【要旨】
パナソニック株式会社は、日常的に耳にする音量の検査音を聞いたときの脳波[1]の変化パターンから、補聴器の最大音量を推定する技術を開発しました。本開発により、これまで長時間かかっていた補聴器調整(補聴器フィッティング[2])の負担が軽減されます。今後、臨床評価実験の結果を基に、2015年に補聴器の音量自動調整システムとして実用化を予定しています。
【効果】
高齢化により、補聴器を必要とする難聴者は毎年増加しています。従来、補聴器の音量調整で利用する音量の上限値は、不快になる大きな音を出して測定する必要があり心理的なストレス・疲労を招くため、聴覚検査で得られた聞き取れる音量の下限値から計算等で求めていました。そのため、各個人に合った適切な補聴器の音量調整が困難でした。本開発により、各個人が許容できる音量の上限値を、日常的に耳にする音量の検査音に対する脳波の分析により短時間で高精度、かつストレス・疲労を与えることなく求めることができます。その結果、各個人の聴覚特性に合わせた補聴器の音量調整が可能となります。
【特長】
本開発は、以下の特長を有しています。
- 独自開発の検査音を聞いたときの脳波の変化パターンから、許容できる音量の上限値を高精度に推定(誤差±5dB以下:耳鼻科で使う一般的な聴覚検査装置の最小目盛と同じ)。
- 独自開発の検査音により、短時間(5分程度)での検査を実現。
- 検査音は日常的に耳にするレベルの音量であるため、検査における負担を軽減。
【内容】
本開発は、以下の新規技術により実現しました。
- (1)独自開発の検査音(1秒間に数回発する大きさの異なる純音)に対する脳波の変化パターンを分析し、許容できる音量の上限値を高精度に推定する脳波分析技術。
- (2)脳の反応が同一刺激に慣れないように、検査音の周波数を変化させる最適刺激技術。
【従来例】
難聴者の聴覚特性には個人差があり許容できる音量の上限値も大きく異なります。従来、許容できる音量の上限値は、聴覚検査で得られた下限値より簡易な計算で求められ、上限値には個人差による誤差が大きく含まれていました。この誤差を含んだ上限値を使って、補聴器の初期の音量調整を行なうため、補聴器の利用者は強大で不快な音を聞かされたり、また最適な音量になるまで長期間にわたって調整を繰り返したり、大きな負担がかかっていました。
【特許】
国内:18件、海外:8件(出願中を含む)
【備考】
本技術の有効性を検証するため、福井大学医学部と共同で、補聴器の利用者に対する臨床評価を、2011年11月より開始しました。また、本開発の一部は、第41回日本臨床神経生理学会(2011年11月10〜12日、静岡市)で発表しました。
【内容の詳細説明】
(1)独自開発の検査音(1秒間に数回発する大きさの異なる純音)に対する脳波の変化パターンを分析し、許容できる音量の上限値を高精度に推定する脳波分析技術
同じ周波数の純音の音量を80dB(電車内の騒音と同程度の音量)から5dBずつ下げて300ms間隔で3回連発呈示する独自の検査音(連発検査音)を開発しました。その連発検査音に対する脳波パターンを、ウェーブレット解析(脳波パターンを時間−周波数領域に展開)すると、許容音量の上限値の個人差によって、2音目と3音目に対する反応の強度に違いがあるという現象を発見しました。2音目と3音目の反応強度の判別分析により、許容音量を高精度(平均誤差±5dB以下)で推定できました。
(2)脳の反応が同一刺激に慣れないように、検査音の周波数を変化させる最適刺激技術
短い間隔で同じ周波数の音を繰り返し呈示し続けると、音に対する慣れにより脳波パターンが変化し、誤差が大きくなります。そのため、従来の脳波計測では、音と次の音の間隔を十分に(少なくとも1秒以上)あける必要がありました。本開発では、会話の聞きとりに重要な4つの周波数(500Hz、1000Hz、2000Hz、4000Hz)の連発検査音を用意し、同じ周波数が連続しないように周波数を決定し、左右どちらかの耳に連発検査音を呈示しました。この方法により、連発検査音間の間隔を約500msに設定しても慣れの影響がなくなり、短時間計測(5分程度)による許容音量の推定が実現できました。
【用語の説明】
- [1] 脳波
- 頭皮上に一対の電極を置いて、脳の活動により発生する電位変化を記録したものです。大脳皮質の電気的活動を反映しています。脳活動を計測するその他の方法と比較して、簡便に計測できるという利点があります。脳波パターンとは、特定の事象を起点に脳波の一部分を切り出したもので、知覚・認知の処理過程を反映しています。
- [2] 補聴器フィッティング
- 利用者ごとの聴覚特性に合わせて、補聴器の音量を周波数ごとに調整することです。適切に音量を調整するため、周波数ごとの利用者の聴覚特性を正しく検査する必要があります。