【要旨】
松下電器産業(株)は、窒化ガリウム[1] (GaN)系トランジスタにおいてデバイスの面積利用効率を飛躍的に向上させることができる縦型構造の開発に成功しました。 本開発は低損失大電力スイッチング素子として期待されるGaN系トランジスタにおいても縦型構造が有効であることを世界で初めて実証したものです。
【効果】
開発したGaN縦型トランジスタでは、微細チャネルを有する縦型構造によるデバイス面積の大幅な低減に加え、電極コンタクト抵抗の低減により 低オン抵抗[2] かつ 大電流密度を実現しました。これにより汎用インバータや電源等で用いられるパワートランジスタの低損失化・小型化が実現でき、機器の省電力化・低コスト化に貢献できます。
【特長】
本開発のGaN縦型トランジスタは、SIT[3] と同様の縦型構造をGaN系トランジスタに対して初めて適用したものであり、特長は以下の通りです。
- デバイス面積利用効率を大幅向上 : 従来横型構造の約1/8
- 低オン抵抗 : 従来比 約1/3
- 電流コラプス[4] を抑制
【内容】
本開発は、以下の新規技術の開発により実現しました。
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微細 セルフアラインプロセス[5] の確立
ソース電極をマスクとしてゲート電極を形成するセルフアラインプロセスを確立しました。本プロセスにより幅0.3μmの微細チャネルを実現し、 デバイス面積を大幅に低減しました。この微細プロセスは、パワースイッチング素子に必要不可欠である良好なピンチオフ特性[6] を可能とします。 -
低抵抗 InAlGaN[7] コンタクト層の採用によるオン抵抗低減
独自の結晶成長技術により形成したInAlGaN 4元混晶をチャネル層とソース電極との間に挿入することで電極コンタクト抵抗を大幅に低減しました。 -
縦型構造により電流コラプスを抑制
表面に露出するチャネル層の面積を大幅に低減した縦型トランジスタ構造により、大電力動作時に表面トラップ[8] の影響を受けることなく電流が減少しない、 いわゆる電流コラプスフリー動作を実現しました。
【従来例】
従来のGaN系パワートランジスタでは横型構造を採用しており、高耐圧化[9] には電極間距離を大きくする必要があるためチップの小型化に限界がありました。 この問題を解決するため縦型構造の採用が期待されていました。
【特許】
国内17件、外国10件 出願中
【備考】
本開発成果は2006年6月26〜28日に米国ペンシルバニア州にて開催のDevice Research Conference (DRC) 学会で発表します。
【照会先】
半導体社 企画グループ 広報チーム 中小路 陽紀 TEL:075-951-8151 E-mail: semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の詳細説明】
- 1. デバイス面積利用効率を大幅向上 : 従来横型構造の約1/8
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本開発ではチャネル幅を0.3μmと小さくし、チャネル上部に形成したソース電極をマスクとしてゲート電極を形成する構造とすることで、 ゲート電極とチャネル層の距離が十分小さい微細縦型トランジスタ構造を実現しました。このセルフアラインプロセスの採用により、デバイス面積を従来横型構造の約1/8に低減することに成功しました。 さらに、この構造によりチャネル層内での横方向の空乏層の拡がりを十分大きくし、オフ状態での漏れ電流を十分小さくすることに成功しました。 この結果、デバイス面積低減によるスイッチング素子の低コスト化に目処をつけました。
- 2. 低オン抵抗 : 従来比 約1/3
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パワートランジスタでは低損失化のためにオン抵抗の低減が求められます。縦型トランジスタを微細化した場合にはソース電極での電極コンタクト抵抗低減が課題となりますが、 本開発では電極とチャネル層の間にInAlGaN 4元混晶を挿入することで電極コンタクト抵抗を低減し、オン抵抗の大幅な低減を実現しました。
- 3. 電流コラプスを抑制
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GaN系トランジスタでは表面トラップの影響により大電力動作時にドレイン電流が低下してしまうという、いわゆる電流コラプス現象が課題でした。 本開発では縦型構造の採用により、チャネル層が表面に露出する面積を大幅に低減しています。この構造により、従来の横型構造で課題であった電流コラプス現象を完全に抑制することに成功しました。
【内容の詳細説明】
- 1. 微細セルフアラインプロセスの確立
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従来プロセスではチャネル層のエッチングとゲート電極の形成を別のマスク工程により実現せねばならず、工程中のマスク寸法差以下に近づけることが困難でした。 本開発では、WSi [10] ソース電極をマスクとしてゲート電極を形成する、セルフアラインプロセスを確立し、チャネル幅0.3μm、単位デバイス幅1.2μm という微細構造を実現しました。 ここでは、ゲート電極をチャネル層に近づけることが可能となり、オフ状態における漏れ電流を低減し良好なピンチオフ特性も同時に実現しました。
- 2. 低抵抗InAlGaNコンタクト層の採用によるオン抵抗低減
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電極コンタクト層に独自の結晶成長技術により形成したInAlGaN 4元混晶を採用しました。InAlGaNでは従来のGaNと比較し、 電極金属から見たポテンシャル障壁の高さを低減できます。この結果、電極材料の選択肢が広がり、チャネル層形成時のマスクとしても使用可能なWSiをソース電極に使用することで 微細セルフアラインプロセスが可能となりました。 今回、WSi電極に対して3.5×10−5Ωcm2 という小さな電極コンタクト抵抗を実現しました。 このように小さな電極コンタクト抵抗を実現できたため、0.3μmという微細チャネルにおいて0.24mΩcm2 という小さなオン抵抗を実現しました。
- 3. 縦型構造により電流コラプスを抑制
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従来の横型構造GaN系トランジスタにおいて高耐圧化を実現するためにはゲート電極とドレイン電極の距離を大きくする必要がありました。一方、GaN系トランジスタでは 表面トラップの影響により大電力動作時にドレイン電流が大きく減少してしまう電流コラプス現象が大きな課題でした。従来の横型構造では高耐圧化と同時に露出するチャネル層の面積が大きくなってしまい、 電流コラプス現象がより顕著になります。本開発における縦型構造では、ゲート電極下方のチャネル層を厚くすることにより高耐圧化できるため、露出するチャネル層の面積を増加させることなく高耐圧化を 実現できます。この結果、本開発の縦型トランジスタでは表面トラップの影響を受けない、いわゆる電流コラプスフリー動作を実現しました。
【用語の説明】
- [1] 窒化ガリウム
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周期表の3族に属するGaと窒素の化合物で、電気的にはバンドギャップ(半導体中で電子の存在し得ないエネルギー範囲)の大きい半導体に属します。 一般にこのバンドギャップが大きいほど材料の電気的な耐圧は高いといわれています。また、青色発光素子の実現にもこの大きいバンドギャップという性質が利用されています。 なお、GaNのGa組成の一部を Al(アルミニウム) や In(インジウム) に置き換えたものをGaN系材料と総称します。
- [2] オン抵抗
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電界効果トランジスタをオン状態(導通状態)にした場合の、ソース電極とドレイン電極との間の抵抗のことです。 パワートランジスタの損失特性を決定付けるもっとも重要な特性の1つであり、これを低減することでスイッチングシステムの低損失化が実現できます。
- [3] SIT (Static Injection Transistor : 静電誘導トランジスタ)
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縦型構造トランジスタの一種で、ゲート部分をチャネル内に埋め込む形で形成し、チャネル長を十分小さくすることで、 従来の電界効果トランジスタとは異なり非飽和の電流−電圧特性を示すことが特徴です。
- [4] 電流コラプス
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GaN系トランジスタにおいては大電力動作時の大きなドレイン電圧を印加した場合にドレイン電流が減少するという問題が発生します。 これを電流コラプスと呼びます。
- [5] セルフアラインプロセス
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チャネル層上に形成するソース電極をマスクとしてゲート電極を形成する工程のことです。 従来のチャネル層段差形成のマスクとゲート電極形成のマスクを別マスクとしていた場合と比較し、チャネル層とゲート電極の距離を大幅に低減できます。マスク工程数を低減し、 工程の低コスト化にも寄与します。
- [6] ピンチオフ特性
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電界効果トランジスタにおいてゲート電極に負バイアスを印加しドレイン電流が十分に小さくなる、 いわゆるオフ状態となる特性のことです。この状態での漏れ電流が小さい程、良好なピンチオフ特性といえます。
- [7] InAlGaN
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InN、AIN、GaNの3つのGaN系半導体を混ぜ合わせた結晶です。 4種類の構成元素からなり、また3種類の半導体結晶を混ぜて形成されるため4元混晶と呼ばれます。 従来は結晶成長が困難でしたが、本開発では独自の結晶成長技術を確立し、電極金属からのポテンシャル障壁が小さいという特性を活かし、電極コンタクト抵抗の低減に成功しました。
- [8] 表面トラップ
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半導体表面に存在し、電子を捕獲する準位のことです。一般に、これが少ないほど大きな電流を実現できます。 特にGaN系トランジスタでは電流コラプスの主な要因とされ、その制御、減少が強く求められています。
- [9] 高耐圧化
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材料に電圧を印加させた場合に、素子が破壊される最大電圧を耐圧と呼びます。GaN系材料はバンドギャップが大きいことからSi 材料と比較して、耐圧が高いという特長があります。
- [10] WSi (タングステンシリサイド)
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W (タングステン)とSi (シリコン)の合金です。融点が高く、微細化プロセスとの適合性に優れています。