【要旨】
松下電器産業(株)は、世界で初めてホール注入による伝導度変調効果 [1] を利用した新しい原理に基づいて動作する窒化ガリウム [2] (GaN) パワートランジスタ ( GIT [3] ) を開発いたしました。 本デバイスは高耐圧かつ低損失な電力スイッチング素子として展開が期待できます。
【効果】
今回開発したGaNパワートランジスタは高耐圧 [4] ・ 低オン抵抗 [5] と ノーマリオフ [6] を初めて両立させることができました。また、安価な Si 基板上に実現することにも成功し、低コスト化にも目途をつけました。 低オン抵抗・低コストの特長を活かし、機器の大幅な省電力化・小型化・低コスト化に幅広く貢献できます。
【特長】
今回のGaNパワートランジスタは、従来の Si に比べ10倍以上の高い耐圧と1/5以下の低い抵抗を有する窒化ガリウム系材料を用い、デバイス構造を工夫することにより、以下の特長を有しています。
- 正の しきい値 [7] 電圧(Vp) : +1.0V (当社ノーマリオン GaN-FETは 負(−1.5V) )
低オン抵抗(RonA) : 2.6mΩcm2 (当社ノーマリオン GaN-FETと 同等) - 高ゲート電圧駆動 : +6V (当社ノーマリオン GaN-FETは +2V )
正の しきい値 (+1.0V) を有し、640V耐圧/2.6mΩcm2 の飛躍的な低オン抵抗を実現
ゲート構造を従来のショットキー接合 [8] から PN 接合 [9] に変更することでリーク電流を1万分の1に低減させ、 +6V まで印加可能な高ゲート電圧駆動を実現
【内容】
本開発は、以下の新規技術の開発により実現しました。
- p型ゲート新構造により、ノーマリオフと低オン抵抗を実現
- ゲートのPN接合化により、ゲートへの高電圧印加を実現
PN接合をゲートとして利用し、ゲート下のみ電子を減少させることでノーマリオフ化させました。 ゲートからのホール注入によりチャネルに流れる電子の数を飛躍的に増加させることに成功し、低オン抵抗化を実現
従来のショットキー接合からPN接合へゲート構造を変更することで、従来困難であったゲートへの5V以上の高電圧印加を可能とし、GaNパワーデバイスのゲート駆動を容易化
【従来例】
これまでの Si を用いた電力素子は Si の材料特性により高耐圧化と低オン抵抗化に限界がありました。GaNは Si の 10倍高い耐圧と2倍以上大きな電流駆動が可能であり、Si に替わる低損失電力素子の実現が期待されています。 しかしながら、従来の GaN トランジスタはノーマリオン [10] であるため、故障時の安全性を確保できず、ノーマリオフ化が強く求められていました。
【特許】
国内 89件、外国 52件 出願中
【備考】
本開発成果は2006年12月11〜13日に米国サンフランシスコで開催のIEDM 2006で発表
【照会先】
半導体社 企画グループ 広報チーム 中小路 陽紀 TEL:075-951-8151 E-mail: semiconpress@ml.jp.panasonic.com
【特長の詳細説明】
- 正の しきい値電圧(Vp) : +1.0V (当社ノーマリオンGaN-FETは 負(−1.5V) )
低オン抵抗 (RonA) : 2.6mΩcm2 (当社ノーマリオンGaN-FETと 同等) - 高ゲート電圧駆動 : +6V (当社ノーマリオンGaN-FETは+2V)
本開発の GaN パワートランジスタは、Si の材料限界を大きく凌ぐ窒化ガリウム系材料を用いています。これまでの GaN パワーデバイスはノーマリオン特性のため、故障時の安全性が確保できず、電源回路等への適用ができませんでしたが、 本開発により しきい値+1.0V のノーマリオフ特性を実現し故障時の安全性確保に成功しました。ゲートからホールを注入することにより伝導度変調させ、ノーマリオフ化と低オン抵抗化を両立させることにも世界で初めて成功しました。
これらの新技術により、ノーマリオフでありながら640Vの耐圧で2.6mΩcm2 と飛躍的な低オン抵抗と+6V まで印加可能な高ゲート電圧駆動を実現しました。 機器の消費電力抑制のために並列に使用されていた10個以上の Si パワーMOSFET が 1 つのトランジスタで置き換え可能となり、機器におけるさらなる消費電力低減、小型化を実現します。
【内容の詳細説明】
- p型ゲート新構造により、ノーマリオフと低オン抵抗を実現
- ゲートのPN接合化により、ゲートへの高電圧印加を実現
これまでの GaN トランジスタはチャネル部に高濃度の電子を発生させゲートに電圧を印加していない状態でも電流が流れるノーマリオン型でした。 ノーマリオフ化させるためには電子濃度の減少が必要ですが、単純に電子濃度を減少させるとトランジスタの抵抗が増加するため、ノーマリオフ化と低オン抵抗化の両立が非常に困難でした。 今回、p型ゲートからのホール注入を利用した新しい原理に基づいて動作する新規デバイスを開発しました。p型ゲートから注入されたホールはそれと同数の電子をチャネル部に発生させます。 発生した電子はドレイン電極に流れ込み、ドレイン電流の増加に寄与します。ホールの有効質量は電子の有効質量よりも100倍大きいため、注入されたホールはゲート近傍にとどまり、 実効的に電子を100倍程度新たに発生させ、トランジスタの抵抗を飛躍的に減少させることに成功しました。 また、p型ゲートによりゲート下のチャネル部のみの電子を減少させることで、ノーマリオフ化も同時に実現しました。
従来の GaN パワートランジスタはゲートにショットキー接合を用いた MESFET [11] 構造でした。 ショットキー接合は正電圧を印加すると 1V 程度から電流が流れ始め、最大でも 2V 程度までしかゲートに電圧を印加することができません。 このような MESFET においてノーマリオフ化して しきい値を正電圧にした場合、ゲート駆動電圧は 0V〜2V の間で行わなければならず、その制御は非常に困難でした。
一方、GaN のPN接合はリーク電流をショットキー接合のリーク電流の1万分の1程度に小さくでき、ゲートに印加可能な電圧を6Vまで高めることを可能としました。 GaN のPN接合をゲートに用いることで、初めて 5V を超える電圧をゲートに印加することが可能となり、GaN パワートランジスタの 0V〜5V 駆動を可能にしました。
【主要特性 暫定仕様】
Si 基板を用いた GaN パワートランジスタ
項 目 | 特 性 | 備 考 |
---|---|---|
しきい値電圧 (V) | +1.0V | 従来ノーマリオン GaN FETは 負 (−1.5V) |
オン抵抗 (mΩcm2) | 2.6 mΩcm2 | 従来ノーマリオン GaN FETと 同等 |
ゲート印加可能電圧 (V) | +6V | 従来ノーマリオン GaN FETは +2V |
【用語の説明】
- [1] 伝導度変調効果
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電子がたくさん存在している N 型半導体にホール (正孔) を注入すると半導体内部で電子とホールが再結合することにより単体の N 型半導体の抵抗よりも遥かに低い抵抗を得ることができます。 このように半導体の電気伝導度を変化させ、より電流を流し易くする効果のことを伝導度変調効果といいます。
- [2] 窒化ガリウム
-
周期表の 3 族に属する Ga と窒素の化合物で、電気的にはバンドギャップ (半導体中で電子の存在し得ないエネルギー範囲) の大きい半導体に属します。 一般にこのバンドギャップが大きいほど材料の電気的な耐圧は高いといわれています。 また、GaN の Ga 組成の一部を Al (アルミニウム) に置き換えた AlGaN (窒化アルミガリウム) は、GaN とともにトランジスタを構成します。 AlGaN のような Ga 組成の一部を他の 3 族元素で置き換えた材料系を GaN 系材料と総称します。なお、青色発光素子の実現にもこの大きいバンドギャップという性質が利用されています。
- [3] GIT:Gate Injection Transistor
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本開発の GaN パワーデバイスの呼称。ゲート(Gate)からのホール注入(Injection)をその動作に利用したトランジスタ(Transistor)という意味です。
- [4] 耐圧
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材料に電圧を印加した場合に、素子が破壊される最大電圧のことです。GaN 系材料はバンドギャップが大きいことから Si 材料と比較して、耐圧が高いという特長があります。
- [5] オン抵抗
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トランジスタをオン状態 (導通状態) にした場合の、ソース電極・ドレイン電極間抵抗のことです。パワートランジスタの損失特性を決定付ける重要な特性の1つです。
- [6] ノーマリオフ
-
ゲートに電圧を印加していない時に、ソース・ドレイン間に電流が流れない半導体デバイスの特性です。制御回路の故障時にもソース・ドレイン間を短絡させることがなく、 機器の安全性を確保するために必要な特性です。
- [7] しきい値
-
トランジスタのソース・ドレイン間を導通させるために必要なゲート電圧の値のことです。この値より大きい電圧をゲートに印加するとトランジスタが導通 (オン) し、 この値以下の電圧をゲートに印加することでトランジスタを遮断 (オフ) できます。
- [8] ショットキー接合
-
金属と半導体を接合した構造のこと。金属から半導体の方向には電流が流れやすく、逆方向には電流が流れにくいという、一方向のみに電流を通しやすい特性を持ちます。
- [9] PN接合
-
P 型半導体と N 型半導体を接合した構造のこと。P 型半導体から N 型半導体の方向には電流が流れやすく逆方向には電流が流れにくいという、一方向のみに電流を通しやすい特性を持ちます。
- [10] ノーマリオン
-
ゲート電圧を印加していない時に、ソース・ドレイン間に電流が流れる半導体デバイスの特性です。制御回路故障時にソース・ドレイン間が短絡し機器が破壊する場合があります。
- [11] MESFET:Metal Semiconductor Field Effect Transistor
-
金属半導体電解効果型トランジスタのことです。