【要旨】
パナソニック株式会社 セミコンダクター社は、世界最高感度のテラヘルツ波[1]検出用窒化ガリウム(GaN)[2]トランジスタを開発しました。従来比二桁以上の感度向上を実現し、これまで困難であった室温でのテラヘルツ波検出が可能となります。これにより、セキュリティカメラ、材料分析装置をはじめ様々な機器の簡素化が可能となり、テラヘルツ波の幅広い普及が期待できます。
【効果】
今回開発したトランジスタは、テラヘルツ波をトランジスタ内でプラズマ波[3]へ変換することで電気信号として検知するものです。GaN材料を用いることにより、プラズマ波の振幅を大きくして、取り出せる信号強度を増大させました。さらに、トランジスタの電極をアンテナとして用いることで付加アンテナが不要となり、伝搬損失[4]を無くしました。これにより、実用上十分なテラヘルツ波検出感度を実現しました。
【特長】
本開発のテラヘルツ検出用GaNトランジスタは、従来のガリウム砒素(GaAs)トランジスタに比べて以下の特長があります。
- 高いテラヘルツ波検出感度 1100V/W(従来比 二桁以上)
- 室温動作が可能(従来 室温での感度が取れない)
【内容】
本開発は以下の新規技術開発により高感度化を実現しました。
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無給電アンテナ[5]構造による伝搬損失のゼロ化
トランジスタのソース/ドレイン電極を無給電アンテナとして動作するように設計し、入射テラヘルツ波をゲート電極近傍に強く集めることに成功しました。ゲート電極自身をアンテナとして機能させることで付加アンテナを削除でき、感度低下の原因となるアンテナからの伝搬損失を無くしました。 - GaN材料の採用によりプラズマ波変換効率を向上
GaNは飽和電子速度[6]が大きく、プラズマ波(電子の疎密波)を高速に発生させることができます。また、ゲート長を短くすることによりこの疎密波の周波数をテラヘルツ波に同期させることで、電子の疎密波が瞬時に大振幅化します。これにより、高効率にテラヘルツ波を電気信号に変換できます。 - MOS構造によりプラズマ波漏洩を大幅抑制
トランジスタ内に発生したプラズマ波は、ゲート電極での漏れ電流により減衰します。
この漏れ電流を抑制するため、ゲートに電子障壁[7]の高い酸化アルミニウム絶縁膜を形成したMOS(メタル オキサイド セミコンダクタ)構造を用いました。
【従来例】
テラヘルツ波を電波として検出する従来のプラズマ波方式のトランジスタは、室温で動作するものの、実用上十分な感度が得られませんでした。一方、現行実用化されている熱変換方式検出器は、感度はあるものの、-270℃の極低温に冷却する必要があり、装置も大型化してしまいます。
【特許】
国内 9件、外国 2件(出願中含む)
【備考】
本開発は、2010年6月21日〜23日に米国インディアナ州サウスベンドで開催のDevice Research Conference 学会で発表します。【照会先】
セミコンダクター社 企画グループ 広報チーム TEL:075-951-8151
E-mail:semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の説明】
室温において高いテラヘルツ波検出感度
テラヘルツ波を検出する方法として、例えば、テラヘルツ波を熱に変換する方法があります。しかし、テラヘルツ波は微弱な電波なので熱変化が小さく、室温では雑音に埋もれて検知できません。そのため-270℃の極低温にまで下げて信号対雑音比を改善する必要があります。
それに対し、テラヘルツ波を電波のまま、プラズマ波トランジスタを用いて検出する方法もあります。
一般にトランジスタの動作周波数の上限は、電子速度で制限され1THz以下ですが、トランジスタのゲート電圧を調整しトランジスタ内の電子をプラズマ波状態にさせると、1THz以上の高い周波数(いわゆるテラヘルツ帯域)においても動作が可能になります。この方法は、室温動作が可能ですが、従来のプラズマ波トランジスタでは、現実の使用で十分な感度を得ることが困難でした。
一方、今回のプラズマ波GaNトランジスタは、室温における感度は1100V/Wと十分高く、一般に用いられるテラヘルツ波電力(数μW(マイクロワット))でも、通常の測定器で容易に測定できる電圧(数mV(ミリボルト))になります。このため、機器に特別な冷却装置を用いることなく、簡素で小型な装置を実現でき、テラヘルツ波を用いた製品の応用範囲を大幅に広げることができます。
【内容の説明】
1.無給電アンテナ構造による伝搬損失のゼロ化
トランジスタのゲート電極の「幅」(電子の流れに垂直な方向)を、入射テラヘルツ波の半波長と同じにすることにより、ゲート電極はそのテラヘルツ波に対するアンテナとなり得ます。ところが、従来、そのアンテナ感度は低いため、ゲート電極だけではテラヘルツ波を受ける能力が不足し、付加アンテナをチップ内に集積することが必要でした。この場合、付加アンテナとトランジスタを結ぶ伝送線の伝搬損失が問題となります。
これは伝搬損失が周波数に比例し、テラヘルツ帯域のような高い周波数では損失が非常に大きくなるためです。今回、ゲート電極に隣接するソース、ドレイン電極が無給電アンテナとして機能するように設計し、テラヘルツ波がゲート電極付近に集まるようにしました。これによりゲート電極のアンテナ性能が向上し、ゲート電極で直接テラヘルツ波を受けることが可能になりました。その結果、付加アンテナや伝送線が不要になり、テラヘルツ帯域感度低下の原因となる伝搬損失を無くしました。
2.GaN材料の採用によりプラズマ波変換効率を向上
高感度化のためには、プラズマ波自体が雑音に埋もれないよう、大きくなっていることが必要です。
プラズマ波は、電子の疎密状態を駆動力として大きくなりますが、その成長割合はプラズマ波を構成する電子の速さに対し指数関数[8]的に増大します。そこで、GaAsに比べて飽和電子速度が大きいGaNを用いることにより、プラズマ波の成長を加速しています。さらにゲート電極の「長さ」(電子の流れに平行な方向)を短くすることにより、プラズマ波の周波数をテラヘルツ波に同期させ、プラズマ波の振幅を大きくさせます。これに伴いテラヘルツ波の検出信号も大きくなり、変換効率が向上します。
3.MOS構造によりプラズマ波漏洩を大幅抑制
ゲート電極に少しでも漏れ電流があると、それを通じてプラズマ波は電力を失い、振幅が小さくなってしまいます。そこで、ゲート電極と半導体表面の間に極薄い絶縁層(酸化アルミニウム)を挿入した構造を用いることにより、ゲート電極の漏れ電流を極めて小さくしました。酸化アルミニウムの電子障壁は高く、漏れ電流をほとんど遮ります。これにより、プラズマ波はチャネル内で減衰することなく維持され、高感度なテラヘルツ検出を実現します。
【用語の説明】
- [1] テラヘルツ波
- 光と電波の両性質を備えた電磁波で、0.1THz〜10THz(THzは1兆ヘルツ)なる広い範囲の周波数領域を指します。カメラのようにレンズで結像したり、X線より安全に物を透過することができます。また、材料ごとに異なる周波数のテラヘルツ波を吸収しますので、材料判断に使えます。この周波数領域で動作する半導体素子の開発は他に比べて難しく、テラヘルツギャップと呼ばれています。
- [2] 窒化ガリウム(GaN)
- GaNは周期表の3族に属するガリウム(Ga)と窒素(N)の化合物で、電気的にはバンドギャップ(半導体中で電子の存在し得ないエネルギー範囲)の大きい半導体です。
- [3] プラズマ波
- トランジスタにおいて、ゲートに加えた電圧によりチャネル領域の電子が希薄な状態になると、チャネル領域中に電子分布の偏りができます。この電子の疎密が波のように移動することをプラズマ波といいます。プラズマ波はテラヘルツ波に追随します。この状態によりトランジスタのドレイン電極の電位が直流的に変化します。この変化量を電圧計で測定することで、入射テラヘルツ波の強度を検出します。
- [4] 伝搬損失
- 一般に伝送線は、周波数に比例して、損失も大きくなります。例えば、同じ伝送線に対し、テラヘルツ帯の信号は、ギガヘルツ帯(GHzは10億ヘルツ)の信号より、損失が1000倍にもなります。
- [5] 無給電アンテナ
- 電流の流れているアンテナ近傍には強い電磁界が生じているため、その近くに別のアンテナを置けば、それに給電しなくても、補助アンテナのように振舞います。無給電アンテナを用いれば、給電アンテナの性能を向上させることができます。
- [6] 飽和電子速度
- 半導体に電圧を加えると、半導体中の電子が加速され、速度が上昇します。その速度には、半導体を構成する原子の構造などによって決まる上限値があります。その上限値が飽和電子速度です。飽和電子速度は、各半導体材料で異なります。
- [7] 電子障壁
- 二種類の材料が接する場所では、電子の移動を阻止する「壁」ができます。「壁」の高さは材料で決まり、例えばシリコン窒化膜より酸化アルミニウム膜を用いる方が高い「壁」が得られます。「壁」が低いと電子はその「壁」をすり抜けてしまい、電子の移動阻止が不十分になります。
- [8] 指数関数(的に増大)
- 自然数(約2.72)のべき乗で変化することを示します。急激に増加する現象を数式で表現する場合などに用いられます。
以上