【要旨】
松下電器産業(株)は、10000Vを超える耐圧をもつ窒化ガリウム(GaN)[1]を用いた超高耐圧パワートランジスタ [2]を開発いたしました。この耐圧はこれまでのGaNパワートランジスタの限界を5倍以上超えるものです。本デバイスは高耐圧かつ低損失な電力スイッチング素子[3]として展開が期待できます。
【効果】
今回開発したGaNパワートランジスタは、従来では不可能であった極めて高い耐圧を、絶縁性の高いサファイア基板を用いることで、実現することができました。これにより、GaNパワートランジスタは、数千ボルトの高電圧を扱う産業用電力機器をはじめとする高耐圧応用分野への展開が期待できるようになりました。
【特長】
今回のGaNパワートランジスタは、絶縁性基板であるサファイア基板上に作製されており、デバイス構造の工夫と結晶の高品質化により、以下の特長を有しています。
- 高耐圧[4] (BVoff):10400V(従来の最高値:1900V)
トランジスタをスイッチオフさせた場合の素子が耐えうる電圧を飛躍的に向上 - 低オン抵抗[5] (RonA):186mΩcm2
トランジスタをスイッチオンさせた場合の素子の抵抗を材料限界まで低減
【内容】
本開発は、以下の新規技術の開発により実現しました。
- サファイア基板への貫通電極[6]構造により、超高耐圧化を実現
加工困難なサファイア基板への貫通電極の形成を実現し、デバイス表面での高電圧配線[7]の引き回しを排除することで絶縁膜を介したデバイスの破壊を抑制
同時に、裏面電極とデバイス表面の間の絶縁破壊を抑制 - GaN結晶の高品質化により、超高耐圧特性を実現
結晶成長[8]技術の確立により、GaNの材料物性を引き出すことに成功
【従来例】
GaNはSiと比較して高い耐圧と飽和ドリフト速度[9]をもつことから、SiのMOSFET[10]やIGBT[11]を超える高耐圧で低損失な大電力スイッチング素子として期待されています。しかしながら、従来のGaNトランジスタは、その材料のもつ高いポテンシャルにも関わらず、高耐圧特性を実現することができませんでした。そのため、材料の物性限界を十分に引き出した超高耐圧デバイスが求められていました。
【特許】
国内 110件、外国 69件 出願中
【備考】
本開発成果は2007年12月10〜12日に米国ワシントンで開催のIEDM2007で発表
【照会先】
半導体社 企画グループ 広報チーム 中小路 陽紀 TEL:075-951-8151 E-mail: semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の詳細説明】
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高耐圧(BVoff):10400V(従来の最高値:1900V)
GaNパワートランジスタには、Siの材料限界を大きく凌ぐ窒化ガリウム系材料が用いられていますが、これまでのGaNパワートランジスタはGaNの有する絶縁破壊電界[12]が高いという優れた材料物性を十分に引き出すことができませんでした。しかし、本開発により10000Vを超える極めて高い耐圧特性を実現することに成功しました。この数値は、これまでのGaNパワートランジスタの最高値1900Vを大きく凌ぐものです。これにより、本開発のGaNパワートランジスタは数千ボルトの高電圧をスイッチングできるようになるため、その応用分野は、飛躍的に広がります。 -
低オン抵抗 (RonA):186mΩcm2
極めて高い耐圧特性と同時に、材料限界に迫る低オン抵抗を小さなデバイス面積で実現しています。この新技術により、トランジスタの導通時の電力損失を飛躍的に低減できるために、機器の消費電力抑制のために並列に使用されていた10個以上のSiパワートランジスタが1つのGaNトランジスタで置き換え可能となり、電力機器のさらなる消費電力低減、小型化を実現します。
【内容の詳細説明】
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サファイア基板への貫通電極構造により、超高耐圧化を実現
従来のGaNパワートランジスタは、高電圧が印加される配線が、低電圧の配線に絶縁膜を介してオーバーラップする構造でした。そのため、印加電圧を増加させると、この絶縁膜が高電界により破壊されるという問題がありました。今回、高電圧が印加される電極の直下に貫通孔を形成して、基板裏面に接続する貫通電極を作製することで、高電圧配線を基板の裏面に形成しました。さらに、高電圧が印加される基板裏面の配線とデバイス表面側との絶縁破壊を、絶縁性の高いサファイア基板により、抑制することができました。
加工が極めて困難なサファイア基板への貫通孔は、高出力レーザの照射により、実現することができました。 -
GaN結晶の高品質化により、超高耐圧特性を実現
GaNトランジスタに用いるGaN結晶は、結晶成長が非常に難しく、これまでは結晶内部の欠陥[13]が非常に多いものとなっていました。そのため、GaNは絶縁破壊電界が極めて高いという優れた物性を持っているものの、その材料物性を十分に引き出せていない状況でした。この原因は、GaNの結晶成長をおこなうプロセスにおいて、基板温度に加えて、原料ガスの流量など、極めて多くのパラメータが、結晶の品質に敏感に大きな影響を与えているためです。
今回、結晶成長の条件を見直し、特に、電子が走行するチャネル層および電極が形成される最表面の結晶品質を大幅に向上させることができました。その結果、GaN結晶のもつ高い絶縁破壊電界を生かして、10000Vを超える非常に高い電圧で、トランジスタを動作させることに成功しました。
【主要特性 暫定仕様】
項目 | 特性 | 備考 |
---|---|---|
耐圧 (V) | 10400 V | 従来の最高値:1900V |
オン抵抗 (mΩcm2) | 186 mΩcm2 | 材料限界に近い値 |
【用語の説明】
- [1]窒化ガリウム(GaN)
- 周期表の3族に属するGaと窒素の化合物で、電気的にはバンドギャップ(半導体中で電子の存在し得ないエネルギー範囲)の大きい半導体に属します。一般にこのバンドギャップが大きいほど材料の 電気的な耐圧は高いといわれています。
また、GaNのGa組成の一部をAl(アルミニウム)に置き換えたAlGaN(窒化アルミガリウム)は、GaNとともにトランジスタを構成します。AlGaNのようなGa組成の一部を他の3族元素で置き換えた材料系をGaN系材料と総称します。なお、青色発光素子の実現にもこの大きいバンドギャップという性質が利用されています。 - [2]パワートランジスタ
- 比較的大きな電力を制御するためのスイッチとしての働きをするトランジスタのことで、大電流が流れる2個の端子と、スイッチを制御するための1個の端子から構成されます。
- [3]電力スイッチング素子
- モータや照明機器などの負荷に供給する電力を精密に制御するために、スイッチとして使用する半導体素子のことです。省エネ推進のために重要な位置づけであるインバーターを構成する素子として使用されています。
- [4]耐圧
- 材料に電圧を印加した場合に、素子が破壊される最大電圧のことです。GaN系材料はバンドギャップが大きいことからSi材料と比較して、耐圧が高いという特長があります。
- [5]オン抵抗
- トランジスタをオン状態(導通状態)にした場合の、ソース電極・ドレイン電極間抵抗のことです。
パワートランジスタの損失特性を決定付ける重要な特性の1つです。 - [6]貫通電極
- ウェハに貫通孔を形成し、ウェハ表面の電極をウェハ裏面の電極に電気的に接続した構造をもつ電極です。
- [7]配線
- トランジスタのソース電極、ドレイン電極、ゲート電極をウェハ表面で引き回すために必要な金属層で、アルミニウム、銅、金などが使用されます。一般に、ソース電極とゲート電極が接続される配線の電位は低く、ドレイン電極が接続される配線の電位は高くなります。
- [8]結晶成長
- 半導体材料は、高温に加熱された基板上に原料ガスが流れることにより、基板の結晶構造を引き継ぎながら成長します。この結晶成長の工程は、作製した素子の電気特性を大きく左右するため、極めて重要です。
- [9]飽和ドリフト速度
- 半導体材料に高電圧と印加した時に、電子が加速されて最終的に到達する電子の速度です。
電圧印加された半導体材料中で、電子は電界により加速されますが、結晶を構成する原子の振動などにより、電子が散乱され、やがて一定値になります。この速度が速いほど、素子の抵抗が低くなります。 - [10]MOSFET
- 半導体と酸化膜と金属の三層から構成される構造を用いたトランジスタであり、パワートランジスタの代表的なものです。スイッチングスピードが速いという特徴があります。
- [11]IGBT
- MOSFETの構造をベースに改良されたパワートランジスタであり、オン抵抗が低いという特徴があります。
- [12]絶縁破壊電界
- 材料に印加する電圧を増加させていく場合、その材料は、やがて高い電圧に耐えられずに破壊に至ります。この破壊に至る限界の電圧は、材料によって固有の値となります。
- [13]欠陥
- 半導体材料の結晶は、その構成原子が格子状に規則正しく配列して構成されていますが、あるべき位置に原子が存在せずに空になっていたり、あってはならない位置に原子が存在したりすることがあります。欠陥は、このような結晶の規則性を乱すものであり、素子の電気的な特性を劣化させます。
以上