写真:パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当 臼井 重雄(うすい しげお)

2022年8月30日

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「ありたい未来」からはじめる~パナソニックデザイン

パナソニックグループは「Future Craft」というデザインフィロソフィーのもと、未来を見据えたデザイン経営実践プロジェクトを展開。グループCEO 楠見直下のプロジェクト支援チームと各事業会社のトップが連携し、お客様の視点に立った未来構想・長期戦略を推進中だ。パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当の臼井 重雄(うすい しげお)に、「未来を丁寧に創りつづける」パナソニックデザインの現在地とこれからの展望について聞いた。

デザインフィロソフィー「Future Craft」

パナソニックグループはデザインフィロソフィーとして「Future Craft」を掲げている。
Craftという言葉には、丁寧で緻密、奥ゆかしく優しい、という思いをこめている。それを、世代を超えて未来(Future)へつなぐ――「人の思いを察し、場に馴染み、時に順応していくことで、未来を丁寧に創りつづける。それがパナソニックのデザイン」。パナソニックグループの事業領域は広いが、臼井をはじめとするデザイナーたちは、どんなアウトプットであっても、心持ちとしてこの言葉を大事にしている。

図版:パナソニックのデザインフィロソフィー

グローバル4拠点を含むデザイン本部に、各事業会社のデザインセンターに所属するメンバーも合わせると、パナソニックグループ全体では約400人のデザイナーがいる。取り扱う事業領域や活動地域は多岐にわたるが、全員が「Future Craft」の思想に基づき、「ありたい未来の社会やくらしの姿を描いて、お客様にお届けする物語を見出し、未来を丁寧に創りつづけていくこと」を念頭に業務に取り組んでいる。

写真:パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当 臼井 重雄(うすい しげお)

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当 臼井 重雄(うすい しげお)

狭義から広義のデザイン、そしてビジョン創出へ

かつてパナソニックグループのデザイナーといえば、商品の魅力をカタチとしていかにお客様に伝えるか、というプロダクトデザインが仕事の中心だった。しかし現在は、より広義の「UXデザイン」、そして社会のあるべき姿を問う「ビジョンデザイン」まで含む、幅広い領域へとシフトしていっている。

図版:企業におけるデザインの潮流

「UXデザイン」とは、UX=ユーザーエクスペリエンス、つまり、お客様の潜在意識を観察(インサイト/探索)し課題を発見。新しい体験を生み出すことで、その課題や潜在的ペイン(悩みの種)を解決するという考え方だ。
例えば炊飯器の場合であれば、ただ「より良い炊飯器をつくる」ことだけではなく、人を起点に「誰のために何をつくるのか」という発想に立ち返り、様々な角度から「お米を炊く」意味を深掘りすること。「美味しいお米を食べたい」は言わずもがな、「健康に過ごしたい」「食事時間を豊かに過ごしたい」など、お客様が真に求めていることは何か。そして、そのために私たちがお届けすべきなのは何なのか。そこをしっかり考え抜くことが重要となる。

「UXデザインにおいては、『気づく・考える・つくる・伝える』という一貫した顧客起点のプロセスで取り組む『創造』と、どんな未来が訪れるのかという『想像』、この2つの『ソウゾウ』(クリエイションとイマジネーション)の循環を大切にしてモノづくりに取り組んでいます」。

ありたい未来とのギャップを埋める「デザイン経営」

先の見えない今、「こんな時代こそ、どんな未来にしたいのか」を考えることが重要だ、と臼井は語る。
「地球、社会、そしてお客様視点で未来を考えてみる。そこからバックキャスト(逆算)していくと、単なる今の延長線上で考えた未来とは大きなギャップがあることに気づく。このギャップを具体的に埋めていくところに『デザイン経営』があります」。

図版:現在の事業・商品軸の抱える課題

「デザイン経営」とは、事業経営にデザイン思考を活用するマネジメントそのもの。パナソニックグループが目指すデザイン経営とは、社会にとって意味のある価値の創出を目指し、「人・くらし・社会・環境」を中心に構想した「実現したい未来」を起点として事業の現在地と照らし合わせ、そこへ近づく努力をしつづけるサイクルによって、事業の本質的な競争力を強化することだ。

図版:パナソニックが目指すデザイン経営の考え方

デザイン経営の可能性を広げる越境型BTC組織

「デザイン経営の可能性を広げるのが、B(ビジネス)、T(テクノロジー)、C(クリエイション)の3要素から成るBTC型の組織です」と臼井は言う。
「従来はBとTに偏重した事業企画が主流で、C(クリエイション、デザイン)の役割は限定的でした。しかし現在は、多様なC人材がBやT視点との隣接領域で議論を重ねる、『越境型BTC』の組織づくりが拡大しつつあります」。

図版:主戦事業でクリエイティブを発揮する

「すでに2021年度の時点で、以下のような『越境型BTC』組織によるプロジェクトが生まれていました。この機運を事業会社制となって以降も醸成し続け、グループ全体に広げ、根付かせていこうというのが私の役割です」。

図版:グループ内で拡がる越境型BTC組織の一例

「デザイン経営実践プロジェクト」の推進

4月以降、臼井はグループCEOの直下で「越境型BTC」組織を支援するための「デザイン経営実践プロジェクト」を推進している。

「私がプロジェクトリーダーと称してはいますが、事業の長期戦略を描くのも、推進するのもその主役は実践チームです。
まず各事業の経営者のもとにBTC人材が混ざりあったチームが結成されることで、従来よりも多様な専門性、価値観に基づいて議論を行うことが可能となります。そして戦略の起点となる『未来構想』の明確化にあたっても、経営者が実践チームのリーダーとして自ら『ありたい未来』を描く。その未来起点でチームメンバーたちが『ソウゾウ』しながら様々な開発を推進していきます」。

図版:デザイン経営実践プロジェクトの建付け

こうした実践チームを「デザイン経営実践プロジェクト」が支援する。この編成のメリットとしては、「既存アセットへの依存やバイアスを打破する非線形の議論がしやすい」「組織の壁を越え、事業全体/周辺領域までを俯瞰した未来構想がしやすい」そして「未来構想と実行(中長期戦略や事業計画)の分断を防ぎ、事業部門内へのクイックな浸透を促進しやすい」といったポイントが挙げられる。

支援チーム側は主に、バックキャストの起点たる「未来構想」の具体化を次のようにサポートする。

  • 未来構想スキームを実践する思考法やフレームワークの共有
  • 未来を知る/視野を拡げるためのインスピレーションのヒントとなる情報のインプット
  • 事業会社の枠を超えて、取り組みの成功例・失敗例を含むプロセス/ナレッジを共有

「未来構想は、各事業会社がミッション・ビジョン・バリューを定めたのちに、中長期戦略を描く前のステップとして位置付けています。『ありたい未来』の姿から自らの役割をバックキャストすることで、いつ何が必要か、比較的抽象度の高いビジョンの解像度を上げて言語化し、到達度が計測できる『使えるビジョン』の形成を支援します。それが意思決定の根拠になったり、ステークホルダーに共感いただくストーリーになったり、長期で考えていくための風土づくりにつながったり。支援チームとして引き続き、これらのきっかけをつくる役割を果たしていきたいですね」。

「未来構想」の実践から得たもの

「デザイン経営実践プロジェクト」としては、すでに2021年度、2つの事業会社においてパイロットプロジェクトを実施している。

「B2B、B2Cで1つずつ、タイプの異なる事業における活動を通じて、今回のプロセスやメソッドの有効性を検証させてもらいました。
結果、いずれのトライアルにおいても、従来の事業領域を超えた創意が多く生み出され、既存組織の能力を超えた野心的目標が設定されるなど、着実な変化がみられました。
各事業の責任者からは『自分たちの製品/既存顧客/営業といった既存の視点から視座が上がり、直接の顧客のさらに先にいるエンドユーザーや社会を起点とした思考へと変化した』『従来のバックキャスト検討は既存アセットに無意識に縛られていたことに気づいた。新しい発想や意見がメンバーから出てくるようになり、変化に驚いている』といった嬉しいコメントも寄せられました。

もともと、くらしや社会の変化について『気づく』『考える』『未来を想像する』のは、私たちデザイナーの得意分野です。ですが我々デザイン経営支援チームはあえてその主体とならずファシリテーターに徹し、事業部門側のメンバーにこれらを実践してもらうことで、内発的な動機としていただく、自分たちのものにしていってもらうことを最優先に考えています」。

事業側と様々な未来構想について検討していた中では、当初、否定的な意見も少なからずあった。
「『デザインの話は青臭くて全然ビジネスの匂いがしない。こんなことをしてどうするんだ』みたいな反応もありました。でも、我々の思いをずっと説明し続けていると、ある日、『青臭くてもいいから、本当にお客様が困っていることや世の中で起きていることを教えてほしい』と、急にスイッチがパチンと切り替わった時がありました。おそらくそのチームの中で、『お客様に向き合えていると思っていたが、実は向き合えていなかった。世の中はいつの間にか変化していた』ということに、ふと気づいたのだと思います。
今後もこうした地道なやり取りを続け、BTCチームで取り組む大切さ、デザイン経営の重要さについてグループ全体に浸透させていくことができればと思っています」。 

写真:パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当 臼井 重雄(うすい しげお)

未来を描くための変化、そして人材

臼井は言う。「経営者自身が未来を描くことがすごく大事。それはグループCEOの楠見が早々に見抜いていました。
楠見はCEO就任前、オートモーティブ事業のトップを務めていた時代に、全社の、どの事業部よりも先駆けて、『車室空間ソリューション室』というBTCチームを作ったんですね。
当時のオートモーティブ事業は主体が横浜にありましたが、『車室空間ソリューション室』はあえて京都のデザインセンターに置き、そこに未来を共に考えていくメンバーを集めて、自由に意見交換をしていく場所とした。その後、2021年にグループCEOとなった際に、あの時と同じように、『越境型BTC』組織の取り組みをグループ全体でやろうということになったのです」。

変化が起きるところにビジネスチャンスがある。自らが変化を起こさないといけない――まずは経営者がこうした思いを持つことが重要だ、というのが臼井の考えだ。

「昔は技術そのものが変化を起こしていて、そこにデザインが求められていました。例えばVHSからDVDになったら、横ではなく縦にも置ける。となればプロダクトのデザインも変化し、お客様もそこに魅力を感じ、新しいビジネスチャンスが生まれていきました。
しかし今は変化するのは技術ではなく、お客様の価値観のほう。そこを見据えながら、未来がどう変化していくかを検討し事業にどう紐づけるかが、成功につながるキーだと思うのです」。

大量生産により、広くあまねく多くのお客様に豊かさをお届けしていた時代には、「つくる」のスペシャリストが多かった。しかし今後は「気づく」「考える」「伝える」に長けた人材も貴重となってくる。
「UXデザイン」の実現には、リサーチャーやストラテジストなどの新たな専門人材が必要とされ、その層も近年厚くなり、デザインの機能も多様化している。

「創業者 松下幸之助の『ものをつくる前に人をつくる』という精神にも則り、多様な専門人材の採用と育成にも力を入れていきます」。



従来とは違ったやり方で未来を「ソウゾウ」していく――現代のパナソニックグループとしての「成長のメカニズム」を確立させ、会社のDNAとして浸透させていくデザイン経営の取り組みは、グループ全体にとっての新しいチャレンジといえる。
より多くのお客様の課題解決にお役立ちするべく邁進しているパナソニックグループ。お客様視点で真に価値あるクリエイションを目指すパナソニックデザインの挑戦は、グループが持続的に成長していく未来を実現する大きなチカラとなっていくに違いない。

記事の内容は発表時のものです。
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