【要旨】
パナソニック株式会社 セミコンダクター社は、ミリ波[1]帯において長距離通信を実現できる高出力窒化ガリウム(GaN)[2]トランジスタを開発しました。さらに、このGaNトランジスタを用いて、25GHz帯で動作する送受信機を作製しました。トランジスタの出力として最大10.7Wを実現、この場合の試算として、最大84kmの長距離通信が可能となります。
【効果】
今回開発したGaNトランジスタは、ミリ波帯において長距離通信を可能とするものです。これにより、現在、未利用周波数帯とされるミリ波帯を用いた、新たな大容量長距離通信の実現が期待されます。
【特長】
本開発では、量産性に優れたシリコン(Si)基板上において高出力GaNトランジスタを作製したもので、以下の特長を有しています。
- 準ミリ波帯 および ミリ波帯で動作する高出力GaNトランジスタを実現
・25GHzで出力電力10.7W、通信距離を大幅に伸長
(同周波数におけるSi基板上GaNトランジスタとして、世界最高出力*1)
・60GHzで出力電力密度2.4W/mm、従来のSiC[3]基板上GaNトランジスタを上回る値を確認
(同周波数におけるGaNトランジスタとして、世界最高出力密度*2)
*1、*2:2010年 7月22日時点 当社調べ
- GaNトランジスタを搭載した25GHz送受信機を作製
・大容量通信に適した直交周波数分割多重(OFDM)[4]変調を採用、送受信機として平均出力2Wを実現、計算上最大84kmの長距離通信が可能
【内容】
本開発は以下の新規技術によって実現しました。
- Si基板上 高出力GaNトランジスタ技術
高出力化のためにドレイン[5]電流とドレイン電圧の向上を図りました。Si基板上においてGaNの結晶性を改善し、ゲート幅1mm当りのドレイン電流として、1.1Aと大きな値を実現しました。さらに、MIS型トランジスタ[6]のゲート絶縁膜[7]として、独自の結晶状窒化シリコン(SiN)[8]を採用しました。その結果、ゲート破壊耐圧を向上、55Vという高いドレイン電圧を可能としました。これにより、25GHz および 60GHzにおいてSi基板上GaNトランジスタとしては、世界最高となる高出力化を実現しました。 - GaNトランジスタ搭載25GHz送受信機技術
高出力GaNトランジスタを搭載した25GHz送受信機を作製しました。変調方式として、OFDMを用い、実効データ転送速度16Mbpsが実現でき、最大出力時の通信距離は計算上、84Kmが可能です。
【従来例】
準ミリ波帯 あるいは ミリ波帯は、周波数帯域幅を広く確保することが可能なため、大容量かつ、長距離通信への応用が期待されてきました。しかしながら、従来のガリウム砒素(GaAs)[9]系トランジスタでは十分な出力が得られないために、その通信距離は10km以下に限られていました。ミリ波長距離通信の実用化に向けて、さらなる高出力化が強く求められていました。
【特許】
国内18件、外国3件(出願中含む)
【備考】
本開発は、総務省からの委託研究「電波資源拡大のための研究開発」[10]の一環として実施したものです。
【照会先】
- セミコンダクター社 企画グループ 広報チーム
- TEL:075-951-8151
- E-mail:semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の説明】
1.準ミリ波帯 および ミリ波帯で動作する高出力GaNトランジスタを実現
Si基板は、従来のGaNトランジスタで用いられてきたSiC基板と比較し、大口径基板が安価にて入手可能であるため、量産性に優れています。今回、Si基板上において大きなドレイン電流とドレイン電圧を実現することで、25GHzで10.7WとSi基板上にて同周波数として、世界最高の出力を実現しました。これにより、従来のGaAsトランジスタを上回る10km以上の通信距離が可能となります。また、60GHzでは、出力電力としてゲート幅1mm当り、2.4Wと従来のSiC基板上の結果をも上回る世界最高の出力密度を実現しました。
2.GaNトランジスタを搭載した25GHz送受信機を作製
25GHzにおいて最大10W出力が可能なSi基板上 高出力GaNトランジスタを用いて、送受信機を作製しました。大容量通信に適したOFDM変調を採用し、送受信機として平均出力2Wを実現しました。この場合の試算として最大84kmの長距離通信が可能です。
【内容の説明】
1.Si基板上 高出力GaNトランジスタ技術
Si基板は量産性に加えて放熱性にも優れており、本開発ではSi基板上GaNトランジスタを、ミリ波帯送信用トランジスタとして着目しました。出力電力を大きくするには、ドレイン電流と、ドレイン電圧を大きくすることが必要です。SiとGaNでは原子の間隔が異なり、また結晶成長前後での熱膨張の度合いが異なるために、Si基板上において良好な結晶性を有するGaNを形成することが困難でした。本開発では新たな多層構造を有する下地層の導入によりAlGaN/GaNへテロ構造におけるシートキャリア濃度[11]を増大し、1.1A/mmと大きなドレイン電流を実現しました。さらにゲート絶縁膜として緻密な結晶状SiNを採用することで、ゲート破壊耐圧を向上し、55Vという高いドレイン電圧を可能としました。その結果、25GHz および 60GHzにおいて、Si基板上GaNトランジスタとしては、世界最高となる高出力化を実現しました。
2.GaNトランジスタ搭載25GHz送受信機技術
25GHz帯小電力データ通信装置(弊社既存商品)に、本開発の高出力GaNトランジスタを搭載した高周波回路を付加することで、送受信機を作製しました。通信の変調方式としては高い周波数利用効率を実現するOFDMを用い、実効データ転送速度として16Mbpsが可能です。
OFDM変調を用いた場合には、信号歪を十分に抑制するために、トランジスタ最大出力の約1/5が実際に使用できる平均出力となります。本開発では10W出力を実現しており、通信時は平均出力として最大2Wが使用できます。本出力をもとに送受信アンテナでの利得と大気中での伝搬損失を考慮すれば、試算として最大84kmの長距離通信が可能となります。
これは東京から富士山近くに達する長距離であり、本開発によりミリ波長距離通信の低コスト化、実用化への道が拓けました。
【用語の説明】
[1] | ミリ波 30GHz以上で、300GHz以下の周波数をもつ電磁波を指します。電磁波が1周期の間に進む長さ(=波長)が1〜10mmであることから、「ミリ波」と呼ばれています。一方、マイクロ波とミリ波の境界に位置する10GHz〜30GHzの周波数をもつ電磁波を、総称して「準ミリ波」と呼びます。 |
[2] | 窒化ガリウム(GaN) 周期表の3族に属するガリウム(Ga)と窒素(N)の化合物で、電気的にはバンドギャップ(半導体中で電子が存在し得ないエネルギー範囲)の大きな半導体に属します。一般にこのバンドギャップが大きい材料ほど電気的な破壊耐性は高いといわれています。また、青色発光素子の実現にもこの「大きなバンドギャップ」という性質が利用されています。 |
[3] | SiC(炭化シリコン) 周期表の4族に属するシリコン(Si)と炭素(C)の化合物で、窒化ガリウムと同じく電気的にはバンドギャップの大きな半導体に属します。格子定数がGaNに近く放熱に優れており、高出力GaNトランジスタを形成するための基板として広く用いられてきました。 |
[4] | 直交周波数分割多重(OFDM・・・Orthogonal Frequency Division Multiplexing) デジタル変調方式の一つで、デジタルTV放送、IEEE 802.11aなどの無線LAN、電力線モデムなどの伝送方式に採用されています。狭い周波数の範囲を効率的に利用した広帯域伝送を実現し、周波数の利用効率を上げられるという特長があります。 |
[5] | ドレイン 電界効果トランジスタ(FET)を構成する端子のひとつです。通常の増幅器においては出力側の端子となります。高周波トランジスタの出力を増加させるためには、このドレインを流れる電流と、電圧を大きくする必要があります。 |
[6] | MIS型(Metal Insulator Semiconductor・・・金属/絶縁体/半導体)トランジスタ ゲート、ソース、ドレインからなる3端子電界効果トランジスタにおいて、金属であるゲート電極が絶縁体を介して半導体と接触している構造です。絶縁体の介在によってゲート金属と半導体の間の漏れ電流が小さくできることが特徴です。 |
[7] | ゲート絶縁膜 MIS型トランジスタにおいて、ゲート電極と半導体層の間に存在する絶縁膜を指します。電界効果トランジスタでは、ゲート電極にかける電圧の大きさにより、ソースからドレインへの電子の流れを制御できます。ゲート絶縁膜の厚さ、品質によりこの制御の優劣が決まります。このゲート絶縁膜が破壊してしまう電圧の大きさを、ゲート破壊耐圧といいます。ゲート破壊耐圧が小さい場合には動作電圧の増大に制限があり、高出力化に限界がありました。 |
[8] | 結晶状窒化シリコン(SiN) SiNはシリコン(Si)と窒素(N)の化合物で、電気的には絶縁体の一種に属します。本開発では欠陥が少ない結晶状SiNをGaN系半導体上に成膜する技術を確立。従来のアモルファス(非晶質)SiNと比較し、ゲート漏れ電流を低減、ゲート破壊耐圧を大幅に向上しました。 |
[9] | ガリウム砒素(GaAs) 周期表の3族に属するGaと、5族に属する砒素(As)の化合物半導体です。Siに比べ、結晶中での電子の移動速度が高く、超高速デバイスに応用されます。高周波において高出力動作が可能で、携帯電話基地局などにも用いられています。 |
[10] | 総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発」 正式には、研究開発課題名「未利用周波数帯への無線システムの移行促進に向けた基盤技術の研究開発」中の「無線アクセス用ミリ波帯無線伝送システムの実現のための基盤技術の研究開発」に該当します。内容は右記のURLに掲載されています。 http://www.tele.soumu.go.jp/j/fees/purpose/kenkyu.htm 本委託研究の研究成果については、6月24日に「電波資源拡大のための研究開発」第三回成果発表会にて発表されました。 |
[11] | シートキャリア濃度 GaNトランジスタでは、AlGaN/GaNへテロ(異種材料による)接合において材料固有の分極により、不純物を添加することなく、高濃度の2次元電子ガスが形成されます。この電子濃度をシートキャリア濃度と呼び、結晶性を向上させ、ヘテロ構造中での結晶歪を大きくすることで1013cm-2以上のキャリア濃度が実現可能です。 |
以上