一刻も早く外国人旅行者を"荷物の束縛"から解放せよ
近年のインバウンド増加はよく知られた事実だ。JNTO(日本政府観光局)の調査によれば、2018年は過去最速のペースで訪日外客数が伸び、2018年8月末の時点で2000万人を突破した。観光立国・日本の実現に向け、順調な成長曲線を描いていると言えよう。
現在の訪日外国人旅行者は、7割以上が個人旅行と言われる。パッケージツアーであれば移動に際して旅行事業者に荷物を託すことができるが、個人は自分で運ぶしかない。その結果、「大型荷物を抱えて移動に苦しむ旅行者」が増えている。
(参考資料:第1回「手ぶら観光促進協議会」のデータより(7割以上の根拠))
2020年に4,000万人(※)という外国人旅行者たちがストレスフリーな旅行を楽しむためにも、"荷物の束縛"は一刻も早く解決しなくてはならない。観光庁は"手ぶら観光"を掲げ、民間事業者に対して外国人旅行者の荷物配送や一時預かりの強化を促進するが、国の施策としては未だ弱いのが実情だ。
※政府(観光庁)が掲げる訪日外国人旅行者数の目標値
こうした中、2020年を見据えて観光のJTB、物流のヤマトホールディングス(以下ヤマトグループ)、ICTのパナソニックが協業。お互いの知見・強みを持ち寄って、手ぶら観光実現の決定打となるサービス「LUGGAGE-FREE TRAVEL」(以下LFT)を2018年1月から開始した。
オンラインで完結、伝票を書く煩わしさとは無縁のスマートサービス
LFTは、日本を訪れる外国人旅行者を対象とした荷物配送サービス。「観光×ICTでスマート社会へ」をビジョンに掲げ、申し込みから決済までのすべてをオンライン上で行えるのが特長だ。
サービスの内容はこうだ。訪日前や旅の途中で、外国人旅行者が旅程に応じて事前にオンラインで荷物の配送を予約。多言語に対応しており、スマートフォンから簡単に申し込めるのもメリットである。例えば日本の空港に到着したら、受付用端末が設置されたLFT取次カウンターで発行済みのQRコードが表示されたスマートフォンを提示し、予約内容を確認して荷物を預ける。成田空港の場合、10時までに預ければ当日の18時以降に都内や箱根で受け取ることも可能。これにより旅行者は身の回りの荷物だけを持って、到着初日から手ぶら観光を楽しめる。
空港→宿泊施設の配送だけでなく、宿泊施設→宿泊施設の配送も行う。受け取りたい日の前日15時までに予約しQRコードを使ってLFT取次施設で預けておけば、次の日の夕方頃に受け取れる。長距離の国内移動では新幹線や特急電車に乗るのが一般的だが、これならスペースが限られた車内でも物理的な余裕を持って過ごせる。加えて混雑した駅や街なかで階段の登り下りを強いられる中、重たいスーツケースを持ち歩かなくて済み、気持ちの余裕も生まれる。
このように外国人旅行者ファーストのサービスであると同時に、観光事業者のオペレーション向上と負担軽減に寄与する点も見逃せない。JTBの和田 真氏は、LFT開発のきっかけの1つとなった現場の課題を指摘する。
「配送カウンターを設けているホテルや旅館が多いため、外国人旅行者も『日本ではスーツケースを送れる』という認識はありますが、荷物を送るには伝票が必要になります。外国人にとって日本語で伝票を書くのはハードルが高く、スタッフが代筆しているケースがほとんどです。
結果的に、そこでかなりの時間を取られます。お客様から次に泊まる施設の住所や電話番号を聞いて、荷物の大きさを計測して細かい料金を徴収して......。さらに送り先のホテルに予約が入っているかどうか確認を取ることも多く、非常にスタッフの作業が煩雑になっています。
配送のやり取りはチェックアウト時に集中しますので、お客様も朝から余計なストレスを感じることになります。そればかりかスタッフの負担も相当なものです。LFTはこうした課題を解決するサービスとして役立てていただいています」(和田氏)
LFTの運営事務局窓口はJTBが務め、パナソニックはBtoB事業を手がけるグループ会社のパナソニック システムソリューションズ ジャパン(以下PSSJ)とともに、システムやデバイスを含む後方支援を一手に担う。もちろん、配送はヤマトグループが担当する。
パナソニックの田中 晴美氏は、観光ビジネスソリューションで他社と協業した経緯と狙いについてこう話す。
「2020年に向け、我々が持つコミュニケーションやペイメントに関連した技術アセットを訪日外国人向け観光ビジネスに活用したいとの思いがありました。しかしこれまでパナソニックには観光分野で事業を行うネットワークや知見がなかったため、海外の旅行代理店も含めた顧客に対して強い接点を持つJTBと協業して進めることにしたのです。
観光分野におけるさまざまな社会課題を議論していく中で、観光客にとってのいちばんのお困り事は移動中の大型手荷物であるとの結論に達しました。その課題を解決するためには高い安心・安全レベルで荷物を輸送する事業者が不可欠です。そこで、『物を動かすプロフェッショナル』であるヤマトグループと我々の3社が協業することにより、LFTが実現しました。
外国人旅行者にとって、どんなシステム構成で、どんなハードウエアを、どんな場所にタッチポイントとして置くべきか――PSSJを含め、その点はJTB、ヤマトグループとともに相当ディスカッションを重ねました。外国人対応が可能な配送カウンターが全国各地に増えつつありますが、日本語伝票を書いたり現金で料金を収受するアナログな作業に伴う時間やスタッフ・お客様双方の心理的負担といった課題が解決されません。これらを解決するLFTが、日本における手ぶら観光支援のデファクトスタンダードになることを目指します」(田中氏)
ICTとリアルを一気通貫で担当できるからこその強み
システムを担当したPSSJは、シンプルかつわかりやすい構成にこだわった。同社の日下田 雅治氏は「海外の人たちのみならず、ホテル・旅館スタッフの人たちが一見してすぐに理解し、使えるようにするユーザーインタフェースを徹底的に考えました」と語る。そのため、QRコードによる簡単認証で荷物配送に必要な予約情報を連携する流れは当初から織り込み済みだったという。
一連の明瞭な操作性は、旅行者とスタッフ双方に抜群の効果をもたらした。それまで宿泊施設での配送手続きには15~20分ほどかかっていたが、LFT導入後はわずか1分半ほどと劇的に短縮。さらに宿泊施設のフロントや空港・観光案内所のカウンターに名刺大のLFT利用カードを置いてPRを図り、入国前の"タビマエ"だけではなく、日本周遊中の"タビナカ"での需要掘り起こしを加速している。LFT取次店は2018年9月末時点で約600施設にまで到達。順次LFT受付用端末の設置を行い、LFTの取次ぎ開始を進めている状態だ。
「利用者のアンケートでは、9割以上の人に素晴らしいとの評価をいただきました。実際、日本滞在中に数回利用される方もいらっしゃいます。
観光事業者からも『非常に良いサービスですね』との声をいただいています。最近では事務局に『大変便利だと噂を聞いたのだが』といった宿泊施設さまからの問い合わせも増えてきました。こちらでサービスに付随したサポートを行うLFT専用コールセンターも用意しているため、LFT取次施設の方には、発送した荷物に関する問い合わせやまさかのときのトラブル対応から手離れできる点も喜んでいただいています」(和田氏)
地域の観光地や公共交通機関から問い合わせがあるなどの波及効果も出てきている。「例えば大きなスーツケースは1.5人分のスペースを取ってしまいますから、ただでさえ混雑する地下鉄やバスなどでは逼迫した問題です。2020年に解消されていないと大変なことになりますから」と和田氏。
JTBが持つ訪日外国人旅行者情報を、サービス提供側のシステムに連携させるためにパナソニックが構築した「TRM(Traveler Relationship Management)」もユニークな仕組みとして挙げられる。旅行者の情報の一元化と各種サービス提供・利用に即した情報の橋渡しにより、今後さまざまな観光サービスへの展開を見込む。
「最近では家電量販店からの問い合わせもあります。買ったものを持ち運ばず、その場でホテルに送りたいという海外からのお客様のニーズが多いからです。このように、サービスがどんどん広がる可能性があります。将来的には旅行者の趣味・趣向をAIで解析して、さらに新しいサービスにつなげていきたい。TRMはそのハブとなる仕組みです」(日下田氏)
田中氏は今回の取り組みを通して、「システム上のバーチャルな部分から、人が触るリアルな現場まで一気通貫で担当できるパナソニックらしさが観光分野でも活かされています。ここで得た知見を、訪日外国人旅行者が使うシェアリングサービスなどに紐付けていけば、次のステップも見えてくるはずです」と話す。続けて和田氏は、次のように締めくくった。
「現場に導入して使っていただくところまできちんとフォローできる。それは100年以上にわたり旅行事業を手がけてきたJTBならではの強みです。
我々が掲げる理念は"デジタルとヒューマンタッチの融合による新たな価値提供"です。今後LFTでは、観光事業者、交通事業者、自治体などと連携しながらこれまでの関係性を活かして円滑に事業を進められる自信があります。まさにICTと信頼関係が融合するからこそ為せるわざなのです」(和田氏)
(ライター:小口正貴(スプール))
「未来コトハジメ」 - 日経ビジネスオンラインSpecialにて、2018年10月30日(火)公開