がすべての職場に一律に当てはまるわけではありません。創造性や安全性が求められる現場では、一定の余裕が不可欠です。だからこそ、限られた人員の中でどう余裕を生み出すかを議論し、組織として進化していくことが重要なのです。

人員の適正化とは、単に人を減らすことではなく、最適なバランスを現場とともに見極めていくことだと考えています。今回のグループ経営改革は、価値の高い仕事、そしてそれらを生み出す職場と人財の育成を実現するための基盤づくり、組織風土の改革でもあります。

私たちが目指しているのは、「少数精鋭に絞り込んで疲弊する組織」ではなく、「知恵と工夫で進化し続けるしなやかで強い組織」。その中心には、価値の高いアウトプットを生み出し続ける「人財」がいる。その姿をつくりあげるために、従業員一人ひとりが成長とやりがいを感じられる環境を整えていくことが、経営の責任だと考えています。

――今回の改革の中で、不安を抱える従業員もいると思います。どのように説明し、理解を求めていくお考えでしょうか。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。改革の発表当日には、この状況を正しく理解してもらうため、全従業員に対して開示と同じタイミングでビデオメッセージを発信し、今回の改革の背景、目指す姿、そして会社としての思いを伝えました。さらに事業部長に加えてビジネスユニット長まで含めた約300人の経営責任者には、現在の危機感も含めて詳細に説明し、理解を求めました。ただ、やはり従業員やその家族、特に入社して日が浅い従業員は大きな不安を抱いていると思います。今後も改革の真意を丁寧に説明し続け、不安を感じるのではなく、むしろこの変革の中で自分自身の成長と活躍の機会を見出してもらえるような、前向きなメッセージを発信し続けていきたいと考えています。

写真:グループCEOの楠見

――今回の構造改革を経て、パナソニックグループはどのような未来を目指すのでしょうか。

まず、今回の構造改革は、パナソニックグループの経営基盤そのものを再構築し、未来に向けて力強く成長していくための、必ずやり遂げなければならない取り組みです。まずは、2026年度に向けて1500億円の収益改善効果を何としても達成したいと考えています。 

そして、2月4日の発表でも申し上げましたが、今後のパナソニックグループは、「ソリューション領域」に注力し、「デバイス領域」と家電を中心とした「スマートライフ領域」においては収益性を徹底的に高めてまいります。私たちが長年培ってきた快適や安心といったお客様への提供価値の本質は変わりません。しかし、その提供方法や中身は、データとAIを徹底的に活用することで、これまで以上に高度化させ、競争力を高めていきます。

ソリューション領域では、特に「サプライチェーンマネジメントソリューション」、そして「エネルギーマネジメント」が大きな柱となります。成長を期待しているBlue Yonder社は、5月上旬のICONイベントで、生成AIベースのエージェントを導入した計画系のSaaSソリューション群のCognitiveシリーズを発表しましたが、課題が複雑化するサプライチェーンで大きな強みを発揮できると期待しています。

エネルギーマネジメントでは、データセンター向けの蓄電ソリューションや、既に実績のある家庭向けのAIベースのHEMS(ホーム エネルギー マネジメント システム)に加え、将来を見据えた、純水素燃料電池や太陽光、蓄電池をAIベースのエネルギーマネジメントシステムで制御する工場やオフィス、公共施設向けの脱炭素ソリューションであるPanasonic HXの展開を図ります。

図版:グループの目指す姿

――CESで発表した「Panasonic Go」もその中で重要な役割を果たすのでしょうか。

「Panasonic Go」は、こうした取り組みを加速させる役割を担います。先ほど申し上げたBlue YonderのCognitiveシリーズもその一つです。また、CESで発表したAIエージェントサービス「Umi」の基盤となるデータプラットフォームでは、プライバシーやセキュリティ、倫理面を考慮しながら、様々な分野への展開を考えています。また、社内での生成AIの活用も、ボトムアップの形で積極的に推進しており、今回の経営改革を進める上でも、労働生産性を徹底的に向上させるために、スピードを緩めることなく活用していきます。

――今回の改革を経て、今後パナソニックグループは「何の会社」になっていくのでしょうか。

今、まさに社内で議論しているところですが、基本的には、私たちが提供する根源的な価値は、「快適」と「安心」、そして「信頼性」に集約されると考えています。「パナソニックなら大丈夫」というお客様からの信頼に支えられてきた歴史を大切にし、今後どのような事業を展開するにしても、この価値観に立脚したお役立ちを追求していくことに変わりはありません。

10年、20年と、私たちが進む未来に向けて、今回の構造改革は、これまでの30年間の停滞から脱却するあくまで第一歩です。この先に、グループ各事業で高い労働生産性が実現され、新たな領域でも既存の領域でも、再び反転攻勢をかける姿を目指しています。そして、さらなる生産性向上やソリューションの競争力強化のために、AIの活用においても他社に負けない存在になっていかなければならないと考えています。

記事の内容は発表時のものです。
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