オドロキが常識を変えていく。~Wonder Solutions~

新幹線初の「先頭車研ぎ装置」繊細な力加減を再現した"日本の技術魂"

2019年2月26日

特集

新幹線初の「先頭車研ぎ装置」繊細な力加減を再現した"日本の技術魂"

日本の技術力の結晶ともいえる東海道新幹線。安全・安定輸送を絶えず支えるため、新幹線車両のメンテナンスもまた非常に重要な工程である。中でも先頭車の研ぎ作業は、車体が高度な計算で作られた流線型であるため、メンテナンス作業は難易度が高く、手が届きにくい箇所は不安定な作業でもあった。そこでJR東海では新幹線で初めて先頭車の車体表面を自動で研ぐ「先頭車研ぎ装置」を浜松工場で採用した。きめ細やかさが求められる作業の自動化は、どのようにして生まれたのか。

日本の大動脈を走る東海道新幹線に欠かせないメンテナンス

今から約55年前、東京オリンピックの開幕直前に運行を開始した東海道新幹線。日本の高度経済成長の象徴とも言える高速鉄道はこの半世紀の間、時代とともに進化を重ねてきた。

2度目の東京オリンピックを目前に控えたいま、東海道新幹線の1日あたりの列車本数は平均368本(2017年度実績)。数分に1本の割合で運行され、旅行客やビジネスパーソンらにとって重要な輸送手段としてすっかり定着した。しかもほぼ遅延がないことで世界的にも知られ、快適な移動を乗客に提供している。「N700系」は、2007年7月から運行を開始。2013年2月には安全性と信頼性をさらに向上させたN700Aが登場。「N700系・N700A」は現在の主力車両となっている。2015年には最高時速を285kmへと引き上げて東京・新大阪間の所要時間を3分短縮するなど、さらなる高速化を実現した。

写真:2007年7月から運行を開始した「N700系」。今では東海道新幹線の主力車両となっている(提供:JR東海)

2007年7月から運行を開始した「N700系」。今では東海道新幹線の主力車両となっている(提供:JR東海)

これだけのスピードで日本の大動脈を行き来するため、徹底したメンテナンスが必要となる。何よりも乗客の安全が第一だからだ。東海道新幹線を運営する東海旅客鉄道株式会社(以下JR東海)では、同社 浜松工場で新幹線車両の全般検査(オーバーホール)を実施。主要部品を取り外し、各機器・部品の細部にわたって検査・修繕(検修)を行う。

メンテナンスの周期は36カ月ないしは120万kmを超えない期間のいずれかと定められている。2018年11月30日現在、JR東海が保有する新幹線は133編成(1編成あたり16両)で、そのうち「N700系・N700A」が123編成と9割以上を占める。

工場リニューアルがきっかけ、まずは社員の安全を優先

2010年夏、JR東海では浜松工場のリニューアル工事に着手。浜松工場は大正元年(1912年)に創立された古い施設であり、発表では耐震性の高い建物への建て替え、補強の方針が示された。これは大規模な地震が発生した場合でも円滑な全般検査を維持するためだ。

写真:リニューアルしたJR東海 浜松工場(提供:JR東海)

リニューアルしたJR東海 浜松工場(提供:JR東海)

1世紀ぶりのリニューアルとなったこのタイミングでは、同時に「最新機器の導入による効率化」を掲げた。その一環として計画されたのが、今回紹介する「先頭車研ぎ装置」である。JR東海の村松 寿則氏は「リニューアルに際して、工場内のいわゆる"3K作業"を見直すことになりました」と、その意図を説明する。

そもそも、なぜ車体を研ぐ必要があるのか。この疑問に対して、村松氏は次のように解説してくれた。

「入場した新幹線は、浜松工場で車体の色をすべて塗り替える全塗装を施します。ほぼ毎日、走行しているため、車体が汚れて色が黄ばんだり、くすんだりしてきます。お客様に快適にご利用していただくために、我々はきれいな車両を提供したいと考えており、定期的な外板の清掃などに取り組んでいます。全般検査においては、車体の色を全て塗り替えていますが、塗装の前段階で塗料を車体に付着しやすくして剥がれないようにするために、表面を少しだけ研いで適度に粗くする必要があるのです」

写真:東海旅客鉄道株式会社 浜松工場 設備科 助役 村松 寿則氏

東海旅客鉄道株式会社 浜松工場 設備科 助役 村松 寿則氏

この工程は塗装の専門用語で"足付け"と呼ばれるが、これは初代新幹線車両の0系の時代から行ってきた作業だ。それこそ国鉄時代には塗装に特化した部署もあったほど高度な技術を要する。その一方で、「N700系・N700A」の先頭車は複雑な流線型をしているため足場が不安定にならざるを得ない箇所があり、また研ぎによる粉塵が発生したり、夏場は高温になったりするなど、人力での作業には作業者の負荷がかかっていた。「効率化もありますが、まずは社員の更なる安全作業の実現を第一と考え、先頭車の研ぎ作業を機械に置き換えられないか?との思いからプロジェクトがスタートしました」(村松氏)

先頭車研ぎ装置の開発の打診を受けたのは、パナソニック環境エンジニアリング(以下、パナソニック)だった。担当者である同社の植田 俊一氏は「話をいただいたときは新幹線に関する実績はほぼゼロ。当社にとってもこの領域に関しては初めての挑戦でした」と語る。

写真:パナソニック環境エンジニアリング株式会社 生産環境エンジニアリングユニット SEグループ 中部セクション 主事 植田 俊一氏

パナソニック環境エンジニアリング株式会社 生産環境エンジニアリングユニット SEグループ 中部セクション 主事 植田 俊一氏

綿密な検討を重ねながら、"新幹線初"の装置が完成

JR東海が求めたのは、ブラシを押し付けながら研ぐ、フォースコントロールと呼ばれる技術を元にしたものだ。だが、実質的にフォースコントロールで均一に研げるのは平面などの一定条件に限られるため、そこにスパイスを加えてカスタマイズする必要があった。

「曲面に対してすべて均一になるように研ごうとすると、通常のブラシではムラができてしまいます。そこで先端に付いているブラシの形状を変え、曲面でもコントロールできるようにしました。ブラシの形状は研ぎの圧力・トルク・速度に対応できるものとし、研ぎ用の薬品も当社で開発したものです。さらに、ブラシ以外の部分にも独自の技術を投入してフォースコントロールとマッチングさせ、圧力センサーとブラシが一体化して研ぎの品質が一定になるようにしています」(植田氏)

言葉にすると簡単だが、ここに至るまでには非常に長い時間を要した。まず、平面の状態で問題のない塗着条件になるまで研ぎ量を確定するのにおよそ2〜3年、その後にようやく曲面での検証に乗り出した。「しっかりした状態になると、テープを貼って剥がしてもテープに塗料がつかない。そうした基本的な検証の繰り返しで研ぎ量を決めました」(村松氏)

曲面での検証では、先頭車両を縦半分にカットした1分の1スケールのモックアップ(模型)を用意してもらい、そのモックアップを使い、パナソニックが接触テストや研ぎコントロール性能を追い込んでいった。ようやく実車テストにこぎ着けたのは2016年に入ってから。「実車のテストを見てもらったとき、関係する方々に"素晴らしい"と拍手をいただき、嬉しさと万感の思いがこみ上げてきました」と、植田氏は当時を振り返る。

こうして2017年1月から稼働を開始した先頭車研ぎ装置は、新幹線初の導入事例として大きな話題を呼んだ。「JR東海、並びにJR東海関係会社様の協力があってこそ進めることができました。一緒に歩んできたプロジェクトです」と植田氏が言えば、村松氏は「約2年が経過しても、何の問題もありません。作業環境の改善とともに作業時間も大幅に改善され、期待通りの効果が得られています」と導入のメリットを語る。お互いの強力な信頼関係があってこそなし得た事例と言えるだろう。

写真:先頭車研ぎ装置はモニターで細かく管理がなされている

先頭車研ぎ装置はモニターで細かく管理がなされている

取材時には、浜松工場で実際に動く先頭車研ぎ装置を見る機会を得た。装置は6本のアームから構成され、それぞれ先端に付いたブラシが車体表面の汚れや油分を研ぎながら繊細に削り取っていく。ゆっくりと入場した先頭車は、まるで久しぶりのシャワーを浴びるかのように見る見る汚れが落ちていき、やがて再塗装を待つだけの状態となった。先頭車研ぎ装置をはじめとする作業の自動化や検修ラインの見直しなどにより、全般検査の全工程はそれまでの15日間から14日間へと1日短縮。1,000人を超える作業員が携わるだけに、この1日の短縮は「非常に効果が大きい」(村松氏)という。

写真:浜松工場で実際に動く先頭車研ぎ装置

浜松工場で実際に動く先頭車研ぎ装置

JR東海では今後、N700Aの後継となる新型車両「N700S」の導入を控えている。先頭車の形状が変わるため、ここで蓄積したノウハウを発展させて進化版の先頭車研ぎ装置が登場する可能性も十分ある。間近で見たアームの動きは、ある種芸術的なものだった。"日本の技術魂"は、まだまだ健在である。

(ライター:小口正貴(スプール))

「未来コトハジメ」 - 日経ビジネスオンラインSpecialにて、2019年1月17日(木)公開

発表年月
発表年月