【要旨】
松下電器産業(株)は、表面プラズモン共鳴[1]という物理現象を利用した面発光レーザ[2]を開発しました。 本デバイスは、安価なプラスチックファイバ通信やシステムLSIチップ間の光インターコネクションといった大容量・近距離光通信用途に向けて必要な高い光出力を有しており、 表面プラズモン共鳴現象が発光デバイスとして実用可能であることを世界で初めて実証したものです。
【効果】
開発した面発光レーザでは、金属に微細開口を周期的に形成した「表面プラズモンミラー」[3]を使用しております。 このミラー[4]での反射光と透過光を効果的に利用することで、従来は困難であった高出力化と低しきい値電流[5]を両立させることに成功しました。 これにより光通信機器の低消費電力化が実現できます。
【特長】
今回開発した面発光レーザの特長は以下の通りです。
- 表面プラズモン共鳴を利用し大きな光出力を実現
- 光出力 : 2mW
- 高反射金属ミラーにより低しきい値電流を実現
- しきい値電流 : 0.5mA(従来比 1/2)
【内容】
本開発は、以下の新規技術の開発により実現しました。
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「表面プラズモンミラー」技術
通常、光は波長より小さい開口を通り抜けることはできませんが、今回開口を周期的に形成することで強い表面プラズモン共鳴が生じ、透過光出力が著しく増加 することを見出しました。本開発では同現象を面発光レーザのミラー部分に適用することで、2mWという実用上十分大きな光出力を実現しました。 -
Ag(銀)を用いた高反射金属ミラー技術
面発光レーザのしきい値電流を低減するためにはミラーの反射率をできるだけ大きくする必要があります。 本開発では表面プラズモン共鳴効果が最も高く、かつ反射率の高いAgを金属ミラーの材料として使用することで0.5mAという低しきい値電流を実現しました。
上記1.2.の技術融合により、大きな光出力と低しきい値電流を同時に実現しました。
【従来例】
これまで表面プラズモン共鳴の物理現象解明に向けた研究や、これを光デバイスに応用する試みがなされてきました。 しかしながら、少数の微細開口からの低出力発光(μW[6]オーダー)にとどまっており、実用上問題のない高出力動作を実現できませんでした。
【特許】
国内 43件、外国 11件、出願中
【備考】
本開発成果は2006年5月21〜26日に米国カリフォルニアにて開催のCLEO2006で発表します。
【照会先】
半導体社 企画グループ 広報チーム 中小路 陽紀 TEL:075-951-8151 E-mail: semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の詳細説明】
- 1.表面プラズモン共鳴を利用し大きな光出力を実現
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金属上にレーザ光の波長よりも小さな微細開口を周期的に形成することで強い表面プラズモン共鳴を生じさせることができ、微細開口を透過する光強度は著しく増加します。 本開発では、理論計算と基礎実験を繰り返し、最も強い表面プラズモン共鳴が生じる周期を見出しました。ここで生じる強い表面プラズモン共鳴を利用して面発光レーザの光出力を増加させ、 実用上十分大きな光出力を実現しました。
- 2.高反射金属ミラーにより低しきい値電流を実現
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面発光レーザのしきい値電流はレーザを構成するミラーの反射率を大きくし、より光を強く閉じ込めることで減少させることができます。 本開発では面発光レーザを構成するミラーの一部を高反射金属ミラーとすることでミラーの反射率をさらに増加させ、しきい値電流の大幅な低減を実現しました。
【内容の詳細説明】
- 1.「表面プラズモンミラー」技術
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本開発では電子ビーム露光技術[7]を用いたナノメートル(nm)[8]オーダの微細加工技術を駆使し、金属ミラーに対して200nm径の微細開口を周期的に形成することに成功しました。 本開発の面発光レーザにおいては、最も強い表面プラズモン共鳴が生じるよう微細開口の周期は550nmとしました。従来の面発光レーザにおいては、 低しきい値電流を実現するためには光出力を犠牲にする必要がありましたが、本開発の面発光レーザではこのトレードオフを解決し実用上問題のない2mWという大きな光出力を実現しました。
- 2.Ag(銀)を用いた高反射金属ミラー技術
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本開発では、表面プラズモン効果が最も高く、かつ反射率の大きなAgをミラーの材料として採用しました。Agにおいては酸化を含む膜の劣化による反射率の低下が課題でしたが、 SiN[9]保護膜でAgをカバーする構造としこれを解決しました。この結果、0.5mAという従来比約1/2の低しきい値電流を実現しました。
【用語の説明】
- [1] 表面プラズモン共鳴
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表面プラズモンとは金属表面に生ずる電子の集団的な振動波のことです。 通常、光とは相互作用しませんが、ナノメートルオーダの周期的な微細開口を金属に形成することで光と強く共鳴します。 通常、光は波長より小さい開口を通り抜けることはできませんが、周期開口では表面プラズモンと強く共鳴するため光の透過率が桁違いに上昇し、光透過が可能となります。 本開発の面発光レーザはこの共鳴現象による透過光出力の増加を積極的に利用したものです。
- [2] 面発光レーザ
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基板と垂直方向に半導体レーザの共振器が構成され、光が表面から取り出されるレーザのことで VCSEL(ヴィクセル: Vertical−Cavity Surface−Emitting Laser)とも呼ばれます。 基板と平行方向に共振器を形成した従来の端面発光型半導体レーザに比べ、高速変調が可能、しきい値電流が小さい、発光パターンが円形である、作製プロセスや検査工程が簡易、などの特長を有し、 主に近距離の光通信用途に実用化されています。
- [3] 「表面プラズモンミラー」
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面発光レーザの光出射面側のミラーとして、金属にナノメートル程度の微細開口を周期的に形成したものです。高い反射率を維持しながら透過光出力を大きくできることが特長であり、 当社ではこれを「表面プラズモンミラー」と呼んでいます。
- [4] ミラー(Mirror)
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面発光レーザにおいては共振器の上部及び下部に例えば99%以上の反射率を有する反射鏡を形成し共振器での光の閉じ込めを向上させることでレーザ発振を実現しています。 ミラーはこの反射鏡の英語表記です。
- [5] しきい値電流
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半導体レーザに電流を加えていった場合に、レーザ発振を開始しはじめる電流値のことです。機器の低消費電力化を実現するために、しきい値電流の低減が強く求められています。
- [6] μW(マイクロワット)
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光出力の単位で1000分の1mW(ミリワット)に相当します。
- [7] 電子ビーム露光技術
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電子ビームを用いフォトレジストをパターニングする露光技術のことです。従来の紫外線を用いた光学露光技術と比較して、加工可能な最小寸法を著しく小さくできることが特長です。 最小加工寸法としては10nm程度まで低減できます。
- [8] ナノメートル(nm)
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長さの単位で10億分の1メートル(m)に相当します。
- [9] SiN(Silicon Nitride)
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シリコン窒化膜のことで、半導体デバイスの保護膜として広く用いられています。酸素を含んでいないため、今回開発した金属ナノホールアレイを構成するAgを酸化させることがなく 保護膜として最適です。