<概要>
東北大学「東北発 素材技術先導プロジェクト」(文部科学省)の超低損失磁心材料技術領域(研究代表者 東北大学 牧野彰宏教授)は、パナソニック株式会社 モノづくり本部(本部長 野村 剛常務取締役)と共同で、世界で初めて新ナノ結晶合金NANOMET®を用いたモータを試作し、その省エネルギー性の実証に成功しました。NANOMET®をモータに適用した場合、その高飽和磁束密度(※(2))、低鉄損(※(3))の特徴から、家電製品の消費電力削減が期待されていました。試作したモータは直径約70 mm、高さ約50mmで、ステータ(固定子)にNANOMET®を使用しています。今回の試作では、モノづくり面の工夫でモータ構造を大きく変えることなく、従来の電磁鋼板(ケイ素鋼板)を使用したモータに比べ大幅に電力損失が削減できることを確認致しました。この結果を踏まえ、東北大学では、NANOMET®を実際の家電製品に適用した場合、3%以上の効率改善が見込まれ、世界最高水準の高効率モータが実現可能であると試算しています。
東北大学は、本研究開発の趣旨、すなわち、「東北大学が生み出した特異な自己組織化ナノヘテロアモルファス構造の結晶化を利用し、極限まで低い磁心損失を実現しうる革新材料としての超高鉄濃度ナノ結晶軟磁性合金(NANOMET®)の創成に対する研究開発を行うとともに、同合金を使用した各種モータやトランスの実証を通じて、現状の電力損失を70%以上削減する『省電力』を達成する」の一環として、この度のパナソニックとのNANOMET®を用いた家電用モータの共同研究を継続して省エネルギー家電製品の実用化を目指し、ひいてはモータやトランス等の省エネルギー化を推進して、昨今のエネルギー問題解消に寄与できるものと考えています。
(本件にかかるお問い合わせ先)
- 東北大学金属材料研究所 超低損失ナノ結晶軟磁性材料研究開発センター
- 担当:特任教授 西山 信行
- 電話番号:022-217-3912
- e-mail:nanoc@imr.tohoku.ac.jp
- パナソニック株式会社 モノづくり本部
- 担当:土屋 博 (企画グループ 主幹)
- 電話番号:06-6905-4530
- e-mail:tsuchiya.hiro@jp.panasonic.com
<背景>
東日本大震災以降、電気エネルギーの安全な製造方法と効率的使用が喫緊の社会的解決課題となっています。1979年に制定された「エネルギー使用の合理化に関する法律(以下:省エネルギー法)1)においても、同法第6章「機械器具に係る措置」のうち、第78条「製造事業者等の判断基準となるべき事項」に基づく特定機器に関する一連の政策措置のうち、エアコン、電気冷蔵庫等の一般家電に対して厳しい性能向上が求められています。さらに、1997年の京都議定書成立に基づく「トップランナー方式」措置制度2)は、さらに厳しい省エネルギー達成目標を一般家電製品に求めています。
電磁変換時のエネルギー損失が原理的に不可避である磁心材料は、数十年に渡り主に電磁鋼板(ケイ素鋼板)が用いられ、その地道な材料特性の改善により損失低減が図られてきました。しかしながら、モータやトランスの磁心からの電力損失は国内で消費される電力量の約3.4%を占め3)、この損失は50万kWhクラスの火力発電所7基分に相当します。
昨今の省エネルギーに対する社会的関心の高さから、我が国が強みとする材料革新によるブレークスルーが求められています。これらの課題を解決するため、アモルファス合金を用いた磁心の実用化が検討されています。アモルファス合金磁心は極めて小さな鉄損を示すことから「トップランナー方式」による電気機器の高効率化を達成すると期待されますが、残念ながらアモルファス合金は、従来の電磁鋼板(Bs=1.9 T,Bsは飽和磁束密度を表す)にくらべて飽和磁束密度が低く(Bs=1.6 T)、磁心が大型化するという欠点がありました。
このような背景から、東北大学「東北発素材技術先導プロジェクト」の超低損失磁心材料技術領域では、電磁鋼板に匹敵する高飽和磁束密度とアモルファス合金並の低鉄損を兼備した磁心用材料の開発に取り組み、革新的ナノ結晶合金NANOMET®を開発致しました。この新合金は高飽和磁束密度(Bs=1.84 T)と低鉄損(W17/50=0.7 W/kg)といった材料特性を示すことから、磁心の小型化や家電製品の消費電力低減に大きく貢献するものとして期待されています。しかしながら、本材料を製品へ応用した際の省エネルギー効果を実証することがこれまでの課題でありました。
<研究開発の内容>
東北大学と共同研究を行うパナソニック モノづくり本部は、東北大学「東北発素材技術先導プロジェクト」の超低損失磁心材料技術領域で開発されたNANOMET®を用いて、世界ではじめてモータ駆動に成功しました。今回の試作では、モノづくり面の工夫で、従来の構造を大きく変えることなくステータコアを製作し、電磁鋼板(ケイ素鋼板)で製作されたモータと、省エネルギー性を比較しました。
試作したモータは、NANOMET®を積層したステータ(固定子)コアに、コイルを巻回して、ロータ(回転子)とともにケースに組み入れた直径約70mm、高さ50mmのもの(図1)です。
図1. 試作したモータ
省エネルギー性の評価方法としては、全く同一形状のモータステータを、NANOMET®と実際の家電製品に搭載されている厚さ0.35mmの電磁鋼板とで製作し、モータとして組み上げた後、同一回転数で回した主軸に対し同一負荷を与えて、そのときの消費電力で比較しています。代表的なモータ特性の指標であるモータ効率は、一定の運転条件における出力(同一回転数で同一負荷の場合は出力も同じ)と消費電力との比率で計算されます。
表1. 試作モータの特性比較と家電用モータに適用した場合の効果予測
評価結果は、表1に示すようにNANOMET® を搭載した試作モータは電磁鋼板製モータに比べて鉄損が約70%下がり、大幅なモータ効率の改善が見られました。これは、NANOMET®の持つ低鉄損の特性が活かされた結果です。この結果を受けて、東北大学では、この鉄損削減率を実際の家電製品に搭載されているモータ(ここでは定格出力40W、鉄損2.2Wのものを想定)に当てはめた場合、既に90%を超える高効率なモータにおいても3%以上の効率改善の可能性があると試算しており、世界最高水準のモータ効率が達成できると考えております。このようにNANOMET®はモータの大幅な省エネルギー化が実現できるポテンシャルを有しています。
<今後の展開>
今回、NANOMET®を用いてエネルギー損失の極めて小さなモータの実用化可能性が実証できました。パナソニック モノづくり本部は、本研究開発成果により「トップランナー方式」の数値目標を達成可能な家電製品の実現ならびに、あらゆる用途への適用を目指して研究開発を加速します。東北大学は新ナノ結晶合金の研究を継続し、さらなる省エネルギーを実現する素材の実用化を目指すと同時に、モータやトランス等への応用研究を推進していきます。
<参考文献>
1) 例えば、< http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S54/S54SE267.html >
2) 例えば、< http://www.eccj.or.jp/machinery/toprunner/toprunner.pdf >
3) 東京電力事業レポート、資源エネルギー庁総合エネルギー統計、JFE21世紀財団鉄鋼プロセス資料等
<用語解説>
(1)ナノ結晶合金 NANOMET®
Fe-Si-B-P-Cu合金溶湯を急速凝固して得られたα-Feの核を含む不均一なアモルファス(非晶質)合金に対して適切な熱処理を加えて10ナノスケール(10万分の1mm)レベルの結晶制御を行い、軟磁気特性を向上させたもの。NANOMET®は登録商標。(東北大学 牧野教授とNECトーキン)
(2)飽和磁束密度
磁性体に外部磁場かけたときに、その磁性体が磁石となる現象を磁化と言う。強い磁場をかけるほど磁性体の磁力は強くなるが、次第に大きな磁場を加えても磁化がほとんど増加しなくなる。このとき磁性体の掛かっている磁束密度のことを飽和磁束密度と呼び、磁性体の種類によって決まる。
(3)鉄損
モータやトランスなどにおいて磁性体内で消費される電力。鉄心部分に発生する渦電流によって発生する損失と、磁界が変化するときに発生する磁気ヒステリシスによって発生する損失に分けられる。
本成果は、文部科学省の素材技術研究開発拠点形成事業費補助金事業「東北発 素材技術先導プロジェクト」による超低損失磁心材料技術領域の研究開発において得られたものです。