【要旨】
パナソニック(株)セミコンダクター社は、機器の省エネルギー化を実現するパワーデバイス[1]材料として期待される窒化ガリウム(GaN)[2]を用いた高耐圧[3]・低オン抵抗[4]ダイオード[5]を開発しました。本ダイオードは新規半導体接合(ナチュラルスーパージャンクション)[6]を採用し、これにより低損失[7]特性を実現しました。
【効果】
今回開発したナチュラルスーパージャンクションは、窒化ガリウム特有の分極という特性により表裏面に自然に現れる電荷を積極的に活かしたものです。これにより耐圧を低下させることなくオン抵抗を低減できるため、極めて低損失なパワーデバイスが実現可能になります。本接合を用いた今回のダイオードは、動作電圧が数百ボルトの民生用電力機器から、数千ボルトの産業用電力機器に至る電力分野に幅広く応用可能です。
【特長】
本開発のダイオードは、複数の窒化ガリウム系半導体材料層を接合したナチュラルスーパージャンクションを用いており、以下の特長を有しております。
1. 高耐圧
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: 9,400 V |
2. 低オン抵抗 (RonA)
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: 52 mΩcm2(従来 1,000 mΩcm2) |
この特性は、従来から予想されていた窒化ガリウムの材料限界を業界で初めて実証したものです。
【内容】
本開発では以下の技術により高耐圧、低抵抗を実現し、両者のトレードオフを克服しました。
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分極電荷[8]を利用したナチュラルスーパージャンクションによる高耐圧化
窒化ガリウム系半導体の表面と裏面に自然発生する電荷の平均値がゼロになるため、窒化ガリウム系半導体材料があたかも絶縁体[9]のように振舞うことを発見しました。
この結果、ダイオードに逆方向電圧を印加した場合に耐えうる電圧を電極間隔伸長のみにより大幅に向上させました。 - 複数チャネルを露出するリセス構造[10]による低抵抗化
キャリア[11]が走行するチャネルを複数層形成し、さらにチャネルを露出するリセス構造に電極を形成することにより、ダイオードに順方向電圧を印加した場合のオン抵抗を大幅に低減しました。
【従来例】
高耐圧と低オン抵抗を両立できる接合として、薄いP型半導体[12]とN型半導体[13]を接合させたスーパージャンクションがシリコンデバイスにおいて開発されていました。
しかしながら、P型半導体とN型半導体の不純物濃度[14]と膜厚を精密に制御しなければならず、窒化ガリウム系半導体において実現することが困難でした。したがって、窒化ガリウム系半導体へ適用可能な、高耐圧と低オン抵抗を両立する技術開発が求められていました。
【特許】
国内124件、外国 80件(出願中含む)
【備考】
本開発は2008年12月15日〜17日に米国サンフランシスコで開催のIEDM2008で発表
【照会先】
セミコンダクター社 企画グループ 広報チーム
TEL:075-951-8151 E-mail:semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の説明】
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高耐圧 : 9,400 V
窒化ガリウム系半導体はシリコンを凌ぐ非常に大きな絶縁破壊電界[15]を有しておりますが、これまでのダイオードではこの優れた材料物性を十分に引き出すことができませんでした。
本開発のダイオードではナチュラルスーパージャンクションの採用により、9,000Vを超える極めて高い耐圧を実現することに成功しました。これにより、動作電圧が数百ボルトの民生用電力機器から、数千ボルトの産業用電力機器に至るまで、その応用分野が飛躍的に広がるものと期待されます。 -
低オン抵抗 (RonA) : 52 mΩcm2 (従来 1,000 mΩcm2)
本開発ではチャネルを複数層形成することで、極めて低いオン抵抗を小さなデバイス面積で実現しています。 この新技術により、ダイオードに流れる電流がオン抵抗で熱に変換されることを抑制できるため、電力損失を飛躍的に低減できます。 その結果、機器の消費電力抑制のために並列に使用されていた複数個のダイオードが一つのダイオードで置き換え可能となり、電力機器のさらなる低消費電力化、小型化が実現できます。
【内容の説明】
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分極電荷を利用したナチュラルスーパージャンクションによる高耐圧化
ダイオードに逆方向電圧を印加した場合には、窒化ガリウム系半導体層の表裏に存在していた自由キャリアが消滅するために分極電荷のみが残存します。この表裏に現れる分極電荷は符号が逆で量が完全に等しいことから、その平均値はゼロとなります。 その結果、窒化ガリウム系材料はあたかも絶縁体のように振舞うために、電極間隔の伸長だけで耐圧を極めて高くすることが可能になりました。 これは、シリコンデバイスにおけるスーパージャンクションの効果を自然に実現できるものであるため、ナチュラルスーパージャンクションと表現できる技術です。 -
複数チャネルを露出するリセス構造による低抵抗化
窒化ガリウム系半導体層の表面と裏面には、高濃度の正負の分極電荷が自然に発生します。窒化ガリウム系半導体層を接合することにより、ダイオードに順方向電圧を印加した場合には、この分極電荷に誘起されて電流の担い手となるキャリアが接合界面に発生します。 このキャリアの濃度が極めて高いために、低いオン抵抗を実現することができます。
上記の接合層を多層化することにより、キャリアが走行するチャネルの数が増加し、オン抵抗の低減が可能になりました。さらに、リセス構造によりチャネルを露出させてから、その露出領域に電極を形成することで、すべてのチャネルに良好な電気的接続をすることが可能となり、その結果、極めて低いオン抵抗を実現できるようになりました。
【主要特性 暫定仕様】
ナチュラルスーパージャンクションを利用した窒化ガリウム系ダイオード
項目 | 特性 | 備考 |
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耐圧(V) | 9,400 V | 電極間隔で制御可能 |
オン抵抗(mΩcm2) | 52 mΩcm2 | チャネル数で制御可能 |
【用語の説明】
- [1] パワーデバイス
- 大電力を制御するためのオン状態(導通状態)とオフ状態(絶縁状態)を実現するスイッチとしての働きをする半導体デバイスのことで、オン状態では大電流が流れるため、低い抵抗が必要となります。一方、オフ状態では、高電圧が印加されるため高い耐圧が必要となります。
- [2] 窒化ガリウム(GaN)
- 周期表の3族に属するガリウム(Ga)と窒素(N)の化合物で、電気的にはバンドギャップ(半導体中で電子の存在し得ないエネルギー範囲)の大きい半導体に属します。一般にこのバンドギャップが大きな材料ほど電気的な耐圧は高いといわれています。また、GaNのGa組成の一部をAl(アルミニウム)に置き換えたAlGaN(窒化アルミガリウム)は、GaNとともにデバイスを構成します。
- [3] 耐圧
- 材料に電圧を印加した場合に、耐えうる最大電圧のことです。窒化ガリウム系材料はバンドギャップが大きいことからシリコン(Si)と比較して、耐圧が高いという特長があります。
- [4] オン抵抗
- パワーデバイスをオン状態にした場合の抵抗のことで、パワーデバイスの損失特性を決定付ける重要な特性の一つです。
- [5] ダイオード
- 一方向しか電流が流れない特性を示す二端子の半導体デバイスのことで、P型半導体とN型半導体の接合や半導体と金属を接合させた構造によって実現することができます。
- [6] 新規半導体接合(ナチュラルスーパージャンクション)
- 電流の担い手となる荷電粒子の符合が負である半導体層(N型半導体)と、正である半導体層(P型半導体)を多数積層させることにより、高耐圧と低抵抗を両立できる接合(スーパージャンクション)がシリコンデバイスにおいて開発されています。本開発では複数の組成が異なる窒化ガリウム系半導体を接合することにより、スーパージャンクションと同様の効果があることを発見しました。この新規半導体接合は、窒化ガリウム特有の分極という特性によりスーパージャンクションと同様の効果を自然に実現できるものであり、ナチュラルスーパージャンクションと表現できるものです。
- [7] 損失
- パワーデバイスをスイッチとして動作させた場合の電力損失のことで、オン状態にした場合のオン抵抗で熱に変換される損失がその大部分を占めています。
- [8] 分極電荷
- 窒化ガリウムのような半導体では、結晶を構成するGaとNがプラスとマイナスに帯電しています。そのために、結晶の表裏に正負の電荷が現れます。これを分極電荷といい、自由キャリアを誘起させることができます。
- [9] 絶縁体
- 電流を流さず、かつ材料内に電荷が存在しない材料のことです。
- [10] リセス構造
- 半導体をエッチングすることで設けた凹部のことです。
- [11] キャリア
- 電流の担い手となる荷電粒子のことで、負電荷の場合は電子、正電荷の場合は正孔を意味します。
- [12] P(Positive)型半導体
- 電流の担い手となる荷電粒子が正孔である半導体のことで、例えばシリコン(IV族元素)では不純物として微量のボロン(III族元素)を混入することにより実現できます。
- [13] N(Negative)型半導体
- 電流の担い手となる荷電粒子が電子である半導体のことで、例えばシリコン(IV族元素)では不純物として微量の砒素(V族元素)を混入することにより実現できます。
- [14] 不純物濃度
- 半導体をP型やN型に制御する際に添加する不純物の濃度のことです。
- [15] 絶縁破壊電界
- 材料に印加する電圧を増加させていくと、その材料にかかる電界が増加していきます。その材料は、やがて高い電界に耐えられずに破壊に至ります。この破壊に至る電界を絶縁破壊電界といいます。
以上